第66話 ゴリラの獣人だった……?
「ううーん……」
寝心地が悪い……。
俺はベッドの上でゴロゴロとしながら、もだえていた。
時間は夜。
久しぶりの、安心できる俺の寝室。
だというのに、まったくもって寝られる気がしなかった。
疲れていないというわけではない。
むしろ、疲れていなければおかしいことをしている。
だから、ぐっすり眠れてもいいはずなのだが……。
ずっと目を瞑っているのだが、意識が沈んでいく感覚がない。
……こりゃ、ダメだな。
寝よう寝ようと無理にすれば、なおさら眠れなくなってくる。
仕方ない。
起きて、水でも飲もう。
そして、貯めていたお金を数えてぐふふっと笑おう。
明るい月光を浴びながら数えるお金。
うん、悪くないはずだ。
そうしたら、スッとして寝られそうな気がする。
俺はそう考えて、さっそく行動しようと目を開けると……。
「あ、起きたにゃ?」
「何してんだ、お前」
闇に金の瞳が輝いている。
俺と同じく横になって至近距離にいたのは、アルテミスだった。
寝起きということと不機嫌さということもあって、思わず本音が出てしまう。
いや、本当に何をしてんだ、お前。
寝巻を着ているが……。
ずっと寝られなかったのは、お前のせいか。
他人が必要以上に近くにいると、酔ってでもない限り、寝られなくなるんだよ。
信用していないからな、まったく。
寝ている間に前みたいにボコボコにされたら困るし。
それにしても、いったい何が目的だ、この女。
「いや、ベッドにもぐりこむときって、寝る以外に目的があるの? ご主人、バッカでー」
「うーん、この……」
ケラケラと煽ってくるアルテミスに、額に青筋が浮かぶ。
俺に力があったらプチっと潰したいくらいにイライラするぞぉ。
ペシペシとしっぽで叩いてくる。
引っこ抜いてやろうか。
「まあ、色々あったからね。みゃあが出血大サービス! みゃあをもふもふしながら寝ることを許可します!」
「結構です」
即答である。
アルテミスも却下されるとは思っていなかったようで、身体を硬直させている。
有難迷惑ですね……。
人肌を感じながらぐっすり寝られるわけがないだろ、いい加減にしろ!
他人がそんな近くにいたら、不安で仕方ないわ。
それに、もふもふって……。
どうせなら、全身毛むくじゃらになってみろよ。
お前のモフモフできる部分って、猫耳としっぽしかないじゃん。
「バカな……。みゃあの猫耳としっぽをモフる権利を与えられて、拒絶する……だと……!?」
戦慄しているが、知ったことではない。
もー、マジで眠いのに何邪魔してくれてんだこいつぅ。
明日の仕事に差し支える。
……もともと仕事をしていたかは不明だが、これも全部アルテミスのせいだ。
アシュヴィンにチクってやろう。
「それにしても、やけに薄着だな。寒くないか?」
寝巻だからラフなのはわかるのだが、どうにも胸元が緩かったりしている。
それほど深くはない谷間ものぞけるが、アシュヴィンとイズンの方が深い。
それでも、ナナシよりはましだ。
あれは平原だからな。
とはいえ、そんな胸のチラ見せ程度で興奮するはずも喜ぶはずもなく、ただただ純粋な指摘にとどまる。
ふわりと香る甘い匂いは、アルテミス特有のものだろうか?
これを嗅ぎながら寝ると穏やかに眠れそうだが……変態っぽいから絶対に口に出さないけど。
完璧イケメン領主たるバロールが、そんなことは言わないのである。
「ふっ……ご主人の男を刺激して、ねちょねちょいやんいやんな夜を過ごそうと……」
「あっ、はい」
「うわぁ……すっごい冷たい反応……」
色っぽく舌なめずりをしながらアルテミス。
残念ながら、性欲を完全に支配下に置いている俺には通用しない。
食べるために間違いを犯すことは許容できるが、性欲発散のために間違いを犯すのは愚かの一言だ。
俺は絶対にそんなことはしない。
「おっかしいにゃあ。みゃあ、かわいくない?」
「かわいいぞ」
「半裸、エロいよね?」
「エロいぞ」
俺は特に否定することなく、コクコクと頷く。
アルテミスもご満悦の様子だ。
可愛いのは事実だ。
領民たちからの人気も高いし。
エロいのも事実だ。
彼女に懸想する男たちが今の姿を見れば、ウッキウキで抱き着くだろう。
アルテミスはニマニマと笑いながら、重要なことを聞いてきた。
「じゃあ、興奮するよね?」
「しないぞ」
「にゃんで?」
だって、お前頭バカじゃん……。
バカに領地は回せないし、すなわち俺を養うことは不可能ということ。
つまり、俺がアルテミスに興奮するメリットがまったくない。
はい、証明完了。
「ちぇー。せっかく、ボコボコにされて生存本能が昂っているご主人を受け止めようと思ったのにさあ」
瑞々しい唇を尖らせ、ゴロンと仰向けになるアルテミス。
昂り?
微塵もありませんが?
「くしゅっ」
薄着のせいか、くしゃみをしている。
自業自得ですね。
俺、関係ないです。
……と言えたら楽なんだけど。
いや、言えるのは言えるよ、内心で。
ただ、こいつが風邪を引いたら、俺のボディーガードが……。
それに、こんな近くにいて会話をしていたら、俺も移されるかもしれないし。
はあ、仕方ねえなあ……。
「ほら、毛布をちゃんと身体にかけろ」
「おぉ、あったかい。さっすがご主人。優しいにゃあ」
柔らかい毛布をかけてやる。
ぴょこんと頭を出して、笑みを浮かべるアルテミス。
俺はそれを見てから……。
「じゃ」
「ちょっと待て」
背を向けて部屋を出ようとすれば、思いきり腕を掴まれる。
あざといにゃんにゃん語尾はどうした?
「は? え……は?」
「な、なんだよ」
何度も『は?』と言ってくる。
金色の目がさらに輝いているので、余計に怖い。
なんだこいつ……。
「普通、そこは添い寝をして温めてくれるところよね?」
お前の普通は非常識なの?
思わずそう言いそうになったが、何とか飲み込む。
添い寝が普通って、何て女だ……。
これが添い寝フレンド。ただれてやがる……。
「嫁入り前の女の子と添い寝なんて、できるわけがないだろう」
もちろん、そんな堅苦しい考え方なんて持っているはずもない。
この状況から逃れるためだけの方便である。
俺以外の奴の誰に股を開こうが、知ったことではない。
ただし、肉盾としての役目を放棄するのは許さん。
「嫁入り後にゃらオッケー?」
「もっとダメだろ」
人妻に手を出したら大問題だろうが!
遠回しに嫌だって言ってんのが分かんねえのか、アルテミスぅ!
「みゃあの区切りがついて、スッキリしたと同時にちょっと疲れているのよ。みゃあの精神安定剤抱き枕になれ」
「ぐぉっ!?」
ギュッと抱き着かれて、ベッドに転がされる。
ち、力が強い!?
猫じゃなくてゴリラの獣人だった……?
振り払おうとしても、まったく揺るがない。
柔らかい感触が身体を襲うが、冷や汗しか出ない。
「これからも、みゃあが守ってあげるからね、ご主人」
心が温まるような笑顔を浮かべ、アルテミスはそう言って寝息を立て始めた。
へー、そうなんだ。守ってくれるんだ。
……さっそく寝不足になりそうなので、助けてもらっていいですか?
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