第61話 さすがアルテミスさんやで……
「懐かしいにゃあ。過去なんてろくでもないからほとんど忘れちゃったけど、ご主人に名前を付けられたことは覚えているわ」
「そうか」
アルテミスの言葉に、俺はしかめっ面を浮かべる。
俺はその記憶もとっととなくしたいんだけど。
ろくでもないし。黒歴史だし。
俺を狙った暗殺者を引き入れるって、バカなの?
まあ、戦闘能力が高いから、俺の護衛として今までそこそこ役に立ったことは評価するけどさあ。
結果オーライと思うしかないな、うん。
「ご主人に助けられたみゃあが言うのもにゃんだけど、だれかれ構わず受け入れるのは止めた方がいいと思うよ? ご主人が持たないにゃ」
分かってるわ。
だから、もうメイドを増やそうとしていないだろ。
今でも十分人手不足だが、どうにも俺は引きが悪いというか、ろくでもない連中を引き寄せる何かがあるらしい。
まともな肉盾が欲しいわ、ほんと……。
「だけど、そういうことをしていたから、俺は君を助けることができた。なら、悪い性格じゃないと思うよ」
「……すけこまし!」
お前を落としてもメリットないから。
早く俺の領地を任せられる女を見つけたい……。
そして、ヒモになりたい……。
なんだか全然探せていないんだけど、最近。
領地で反乱がおきるわ、四大貴族に殺されかけるわ、裏社会から狙われるわ。
……俺、不幸すぎない?
「まったく、褐色おっぱいと白髪があっさりと落とされる理由もわかるにゃ。過去が面倒くさい奴ほど、ご主人に惹かれて、離れられなくなるんだろうにゃあ。悪い男にゃ」
しっぽをビタンビタン振りながら、アルテミスが言う。
面倒くさい女を引き寄せる体質なのかな?
めちゃくちゃ改善したい。
どうにかしてほしい。
なんてことを考えていたら、何やらアルテミスはゴソゴソとあさりだして……。
「よーし、今日は飲むにゃ!」
「おっ、いいねぇ!」
酒瓶を取り出したアルテミスに、歓声を上げてしまう。
俺の言葉は完全に本音だった。
アポフィス領の中だと、アシュヴィンの妨害にあってろくに飲めないからな。
ここにいるのは、バカなアルテミスだけだ。
サボり気質の、メイドとは思えないような女だから、俺とは気が合う。
いや、サボったらダメだけどね。
その特権は俺だけにしか許されないから。
「マタタビも使うか?」
「そ、それはやめとくにゃ。あれは一人で使わないと、みゃあも恥ずかしいレベルだし」
猫の獣人にとてつもない効果を発揮するマタタビ。
裏社会で流れているとんでもなくやばい薬並の効果があるらしい。
それこそ、本能をさらけ出し、どれほど気難しくてもあっさりと従順になってしまうとか。
あの快楽主義のアルテミスですら、遠慮するほどだ。
……いつか絶対に嗅がせてやろう。
弱みを握れそうだ。
それはさておき、俺たちはお互いのグラスをぶつける。
「よし、じゃあ乾杯!」
「にゃっ!」
しばらく、俺たちは和気あいあいとしながら酒を飲んだ。
もちろん、すべて本性をさらけ出すことはしなかったが、随分とリラックスしていた。
酒の消費量が増えるにつれて、気も大きくなって楽しくなってくる。
目の前のアルテミスは、頬が赤らんでいる。
俺も同じくだろう。
やっぱり、酒ってしゅごい。
「恋バニャしちゃう!? 恋バニャ!」
「えー、どうしよっかなぁ!」
数時間飲んでいたら、アルテミスがそんなことを言ってくる。
普段なら鼻であざ笑って無視するようなことだが、気分のいい俺はニコニコである。
恋バナなあ!
恋バナかあ!
「ご主人も好きな人とかいないの? 今はいなくても、今までにはいたでしょ?」
「いや、いないけど」
「真顔!?」
一瞬で酔いが覚めた気がした。
だって、まだ俺を養ってくれる女が出てきてないし。
恋バナできる状態ではなかったことに、改めて気づいてしまった。
いや、貴族が恋愛なんて綺麗なことをできる確率が低い方が普通なんだろうけど。
そう考えると、俺の初恋になるわけだ、その寄生先は。
とってもロマンチックだね。
素敵!
「嘘だよ。俺はお前たちが大好きだぞ!」
いざというときに躊躇なく盾や囮として利用できる道具として。
俺は酔った勢いのまま、ぎゅっとアルテミスを抱きしめる。
しなやかで柔らかい身体の感触。
普段なら人肌とか気持ち悪くて吐きそうになるが、今はとても心地いい。
酒ってしゅごい。
「ふーん……みゃあは別に好きでもないけどね!」
耳がめっちゃぴょこぴょこしていますよ。
しっぽがめっちゃブンブン振られていますよ。
「あー……しっかし、久しぶりに飲んだから、眠くなってきたわ」
基本夜型の俺は、もっと目がさえていても不思議ではないのだが、シパシパとしてとても眠たくなっていた。
今寝たら、すっごく気持ちいい気がする……。
「寝ちゃってもいいんじゃにゃい? 仕事もにゃいし」
さすがアルテミスさんやで……。
確かに、ここはアポフィス領ではないし、仕事も何もないな。
つまり、酒におぼれてそのまま寝落ちするのも、何ら問題ないということである。
うんうん、何も問題ないな。
俺はベッドに寝転がり、うとうととする。
アルテミスぅ、電気を消してさっさと出て行け。
「あー、そうだなあ。ちょっと休ませて、もらおうかな……」
「ん、おやすみ。あとはみゃあに任せるにゃ」
何やら頭を撫でられているような感覚を感じながら、俺は意識を落とすのであった。
◆
バロールが寝静まるのを見たアルテミスは、スッと立ち上がる。
その顔に、赤らみはない。
酔ったふりをしていたのだ。
そもそも、彼女はザルである。
マタタビを出されれば種族的に酩酊するしかないが、それ以外のアルコールへの耐性は非常に強かった。
「好きって言って照れると思っているのかにゃあ? ご主人、みゃあはそんな軽い女じゃにゃいわよ」
ツンツンと頬を何度も突いてやる。
心底嫌そうに唸りながら眉を顰めるバロール。
そのしぐさすらも、アルテミスにとっては可愛らしいものだ。
しっぽがピンと立っている。
「だから、お酒って好きなのよね。ご主人の素が見られるから」
どこか影がある。
そこまでではないかもしれないが、バロールがすべてを見せてくれているわけではないことを、アルテミスは知っていた。
アシュヴィンやイズンのように盲目的なまでに信仰していれば分からないだろうが、どこか冷めた部分を持っている彼女には分かっていた。
……とはいえ、ヘドロよりもえげつない本性については、さすがに悟ることはできていないが。
その辺の躱す演技力はさすがバロールだ。
「じゃ、行ってくるにゃ」
何度かバロールの頭を優しく撫でてから、アルテミスは窓を開けて外に出た。
その優しい表情は、バロールの前……しかも、彼の意識がない時以外には決して見せることのないものだった。
それなりの高さがある場所からの落下。
しかし、アルテミスにとっては何の問題もない。
音を一切立てずに着地すると、暗い夜道を走り出した。
周りに人は一切出歩いていない。
治安があまりよくないこともあり、まともな人間ならば決してこの時間帯には外に出ない。
出ているのは、どうしても火急の用事がある者、そして、ろくでなしだけである。
夜空に浮かび上がっているのは、満月。
街灯がない裏路地も、明るく照らしている。
屋根のある場所で暮らすことのできない者たちが、小さくうずくまっている間を、アルテミスは一瞬で、しかも無音で通り過ぎる。
裏路地をウロウロと歩いている者たちがいる。
アルテミスはそれを見ると、建物を一気に駆け上がり、屋根へと上がる。
そこには、誰もいない。
屋根から屋根を飛び移るその姿は、俊敏な猫のようだ。
そして、彼女はたどり着く。
目的の人物の前に降り立った。
「それなりに警戒して人も配置していたんだがな。お前には、何の障害にもならなかったってわけか。さすが、最高の暗殺者だよ」
「元、にゃ。ボスゴリラ」
対峙するのは、かつてのボスであるルブセラ。
そんな彼に、アルテミスは軽薄な笑みを浮かべる。
「今は、ご主人の忠実でエロ可愛い猫耳メイドにゃんだから」
 




