第67話 穀潰し
「……今回も予想外でしたわね」
「予想外のこと、多くなイ?」
小さく呟けば、イズンが反応する。
天真爛漫という言葉が似あう彼女にしては、毒の混じった言葉。
しかし、基本的に同僚のメイド相手にはこういう感じなので、言われたアシュヴィンも強い反応を見せることはなかった。
まあ、多少イラっとはしていたが。
「王都の裏社会が表に進出してくること、その足掛かりにご主人様を狙ったこと、どれも想像できるはずがないでしょう。予兆も何もなかったんですから」
「それ、言い訳じゃにゃいかにゃあ? ご主人のこと、どんな艱難辛苦からも守らないといけないんじゃないのぉ?」
ケラケラと笑いながら煽ってくるのは、アルテミスだ。
基本的に、相手のことをチクチク刺すのが好きな彼女。
アシュヴィンのいら立ちがさらに増してくるが、とりあえず自分の責任にされてはたまらないので、口を開いた。
「……そもそも、貴族議会に影響力を伸ばそうとは考えていましたが、四大貴族の一角を潰すことになるのは完全に予想外ですわ。イズンが悪いですわね」
「そうにゃ」
「イズン!?」
矛先を変えれば、アルテミスも乗ってくる。
基本的に、この三人に仲間意識はない。
あっても希薄なものだ。
それゆえに、自分以外が攻撃されるのであれば、とりあえず乗っておくのがアポフィス家メイドのたしなみだった。
「でも、バロール殿とイズンのおかげで何とかなったシ……。何もしていなかった二人に言われる筋合いはないかなっテ。それに、過去のしがらみにバロール殿を巻き込んだのは、アルテミスだヨ!」
「そうですわね。一番たちが悪いですわ」
今度の矛先はアルテミスに向けられる。
まさに、それぞれがそれぞれに剣を突きつけている形である。
そんな状況を打開しようと、アルテミスが口を開いた。
「ご主人と添い寝しちゃった」
てひひっ、と笑うアルテミス。
煽りであった。
これ以上ないくらいの煽りであった。
「…………」
「…………」
「うっわあ。マジで殺されそう。狂信者の前で余計なことを言わなきゃよかったにゃ」
何か大きな衝撃で話題を変えようとしただけなのだが、あまりにもその衝撃が大きかったらしい。
アシュヴィンとイズンが真顔で見てくるので、ちょっとぶるっとしてしまった。
「しかし、これでご主人様は王都に強烈な影響力を持つようになりましたわ。四大貴族でさえも、もはやご主人様を無視することはできないでしょう」
「お前はご主人を何に仕立て上げたいの?」
怪訝そうに眉を顰めるアルテミス。
彼女からしてみれば、バロールはアポフィス領のトップというだけで十分だ。
そんな彼に、死ぬまで仕える。
それ以上のなにを求めるものがある?
しかし、アシュヴィンはもちろん、イズンも少し考え方が違う。
「バロール殿は、一番上に立ってほしイ!」
「ご主人様こそが頂点に君臨するにふさわしい。この世の支配者に主がなってほしいと、メイドが思うことはおかしいですか?」
「うん、おかしい」
イズンとアシュヴィンの言葉を、バッサリと切り捨てる。
彼女たちからの視線を受けても、アルテミスは意見を変えない。
「ご主人、そんにゃこと求めていにゃいと思うんだけど。勝手にプレゼントして嫌がられたら、どうするの? 余計なお世話になるでしょ?」
「多かれ少なかれ、人は出世欲と支配欲がありますわ。世界を手中に収めることができるのであれば、喜ばないはずがないのでは?」
予想でしかない。
それを受けて、アルテミスは露骨にイライラとする。
しっぽもぶらぶら揺れ始めた。
「あのさあ、世界って……。みゃあたちよりも強い奴もいるだろうし、そもそも手数が足りていにゃいでしょ。だから、今回ご主人も傷つけられたんじゃにゃいの?」
「それは、あなたがしっかりと護衛をしていなかったからですわ」
「……ふーん。そういうこと言うのね」
ギロリと金の瞳がアシュヴィンを睨みつける。
一方で、青い瞳もアルテミスを睨みつける。
ぶつかり合う殺気は、メイドとは思えない。
バロールがいれば、失神すること間違いなしだ。
「まっ、好きにすれば。みゃあも好きにするし」
先に視線を切ったのは、アルテミスの方だった。
とても成功するとは思えないアシュヴィンたちの計画だが、失敗するなら失敗するで構わないのだ。
いざとなれば、バロールを連れて二人で逃避行しよう。
そして、退廃的なドロドロ生活の幕開けだ。
「……しかし、あなたの言う手数の不足は一理ありますわ。だから、あの子をいつまでも遊ばせておくわけにもいきません」
「げっ! まさか、あれを外に出すつもりにゃの?」
「イズン、あの子苦手かモ……」
アシュヴィンの言葉に、仲良く嫌そうに顔を歪めるのはアルテミスとイズンである。
しかも、提案しているアシュヴィン自身も嫌そうにしていた。
「人が少ないんだから、仕方ないでしょう。それに、穀潰しをずっと置いておくわけにもいきませんわ」
はぁ、と一つため息。
あの引きこもり。
メイドとしての仕事を一切していないにもかかわらず、この屋敷に住み着いている女を想う。
「コノハにも、わたくしたちのことを手伝ってもらいましょう」
◆
「ふーん、ふふーん。んー、んー、んー」
カーテンで閉め切られた部屋。
光が入ってくることは一切なく、室内を照らしているのは一本のろうそくのみ。
それをじっと見つめながら、ゆらゆらと頭を揺らしている女がいた。
鼻歌を歌っているが、上機嫌……というわけではなかった。
「そろそろかなぁ、そろそろだよねぇ。ああ、またまたまたまた……」
ブツブツと独り言をつぶやき続ける。
誰も答える者はいないが、そもそも彼女もそれを求めているわけではなかった。
「やだなぁ。しんどいなぁ。だるいなぁ」
負のオーラを醸し出す。
周りにいる者にも悪影響を及ぼしそうな、そんな悪い雰囲気だ。
バロールならチラ見して一切近づかないレベルである。
まあ、彼は街のチンピラ相手でもその対応になるが。
「でも、頑張らないとぉ。あたししかいないもんねぇ」
ギラリと暗い部屋で目が光る。
「バロール。だから、あたしはあなたを――――――」
その言葉を聞いた者は、彼女自身を除けば、誰もいなかった。
第3章終了です。
次章で最終章になる予定なので、書き溜めするため少し更新が空くことになりそうです。
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