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腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる  作者: 溝上 良
第3章 暗殺組織編

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第54話 暗殺対象者

 










 彼女は2号である。

 名前はない。


 その数字こそが、彼女を識別する唯一のものである。

 名前は、親が子に授けるもの。


 自己を構成するうえで最も重要なものだが、当然彼女にそんな大層なものはない。

 なぜなら、彼女に親は存在しないから。


 いや、この世に生まれている時点で、生物学的に父と母と呼称する者はいたのだろう。

 だが、彼女に物心がついた時……いや、それ以前から、両親は彼女の傍にいたことはなかった。


「ま、別にそれはどうでもいいことにゃんだけどね」


 プラプラと脚を振りながら、2号は呟く。

 両親がいないことなんて、何ら興味がない。


 それは、彼女の周りも似たような境遇の者しかいないというのも大きいだろう。

 普通の……表社会の一般人のように、両親がいるのが当たり前の環境にいれば、彼女もそのことを多少気にすることになっていたかもしれない。


 だが、彼女が所属する裏社会の、暗殺組織。

 両親がいて、愛を与えられて育てられるなんて、その方が非常識である。


 表の常識は裏の非常識であり、裏の常識は表の非常識である。

 それゆえ、彼女が両親の有無で一喜一憂することはなく、こうして暗殺組織にいることも甘んじて受け入れていた。


「ここにいましたか、2号」

「うげっ」

「……人の顔を見て、露骨に嫌がるのは止めましょうよ」


 心底嫌そうな顔を向けられるのは、さすがの男も辟易とする。

 というか、普通にショックだった。


「ボスが怒っていましたよ。サボりすぎだと」

「えー。仕事はちゃんとしているから、別にいいじゃん」


 男は完全に善意から注意を呼び掛ける。

 裏社会の暗殺組織。


 ここでは、絶対的な上下関係があり、また表社会とは比べものにならないほどシビアな世界である。

 ボスの不興を買えば、それだけで殺されるということが当たり前のように行われる。


 絶対的な上位者から嫌われないように、彼らは必死にボスのご機嫌を窺い、喜ばれることを積極的に行うのだ。

 それをしないのが、この2号という女だった。


 彼女は、気まぐれだ。

 どこにいるのかも普段からなかなか予想できず、今男がこうして話せているのも、偶然の側面が強い。


 彼女が本気で雲隠れすれば、彼では到底捕まえられない。

 それは、組織では非常に扱いづらいということにつながる。


 いざ呼び寄せて使いたいときがあっても、捕まらなければどうしようもないからだ。

 だから、ボスからあまりいいように思われていないのは、2号自身がよく理解していた。


「逆に、あなたが達成率100%の凄腕でなければ、とっくに処分されていますよ」

「なら、みゃあの力のおかげだね。よかったよかった」


 ケラケラと笑う2号。

 一切否定しないという、ある意味では不遜ともとることができる態度だが、まったく間違っていない。


 少しでもダメだと判断されたら、切られるのがこの暗殺組織である。

 組織に縛られず、自由気ままに生きているにもかかわらず、2号が粛清されていない理由は、ただただ彼女が優秀な暗殺者だからだ。


 普段の言動を黙認するにはあまりあるほどの功績がある。

 男が同じようなことをしていれば、すでに死体となってどこぞの路地裏にでも捨てられているだろう。


 多くの組織の人間が達成できず、失敗してきた案件も、たやすくこなして見せる2号だからこそ、このように生きることができるのだ。


「……ボスに目をつけられても、いいことなんてありませんよ。将来のことを考えるなら、もっとうまく……」


 だが、それは最善のふるまいでないことは明白だ。

 ボスは確実に2号のことを快く思っていないし、使えないと判断すると一瞬で切り捨てるだろう。


 だから、もっと組織に……ボスに忠義を尽くすように警告するも、2号は鼻で笑う。


「将来? みゃあたちに、そんなのを気にする暇なんてあるのかにゃ?」


 青い空を見上げる。

 綺麗な表からでも、薄汚い裏からでも、見上げれば同じ綺麗な空が広がっている。


「みゃあたちみたいな仕事をしていたら、ろくでもない死に方をするのは決まっているし。適当にだらだら楽しく生きて、その時までに満足しとかないと損よ」

「…………」


 男は答えない。

 この会話だって、誰に聞かれているかわかりやしない。


 2号が言えることでも、男が同意すれば殺されることだってある。

 彼女も答えを求めていたわけではないので、すぐに背を向けた。


「じゃ、呼ばれているみたいだし、みゃあは行くにゃ」









 ◆



「貴族の暗殺ねぇ」


 2号はぶらぶらと歩きながら、つぶやいていた。

 貴族の暗殺。


 裏社会に舞い込んでくる依頼の中では、それほど珍しいものではない。

 貴族の特権を狙ったものや、悪辣な領主を殺してほしいというもの。


 理由は様々であり、とくに目を見開いて驚くことはない。

 今回、2号がボスから言い渡されたのは、最近になって前領主の死去に伴って領地を渡された若い貴族の暗殺である。


 貴族の暗殺はそれほど珍しいものではないと言ったが、しかしその依頼が達成しやすいかと問われれば否である。

 裏社会をもってしても、貴族の暗殺は容易なものではない。


 そもそも、簡単なのであれば、貴族は頻繁に殺されて代替わりをしていることだろう。

 当然、貴族たちも自分たちが狙われる立場であることを理解している。


 そのため、護衛をつけるのはもちろんのこと、自分たちの居場所はしっかりと警備させている。

 それを乗り越え、暗殺を果たすのは簡単なことではない。


 失敗し、捕らえられ、処刑されるのがほとんどだ。

 だから、裏社会でも貴族の暗殺を受ける者は多くないし、実際に実行に移して成功するのはもっと少ない。


 そんな仕事を、2号は与えられた。

 彼女は貴族暗殺の実績があり、その能力を信頼されているからだ。


「面倒くさいんだけどにゃあ、貴族の暗殺って」


 深いため息をつく2号。

 できないとは言わない。


 だが、ひたすらに面倒くさい。

 彼女でも気楽に気ままに行動していれば、捕まって処刑台一直線だ。


 周到な準備をし、本気にならなければ貴族は殺せない。

 そんな仕事を回してきたボスへの愚痴を、ずっと言っていた。


「しかも、暗殺依頼者が貴族の弟って。もうむちゃくちゃだにゃあ」


 貴族お得意の御家争いである。

 実を言うと、こういうことはよくある。


 血縁関係にある者が、一方を殺してくれと依頼してくることは、珍しいことではない。

 貴族特有のものだ。


 こういうのを聞いていると、2号は辟易とする。

 家族のいない彼女だが、こんなことになるのであれば、家族なんて必要ないのだろう。


「えーと、今回の暗殺対象の名前は……」


 話された資料を思い返す。

 紙などの現実に残るものでは渡されない。


 失敗した時にそれを押収されてしまえば、組織にも危険が及ぶからだ。

 その場で伝えられ、頭の中にインプットしておかなければならない。


 忘れっぽい彼女ではあるが、さすがに暗殺対象の名前は憶えている。

 そう、その者の名は……。


「バロール・アポフィスだっけ?」




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新作です! よければ見てください!


その聖剣、選ばれし筋力で ~選ばれてないけど聖剣抜いちゃいました。精霊さん? 知らんがな~


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