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腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる  作者: 溝上 良
第3章 暗殺組織編

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第58話 金と時間の無駄遣いじゃないか!

 










「(めちゃくちゃ強い奴! 絶対に手駒にしたい!)」


 バロールの中にあるのは、それだけである。

 彼が純粋にお礼をしたいからと言って、労力と費用と時間をかけて、赤の他人と一緒に過ごすだろうか?


 いや、ありえない。

 そんな殊勝な心掛け、彼はすでにこの当時から失っている。


 というか、もともと持っていなかった。

 それなのに、2号を呼び止めた理由は一つだ。


「(ナナシは穀潰しだし、アシュヴィンは口やかましいし、イズンはそもそも戦えそうにないしなあ……。まったく、不要な奴ばっかり俺の下に集まってきやがる。どうなっているんだ、この世界)」


 自分を助けたあの技量。

 戦闘能力に特化した手駒を、バロールは持っていなかった。


 イズンなどは強烈な能力を持っているのだが、そんなことは今の彼は知らない。

 純粋な戦闘能力を目の前でまざまざと見せつけられれば、護衛という名の肉盾として欲するのは当然のことだった。


 この男、2号を全力で落としにかかる所存だった。


「はあ……にゃんでみゃあがお前なんかに付き合わないといけにゃいのよ……」

「お礼だって言っているだろ?」

「お礼なら、みゃあが喜ぶようなことをしてよ。今のところ、全然そんなことがないんだけど」


 しかし、当事者の2号はまったく乗り気じゃなかった。

 いつか自分の手で殺す相手と、何が楽しくて一緒に街を歩くというのだろうか。


 そもそも、彼女は団体行動は嫌いだ。

 一人で気ままに……それこそ、猫のように自由に生きて、死ぬ。


「もう行くわ。次に会ったとしても、なれなれしくしにゃいでよね。まあ……」


 スッと前に出て、振り返る。

 バロールを見据えるその金色の目は、冷たく輝いていた。


「次は、そんな余裕はないと思うけど」


 次に会うときは、彼を殺す時だ。

 決して今のような、穏やかな会話をすることはできないだろう。


 しかし、2号はためらいなくやる。

 たとえ、バロールがひどく話しやすくても。


 話していて、心が穏やかになるような相手だとしても。

 裏の人間として、暗殺者として、彼女はバロールを殺す。


 その冷たい覚悟を抱いて、この場を去ろうとして……。


「なんでもほしいもの買ってあげようと思っていたんだけど……」

「にゃにをしているの。ほら、早くいくわよ。まず、あれとあれを買うにゃ」


 バロールの腕を取って歩き出していた。

 敵を油断させ、暗殺する。


 それも重要な作戦の一つだ。

 決して食べ歩きに釣られたわけではない。


 うん、ないない。


「……こいつ、がめつい」


 バロール、うっかり本音を呟いてしまう。










 ◆



 2号ははしゃぐ。

 それはもう全力ではしゃいでいた。


 暗殺対象であるバロールの腕をあっちにこっちに引っ張り、目についたものをすべて買いあさる。

 裏に生き、その運命を甘受しているように見えていた2号。


 しかし、その内心は誰よりも表にあこがれていたのかもしれない。

 キラキラと輝く笑顔は、周りにいる者をとても幸せにするだろう。


 イライラしているのは、自分の金がフライアウェイしまくっているバロールだけである。

 アシュヴィンにお小遣い制に近い状態にされてからというものの、バロールのいら立ちは常に付きまとっている。


 その数少ないお金を、2号を引き入れるための投資とはいえ費やすことはめちゃくちゃ嫌がっていた。

 器が驚くほど小さい。


「うーん……これ、あんまりおいしくにゃいにゃあ。お前にやるにゃ。むせび泣いて感謝しろ」

「はっはっはっ(殺すぞ)」


 目を引かれた食べ物を買う――――無論、バロールのお金――――と、手当たり次第に口に入れていく。

 気に入れば金色の目をさらに輝かせ、一心不乱にほおばる。


 気に入らなければ、バロールにパスである。

 彼はにこやかな笑みを浮かべて受け入れているので、2号の暴挙は留まるところを知らない。


 まあ、怒られていたら速攻で離脱していただろうが。


「おい、これはにゃに!?」

「知らん」


 今まで自分が見たこともないようなものは、バロールに説明を求める。

 なお、出店で並べられている商品なんて微塵も興味がないので、彼もまったく知識がなかった。


 キラキラと輝く宝石や、それを加工して作られた装飾品などを興味深そうに見る。

 とはいえ、趣味ではないから、自分の身に着けたいというわけではないのだが。


 そもそも、暗殺者がじゃらじゃらしたものをつけていれば、ただの馬鹿である。


「みゃあにこれをプレゼントすることができる権利を与えよう。喜べ」

「はっはっはっ(やっぱ、こいついらねえんじゃねえか?)」


 とはいえ、気に入った小物が欲しくなる気持ちもある。

 2号も女の子だ。


 裏で生きていなければ、今頃複数人で街を歩き、出店を冷やかしているようなお年頃。

 なら、気に入った小物くらい買ってもいいだろう。


 バロールに頼めば、彼も嫌な顔を一つ見せずに買ってくれた。

 その小物を大切そうに胸に抱えて笑みを浮かべる2号。


 そのバロールが、金を使って引き入れようとしたことを激しく後悔していることは気づいていない。

 その後も2号がバロールを引っ張って街を歩き続け……夕日が差し込むような時間となった。


「あー、楽しかった! 息抜きになったにゃ」

「そうか、それはよかった」


 ニコニコ笑顔の裏は鬼の形相である。

 二人は今、街を見下ろせるような小高い丘にいた。


 夕日が街を照らし、人々は家路についている。

 穏やかな表社会の情景だ。


 裏で生きてきた2号にとっては、想像もできないような明るい世界。

 あこがれはするが、しかし自分の今の生き方も否定しない。


 2号には、その強さがあった。


「で、みゃあに何を言う気? 楽しかったから、話だけは聞いてあげるわ」


 振り返り、バロールを見る。

 街を歩いていた時のような、何も考えていないような笑顔ではない。


 しかし、穏やかな表情だった。

 それは、少なくとも最初にバロールを暗殺しようと情報を探っていた時の表情とは、明らかに違っていた。


「もう、みゃあがどういう存在かは分かっているでしょう? そして、みゃあがどうしてここに来たのかということも……」

「ああ……(いや、知らんけど。誰だお前)」


 2号の言葉に、バロールが頷く。

 彼女が暗殺者であることは、とっくに知られているだろう。


 そして、自分がバロールを殺しに来たことも。

 明確に証拠があるわけではないが、確信はあった。


 普通ならありえないことだ。

 自分の命を狙いに来た暗殺者と、一日を共に過ごすなんて。


 だが、この男なら……後先考えず、他人を助けようとした底なしの馬鹿なら、あるいは……。

 そう思って問いかければ、案の定である。


 2号は思わず苦笑してしまう。


「それを踏まえて、どうぞ? 一度はどんなみっともなく情けない言葉も聞いてあげるよ」


 それは、バロールにとって、とてつもなく甘い言葉。

 殺さないでくれ、と彼が言ったとしよう。


 そうしたら、2号は本当に殺さないでこの場を去っただろう。

 恩? 恋慕? 憧憬?


 どれも違う。

 ただ、そうしてもいいかなと、今思っただけ。


 気まぐれにすぎない。

 だが、その気まぐれというのは、2号にとってとても大事な要素だ。


 自由気ままに生きる、猫のような彼女だからこそ。


「じゃあ、言わせてもらおう」


 2号が言っていたことを1ミリも理解していない男バロール。

 よく分からないけど好意的だったので棚に上げ、自分の目的を伝える。


 というか、押し付ける。

 あれほど投資したのだから、断られるという選択肢は、すでに彼の中からぶっ飛んでいた。


「俺のところに来ないか?」

「…………は?」


 バロールからしてみれば、当たり前の提案。

 このためだけに、今日一日を潰したのだ。


 ちなみに、アシュヴィンは半狂乱になってバロールを探し回っているのだが、そのこともすっかり頭から抜けている。

 ナナシ? これ幸いと、バロールの小遣いで飲み屋をはしごしていた。


 しかし、目を丸くして唖然とするのは2号だ。


「……みゃあのことを知っていて、そう言っているのよね?」

「ああ(知らんけど)」


 暗殺者に、一度何でも要望を言うことができる。

 普通、見逃してくれとか、そんなものだろう。


 だというのに、バロールは自分を引き入れようとしているのだ。

 これは予想外だ。


「ふーん……やっぱり面白いね、お前」


 そっぽを向く2号。

 表情は変わらない。


 さすがは暗殺者。

 しかし、猫耳としっぽがぴこぴこふりふり。


 さすがは暗殺者。


「お前じゃない、バロールだ」

「領主様を呼び捨てなんてできないにゃあ」

「(お前呼びの方がダメだろ)」


 バロール、お前呼びを許さない。

 自分は内心でそれ以上のことを言い散らかしているのだが、それは知らんぷりである。


 自分に甘く、他人に厳しいのが彼だ。


「命乞いとかされたら、考えたんだけどにゃあ。それ、しなくても大丈夫? これ、みゃあの人生で最初で最後の譲歩かもしれにゃいよ? 今日この時を逃したら、次に命乞いをしても見逃してあげにゃいよ?」

「(え? 命乞い? なんで俺がそんなことしないといけないの?)」


 この男、いまだに何のことかさっぱり理解していない。

 頭おかしくなったのかと、2号の心配をするほどだ。


「今回のせいで俺の命が失われることになったとしても、今日君を勧誘しないのは、俺にとってとてつもなく大きな損失になると確信している。だから、言ったことは変えないよ」

「……あっそ」


 何を言っているのかさっぱり意味が分からないが、とりあえず格好よさげなことを言っておこう。

 そんなとんでもなくあれな考えから発せられた言葉に、2号はまたそっぽを向く。


 しっぽのフリフリがさらに強くなっている。


「ま、結論から言うと、みゃあはお前の所には行かないわ。みゃあは自由気ままな野良猫。誰に飼われることもない」


 しかし、2号はバロールの目をしっかりと見て、断った。

 自由。


 誰かに雇われるということ、飼われるということは、それを捨てるということだ。

 それでもなおそうされたいと強く思わなければ、2号は頷くことはないだろう。


 また、彼女はすでに飼われている身。

 生まれながらにして首輪をつけられた存在だ。


 それに、自分が彼のもとに行けば、どうなるだろうか?

 暗殺組織を裏切った自分はもちろんのこと、彼もまた執拗につけ狙われることになって……。


「(なんでみゃあがこいつの心配をしないといけないのよ)」


 ため息をつく2号。

 どうも、今日一日で随分と調子を狂わせられる。


 自分のことだけを考え、生きていく。

 それが、自分だったはずだ。


 将来の起こりえていない、しかも他人の心配をするなんて……。

 あまりにも普段の自分からかけ離れているため、苦笑いしてしまう。


「そういうわけで……残念でしたぁ。せっかくみゃあに要望をできる最初で最後の機会だったのに、無駄にしちゃったわね。反省した方がいいわよ。後悔しにゃさい」


 彼女は跳躍すると、高い木の上に立っていた。

 常人の身体能力ではありえない出来事に、バロールは目を丸くする。


 下からだと瑞々しい白い脚がよく拝めているのだが、そこはまったく興味がない。


「……じゃあね」


 チラリと最後にバロールを見ると、彼女は一瞬で姿を消した。

 しばし呆然としていたバロールは、意識を取り戻すと叫んだ。


「……金と時間の無駄遣いじゃないか!」




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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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