第57話 俺に少し付き合ってくれないか?
「みゃあが助けなかったら、どうするつもりだったの? 死んでいたよね?」
2号は心底呆れた視線を男――――バロールに向ける。
もし自分が気まぐれで助けなければ、彼はあのナイフで刺されて死んでいたことだろう。
何が防衛手段などを持ち合わせていたら話は別だが、どうにもそういったしぐさもなかった。
つまり、彼は完全に無策で、この男たちと相対していたということである。
護衛もなしに、領主がしていいことではない。
「戦う力がないんだったら、こういうことに首を突っ込むべきじゃにゃいよね。正直、邪魔でしかにゃいし」
「……確かに、君の言う通りかもしれないな(この俺を邪魔……? ただ存在してくれるだけで感謝すべき俺が……?)」
2号の言葉を否定しないバロール。
傲慢な貴族ならば、自分の言動を否定された時点で怒りを露わにするだろう。
そうなったら、2号も彼をこの場で殺していたかもしれない。
だが、そんなことはなく、2号の言葉を重たそうに受け止めていた。
「だが、もしここで俺がこの子を見捨てれば、俺は一生自分を許せなくなるだろう。なら、そういうことはするべきじゃない」
「それで自分が危なくなっていたら、意味にゃくにゃい?」
別に、バロールが死のうが生きようがどうでもいいことだ。
好きにすればいい。
だが、今勝手に死なれると、依頼も達成できないのだ。
イライラとしながら、バロールを見る。
「俺は一人じゃないからな。いつもメイドたちに助けてもらっているし」
「いや、今は助けてもらえなかったじゃん」
「でも、君が助けてくれた」
「……やっぱり、とんでもないバカだね、お前」
満面の笑みで、あまりにも邪念がなく言うものだから、思わず毒気が抜かれる。
こんなバカは、自分が殺さなくても、勝手に死ぬのではないだろうか。
そう思ってしまうような男だった。
「うわ、もう一人来た。珍しいなあ」
「お姉さんも邪魔したんだから、一緒に謝ろうか。ほら、ごめんなさいって。ちゃんとこっちに来て謝ろうね」
そんなことを考えている2号の思考を邪魔するように、男たちが言葉を発する。
怒鳴り声を上げず、新しい邪魔者に対して目を向ける。
彼らは、子供だけでなく2号もまた利用できると、悪意に満ちたものを向けていた。
バロールは、もちろん殺害予定である。
大柄な男たちが、淡々と躊躇なく自分に悪意をぶつけようとしている。
誰でも委縮するような状況だが、2号にとっては鼻で笑うレベルでしかない。
「にゃに調子乗ってるの、お前ら。表にいるくせに、いっぱしのアウトロー気取り? おままごと見ているみたいで、恥ずかしいわ」
所詮、表社会でイきがっている連中でしかない。
裏で生きてきた2号にとってみれば、子供のおままごとでしかない。
「めっちゃ威勢がいいね。頭悪そう」
「もうちょっとおままごとに付き合ってね。楽しくしてあげるから」
「あー……もういいって、そういうの」
今の2号を見て、脅威を覚えない時点で、もはや彼らは生きる価値がない。
その程度の人間でしかないのだ。
スッと太い腕を伸ばしてくる男。
彼を冷めた目で見上げて……。
「お前らは別に対象じゃないから、積極的に殺さにゃいけど。ただ、今みたいにみゃあの邪魔をするんだったら……」
「んあ……?」
手を伸ばしていた男が、スッとぼけた声を漏らす。
伸ばしていた腕が、消えたからだ。
断面から噴水のような鮮血が吹き上がる。
「皆殺しにするよ?」
そして、深く首を切りつけられたことにより、そこからも鮮血が噴き出る。
それは、腕の切断面とは比べものにならない勢いと量だ。
大柄な男が、どさりと地面に倒れる。
2号はそれを何の感慨も抱かず見て、まだ残っている男たちを見る。
睨まない。
そのような意思すら持っていない。
ただ、この男のように近づいてくれば殺すと。
明確に伝えてきていた。
「やっべ。これは関わったらいけない系だわ」
「さよなら! 二度と会わねえよ!」
男たちの決断は早かった。
すぐさま背中を見せると、凄まじい勢いで走って行った。
「逃げ足はっや。仲間の見捨て方も躊躇ないし、案外うまく世の中渡りそうね」
2号も感心するほどだ。
もちろん、その気になれば追いかけて追いつき、殺すこともできるだろう。
だが、依頼でもないのにそこまでする理由はないし、何より面倒くさかった。
「ありがとう、助かったよ」
「お前のためじゃないにゃ。みゃあのためだから、礼を言われる筋合いもないにゃ」
「いや、君のおかげだからね。どのような意図があろうとも、だ。だから、ありがとう」
「……はいはい」
礼を言ってきたバロールに、おざなりに返事をする。
自分は何をやっているのかと、首を傾げる。
殺す対象を助ける暗殺者なんて、自分以外にいるだろうか。
確かに、自分が殺さなければ依頼は達成したとは言いづらいが、少なくとも失敗ではないだろう。
面倒くさがりの2号なら、無視していても不思議ではない。
だというのに、今回に限ってどうして……。
「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「いいんだよ(ちゃんと大人になったら税金払って俺を養おうね)」
「……あーい」
この事態を引き起こした子供は、笑顔を浮かべて路地裏から出て行った。
目の前で殺人があったのだが、もちろんバロールがしっかりと目を塞いでいたから衝撃的なシーンは見ていない。
スプラッターなトラウマを作ることもなく、彼女は成長していくことができるだろう。
「じゃあ、みゃあも行くから」
2号もこの場を離れようとする。
気まぐれでバロールを助けてしまったが、そもそも自分は彼を殺すためにここにいる。
今なら護衛もいないから、彼の首をとるのは簡単だ。
だが、先ほどのこともあって、どうにも殺す気が失せてしまっている。
また出直すとしよう。
軽い身のこなしで場を去ろうとして……。
「ああ、待ってくれ」
バロールに呼び止められる。
怪訝そうに眉をひそめながら振り返ると、彼は笑みを浮かべて口を開いた。
「お礼もかねて、俺に少し付き合ってくれないか?」
「……は?」
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