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腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる  作者: 溝上 良
第3章 暗殺組織編

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第60話 俺の傍にいてくれないか?

 










「あー……しんど」


 フラフラと歩く。

 普段の2号なら、こんな不安定な歩き方はありえない。


 たとえ、どれほど荒れた道やそもそも道ですらない屋根の上でも、彼女は平気でスタスタと歩くことができる。

 それだけの身体能力があった。


 路地裏とはいえ、整備された道をまともに歩くことができないのは、彼女の全身に負っている傷が原因だった。

 血が滲み、ボロボロだ。


 歩くたびに血痕ができるのだから、どれほど重傷なのかが明白だ。


「ほんと、ばかばかしい。でも、こんなものかしらね……けほっ、けほっ」


 何をもってばかばかしいというのか。

 それは、発言した2号自身も分かっていない。


 軽くせき込めば、口から血が出る。

 どうやら、内臓もやられているらしい。


「あのゴリラ、マジで呪ってやるにゃあ……。猫を怨霊にしたら怖いんだから……」


 ルブセラとの戦闘によって負った傷だ。

 さすがは裏社会で巨大な暗殺組織を作り、まとめ上げたボス。


 その戦闘能力も、2号をかろうじて逃げきるほどに追い込む力があった。

 もちろん、タダでやられたわけではなく、彼女もそれなりにやり返していたが。


 やられたらやり返す女なのだ。

 とはいえ、本気で殺しに来たルブセラから逃げ切ることができたこと自体が、2号の高い能力を表していると言えた。


 常人なら、彼の前であっさりと骸をさらすことになっていただろうから。

 ブツブツと呪詛を吐きながら、ついに2号は立ち止まり、壁を背にしてずるずると座り込んだのであった。


「まあ、好き勝手生きてきたんだから、上等よね。野良猫の死に方なんて、こんなものかしら」


 壁に付着した血の量も、かなりのものだ。

 彼女はこのまま誰に看取られることもなく、一人野垂れ死にするのだろう。


 だが、2号の脳裏にあるのは、後悔などではなかった。

 強く大きな……ということはできないが、確かに彼女は小さな満足感を得ていた。


「結構……楽しかったし……いいか、にゃ……」


 その言葉を最後に、2号は深い眠りに落ちた。

 このままだと、彼女は死ぬ。


 傷が原因でも死ぬし、心ない者が意識のない彼女に乱暴を働くということも考えられる。

 しかし、彼女は皮肉にも命を落とすことはなかった。


「お、いいの拾ったわ。落ちてたし、俺がもらっていいよな」


 ウッキウキの声音でとんでもないクズ発言をした、とある領主に見つかったことによって。










 ◆



 仕事をさぼるために街を適当にぶらついていたら、俺の金と時間を奪っていきやがった野良猫と遭遇した件について。

 あの時の借り、返してもらうぜ……!


 一生俺の身代わりとなる形でなあ!

 俺は意気揚々と、彼女をお持ち帰りぃした。


 ……まあ、脱力した人間一人を運ぶというとてつもなく重労働なことを俺が完遂できるはずもなく。

 途中でアシュヴィンを呼んで運んでもらった。


 重いんだもん、この野良猫。

 引きずっていいんだったらやるけど、あまりにも見栄えが悪い。


 しかも、何かこいつ大けがしているし。

 血を流している女を引きずって歩く俺。


 ……評判が悪い!

 絶対に悪評が立つ!


 アシュヴィンはその血だらけの女を平然と担いでいたけど。

 肝据わりすぎだろ……。


「というか、そもそもなんで怪我をしていたんだ?」


 俺の邸宅の一室に寝かせている女を見ながら、小さく呟く。

 ……因果応報ってやつか。


 俺の貴重な時間と金を費やしたにもかかわらず、その恩を返さず逃げ去った天罰が下ったのだろう。

 神と世界に愛される男、それが俺だ。


「ここは……」


 そんなことを考えていたら、女の目がうっすらと開いた。

 定番の言葉をありがとう。


 目新しさのかけらもないから、すっげえつまんねえ。

 ……いや、奇抜なことを言われても困るんだけどね。


「俺の邸宅だ。そんなに大きくはないが、我慢してくれ」

「みゃあを迎え入れるのであれば、宮廷レベルじゃにゃいと……」


 なんだこいつ……。

 人に助けてもらって置いて、なんだその口の利き方は。


 というか、自分の評価が高すぎる。

 お前にそこまでの価値はない。


 俺を出迎えるのであれば、宮廷は最低レベルだが。


「っていうか、どうしてお前がここにいるの?」

「それは、こっちのセリフだ。あんなボロボロの姿で、どうして俺の領地にいたんだ?」

「……お前に言う義理はにゃい」


 ほほーん。

 俺は額に青筋が浮かんでいるのを自覚する。


 まあ、別に興味ないからいいんだけどね。

 俺が興味あるのは肉盾としての性能であって、こいつの身の上話では断じてない。


「そうか。まあ、あんな別れ方をして、こんな再会をするとは思わなかったけどな」

「……結構言うのね、お前」

「君だけだよ」

「嬉しくにゃあい」


 嘘である。

 一番俺が辛辣に当たっているのは、ナナシだろう。


 だって、あいつアポフィス家の財産を根こそぎ分捕ると公言しているし。

 そりゃ、扱いも悪くなるわ。


 処刑されないだけありがたく思ってもらいたい。


「あんな怪我を負って、ここに逃げるようにしてやってきたんだ。帰る場所はなくなったと思っているんだが……これから、どうするつもりだ?」

「さあねー。でも、まあ気ままに生きていくわ。みゃあはそういう風に生きてきたし、組織の束縛がなくなって、より一層自由に生きることができる。悪くないわ。……まあ、ばれたら追手がかけられるし面倒だけど。」

「なら、行く宛てがあるわけじゃないんだな?」

「そうだけど……」


 怪訝そうに俺を見る猫。

 ふっ……ここでどこか行く宛てがあると言い出したら、叩き出していたところだ。


 傷は治っていないけど、そんなのは関係ない。

 そのありえたかもしれない未来を胸の奥にしまい込み、俺は彼女の目を見て真摯に言った。


「なら、俺のところにとどまればいい」

「……は?」

「なに、ずっといろと言っているわけじゃないよ。まずは、その怪我が癒えるまで。次に、目的地が決まるまで。最後に、旅をすることができるほどの貯蓄をするまで。どうだ? 悪くない提案だと思うが……」


 俺にしては、随分と弱気な提案だ。

 しかし、マジでこいつ放っておいたらひょこひょこ出て行って二度と捕まえられなくなりそうだ。


 力があるのは分かっている。

 戦闘できるのがアシュヴィンだけでは危険だということは、以前のガキを助けた時によくわかった。


 やはり、もう少し数が必要だ。

 ……イズンはともかく、ナナシはどうしてくれようか。


 最近、家事に力を入れているみたいだから、しばらく様子見だな。

 ともかく、この野良猫は、少なくともあの日の時間と金銭の埋め合わせくらいはしてもらわなければ困るのである。


 もちろん、俺とこいつの時間が同等の価値であるはずもない。

 数百倍は違うので、その分働き続けてもらおう。


「お前、正気なの? みゃあがどういう存在か、知っているわよね?」


 知らんけど?

 前から思っていたけど、なんか自分のことを理解していますよね、みたいな感じで話しかけられるのだが、まったく何も分からない。


 自分のことを喋らないくせに、どう理解しろというのか。

 まあ、しょせんは野良猫。


 大した素性なんて……。


「みゃあは暗殺者。しかも、お前を狙った、人殺しよ。それに、組織を裏切ったから、ゴリラたちからも狙われているわ。懐に入れるだけで、お前も危険なのよ?」


 う、裏切ったな……!

 この俺の純情を……手駒と肉盾を増やしたいという純真無垢な気持ちを裏切ったな!


 暗殺者ってなに!?

 いや、あの時人をバッサリと切り捨てていたから、只者ではないのは分かっていたけども。


 しかし、暗殺者というのは斜め上だわ。

 ……あれ?


 というか、今俺を狙ったとか言っていなかった?

 俺、命の危険があったの?


 やばい。めっちゃこいつから離れたい。

 だ、だが……ここまで言っておいて、今更反故にするわけには……!


「だから、何だ? 俺は、君に傍にいてほしいって言ったんだ。君の素性や過去なんて、興味ない」

「……っ」


 まったく心のこもっていない言葉だ。

 自分でも自覚しているのに、なぜか猫は言葉を詰まらせていた。


 俺の言葉が、明らかに奴に届いていた。

 や、止めろぉ!


 お前、そういうタイプじゃないだろ!?


「俺の傍にいてくれないか?」


 断れ断れ断れ断ってくれ!

 お前から断ってくれたら、すんなりいくから!


 お互い、今日のことは忘れようぜ!

 さあ、断れええええ!


「……お前、本当バカだにゃ」


 その言葉に、俺は顔を輝かせる。

 希望を持つ。


 俺をバカと称したことは地獄の果てまで追い詰めて苦痛を与えてしかるべき大罪だが、もう許す。

 許しちゃう。


 俺は助かったんだ……。


「じゃあ、みゃあが飽きるまでここにいてやるにゃ」


 うわああああああああ!

 何も助かっていなかったああああああ!


 薄く笑みを浮かべる猫に、俺の表情は凍り付いていただろう。

 察しろ!


 俺の表情と雰囲気を察しろ!

 もうすっごい嫌そうだろうが!


「よろしくね、ご主人」


 おぉ、もう……。

 俺は思わず天を仰ぐ。


 いや、部屋の中だから空は見えないのだが、もうどこかに飛び立ちたかった。

 ……あ、やっぱりそれはなしで。


 アポフィス家の財産で好き勝手生きることができなくなるし。


「そういえば、みゃあの名前も変えにゃいとにゃあ。ご主人、いい名前ない?」


 何か猫が話しかけてきているが、打ちひしがれている俺にはろくに頭の中に入ってこない。

 というか、こいつの言っていることなんてどうでもいいのだ。


 どうせ、大したことは言っていない。

 それよりも、俺の落ち込みの方が大きい。


 ミスだ……。

 完全に俺の選択ミスだ……。


「……ミス」


 思わずそう口に出してしまう。

 ミスは誰だってする。


 それを反省し、二度と繰り返さないようにすればいい。

 ……そう理屈では分かっていても、納得できるものじゃないんだよなあ……。


「ミス? ミス……アルテミスにするにゃ」

「は?」


 いきなり嬉しそうに何を言っているんだ、このバカは?

 アルテミス?


 何の話?


「ご主人、みゃあの名付け親にもなるんだね」

「……は?」


 は?




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