第69話 コノハ
アポフィス家には、現状雇っているメイドは5人いる。
異民族で様々な能力が高いパーフェクトメイド、アシュヴィン。
忌み子というとんでもない存在にして御しやすい肉盾メイド、イズン。
暗殺者とかいうガチの犯罪者である猫の獣人メイド、アルテミス。
穀潰しメイド、ナナシ。
「今、なんだかとてつもなくおかしな評価をされた気がしました」
エスパーかな?
俺のことをじっと見て抗議してくるナナシ。
だが残念。適正評価だぞ。
以上が、基本的に常時仕事をしているメイドたちである。
いや、メイドなんだから毎日仕事をするのは当然なのだが、アポフィス家には唯一、例外的に引きこもりメイドが存在している。
その最後の一人が……。
「久しぶりぃ、バロールちゃん。元気にしてたぁ?」
不気味に笑う女。
名を、コノハという。
まず、目につくのはボサボサの毛髪だ。
緑色のそれは、自由に自然なままに伸び切っているため、まるで植物のよう。
緑の目はトロンと蕩けていて、人を不安にさせる。
ナナシもそうだが、どうして目だけでこうも人を圧迫できるのか。
怖いわ。
エプロンドレスはロングスカートのもの。
しかし、やはり清潔さは欠けており、ところどころ汚れている。
はっきり言って、メイドとして身だしなみは致命的なまでにできていない。
こんなのを来客の接待なんてさせられるはずもないし、案内役にすらできない。
クビだ。絶対にクビだ。
少なくとも、ナナシがこんな状態で出てきたら、俺は遠慮なくクビにする。
それなのに、コノハはできない。
なぜなら、怖いからだ。
「最近は暗殺者にボコボコにされたくらいかな」
「わぁ、素敵ぃ」
は? 何が?
ギラギラと笑うコノハに、俺は戦慄する。
怒りよりも、やはり恐怖だ。
なんだこいつ。
見た目もやばいくせに、中身もやばいのかよ。
だからこそ、引きこもりを認めていたんだけどな。
こいつ、ただ見た目と中身がやばいだけならまだしも、なんというか……俺を狙っている感じがするんだよな。
もちろん、命を取る的な意味で。
財産横領を公言しているナナシよりも、その危険性が高いのだ。
ちくしょう! 雇わなかったらよかった!
……というか、あれ?
俺、どういう経緯でコノハをメイドにしたんだっけ?
アシュヴィンやイズン、アルテミスのことは思い出せるのだが、コノハは……あれ?
「ところで、どうしたんだ? 君が外に出るのは珍しいね」
なんか考えていたら頭がおかしくなりそうだったので、そう問いかける。
なに勝手に出てきてんだ。
大人しく幽閉されてろ。
「久しぶりにぃ、バロールちゃんの顔を見たかったのぉ」
ギラギラと笑いかけてくるコノハ。
うーん、笑顔を向けられているのに恐怖しか感じない。
お、そうか。
じゃあ、目的も果たしたし、さっさと引き返して、どうぞ。
「あと、アシュヴィンに引きずり出されたわぁ。ちゃんと外に出て、アポフィス家のメイドの仕事をしなさいってぇ」
余計なこと言いやがって!
引きこもりが外に出てきた理由は貴様か!
アシュヴィンに対する怒りを爆発させる。
いや、メイドなんだから働かないとダメなんだよ?
それは確かだし、アシュヴィンの判断は正しい。
だが、コノハだけは別なのだ。
「あたしも色々と準備したからぁ、大丈夫よバロールちゃん」
「何が?」
準備と聞いても、何も嬉しくない。
というか、むしろ怖い。
何の準備?
俺が恐る恐る尋ねれば、コノハは満面の笑みを浮かべた。
「あたしと一緒に遊びにいきましょぉ」
ひぇ。
とっさに手を伸ばし、強く握りしめる。
……ナナシの細腕を。
「躊躇なく私の腕をつかむのはさすがです、ご主人様。さっさと離してください」
嫌です……。
◆
「ふーん、んー、んーんー」
ご機嫌な鼻歌を披露しながら、俺たちの前を歩くコノハ。
後ろから見えるのは、歩くたびに揺れるボサボサの緑髪だけだ。
そして、後ろをついていくしかない俺たちは、まるで引きずられている奴隷のよう。
めっちゃ足取りが重いんですけどぉ……。
この不協和音みたいな鼻歌止めさせろよ、ナナシ。
『とても素敵な歌じゃないですか。ずっと聞いていたいですから、止めません』
目が死んでいますよ、ナナシさん。
いや、瞳真っ黒だから、もともと死んでいるんだけど。
本当のことを言ってみ?
言ったら目を付けられそうで怖いって、正直に言ったら許してやる。
『怖いです』
よしっ!
……何がいいんだ?
『ところで、この時間って何ですか? 苦行ですか?』
ナナシが言っているのは、俺たちが連れまわされている状況だろう。
怖い人に、目的地も分からずに引きずられていくのは、ストレス以外のなにものでもない。
とはいえ、そんなことを俺に聞かれても困る。
知らんがな。
コノハが俺たちを連れ出して、目的すら言っていないのだから。
「あー、バロールちゃん」
「ん?」
クルリとボサボサの緑髪を翻しながら、コノハが振り返る。
ようやく目的を話すつもりになったのか?
「ちょぉっとそこで立ち止まってみてくれるぅ?」
「は? 別にいいけど……」
コノハに指示されて移動する。
他人に指図されてその通りに動くというのはなかなかストレスだが、コノハを怒らせたくないしな。
緑の目で見据えられて、俺は硬直する。
そうして、10秒、20秒が経ち……。
……いや、本当にこれってなんのじか――――――。
そう問いかけようとしたその時だった。
ガシャン! と音が鳴る。
それは、俺の目前に叩きつけられた鉢植えだった。
「――――――」
言葉が出ず、白目になる。
い、今、ビュンと風が……。
す、少しでも……一歩でも前にいたら、俺の脳天にあれが直撃していたのか?
死。
明確な死のイメージが沸き上がる。
「す、すみません! 怪我はありませんか!?」
「も、ももももももちろん大丈夫だよ」
上から慌てて声を発する領民。
俺は頬を引きつらせながら答えるが、内心はまったく大丈夫じゃない。
こっ、ここここ殺す気かぁ!?
この俺を失えば世界の損失だぞ!?
不注意で済まされねえぞ。処刑だ処刑!
「えへへぇ」
こ、コノハのやつ、笑ってやがる……!
ご主人様が死にかけたというのに、満面の笑みで。
俺はハッと気づかされた。
ああ、そうか。
こいつは……。
「無事でよかったねぇ、バロールちゃん」
殺しにきてやがる……!
 




