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武勇伝モンスター

作者: 雉白書屋

 夜。とある居酒屋にて、二人の男が話をしていた。


「でさー、この前の夜、道歩いてたらさぁ首までタトゥーしてた背の高い男に絡まれてさ、いやもう胸ぐら掴まれちゃってやべーっ! って周りの通行人とかもうそんな顔してて、でも俺は逆に冷静というかスイッチが入っちゃってさぁ、もうそいつの顎スパーン! と殴ってぇ、一発でぶっ倒しちゃったんだよねぇ。まあ、それはそれでほら、こっちが悪いみたいになっちゃうじゃん? だからもう慌てて走ってさぁ」


「すごいっすねー」


「おう……でぇ、そうそうすごいと言えばさ、この話したっけ? 俺が高校生の頃さぁ車に轢かれたことあったのよぉ。でもさ、なんか知らないけど無傷だったんだよなぁ。いや、倒されはしたよ? タイヤが足の上に乗っかった状態でうーん、四十分くらい? 耐えてさぁ。でも無傷。あるんだなぁ、そんなこと」


「あるんすねぇー」


「ああ、うん……で、あ、高校生の頃の話といえばもう一つあったわ。授業が簡単すぎて授業中、欠伸してたらさ、そこに教師がズバーンと、チョークぶん投げてきてさ、でも俺がパシってキャッチして、で、まあ拍手喝采。でも俺が『なんすか?』みたいな顔したらそいつ、プルプル震えながら『黒板のこの問題解いてみろ』って言うもんだからまあ、席から立ってスタスタ歩いて、うん、解いちゃうよねぇ」


「さすがっすねー」


「うん……なあ」


「はい?」


「その反応はないだろ」


「えっ、はい?」


「会社の先輩が武勇伝語ってんのにその反応はないだろ」


「え、でもその」


「なんだよ」


「嘘……ですもんね?」


「ああ、嘘だよ」


「お、おお、認めるんだ……」


「だからだよ」


「んん?」


「いっつも、いっつも、お前が俺の武勇伝を否定しないからもう、俺の身体は歯止めがきかなくなっちゃってんだよ!」


「は? え、どういうことですか?」


「『そんなことあるわけないじゃないすっかー』とか『それは盛り過ぎですよせんぱーい!』や『ちょ、先輩。それはガチっすね』だの言って、お前がちゃんと否定してくれてたら、俺はこんな武勇伝モンスターにならなくて済んだんだって話だよ」


「いや、なんすかそれ……しかも最後は肯定しちゃってるじゃないですか」


「ちょっとは信じて欲しい」


「我儘ですね。てか自覚があるなら自重すればいいじゃないですか」


「無理なんだってもう。この口が語りたくて仕方がないんだからよぉぉぉ」


「唇震わせないでくださいよ……あと近いですって」


「『先輩、半端なさ過ぎて俺、ちょっと漏らしちゃいましたよぉ』とか」


「言いませんよ。それ自体盛ってるじゃないですか。で、これからはちゃんと否定すればいいんですね。わかりましたよ」


「違う。本題はそこじゃない」


「はい?」


「俺が武勇伝モンスターに変貌してしまったせいで困ったことになったんだよ」


「は? どういうことですか?」


「いや今日な、実はこれからここにアプリで知り合った女の子が来るんだけど、俺、その子に事前のやり取りで滅茶苦茶、そのー、盛っちゃってたんだよ」


「は? いや、テーブル席なのに二人横並びに座るのは変だと思いましたけど、えー」


「いや、悪い悪い。ちょっと付き合ってくれよ。お前には俺の武勇伝の保証人になって欲しいんだ」


「えー、嫌ですよそんなの。詐欺の片棒担げってことでしょ」


「詐欺言うなよ。せめて太鼓持ちだろ。それにな、俺を武勇伝モンスターにしたのはお前なんだからな、責任の一端はあるだろ」


「武勇伝モンスター自体、しっくりきてないんですよこっちは……」


「なあ、頼むよ。な、な、なぁ!」


「わかったわかりましたよ。だから顔近づけないでくださいよ……で、盛ったってどんな感じにですか?」


「まあ、東大出でエリート企業に勤めてる、と」


「真逆じゃないですか。先輩、高卒でしょ? それにうち、いわゆるブラック企業ですし安月給の」


「まあな。でももう言っちゃったからぁ」


「相手も一番気にするところでしょうし、すぐにボロが出ちゃいますよ……よほど設定を練り込んでるならまだなんとか」


「東大の頭いい学部をな、首席で卒業」


「それ、一生口にしない方がいいですよ」


「と、あ、来た! 頼むな!」

「ええ……」


「こんばんはぁー」


「やーやーやー! どうもこんばんはぁ! あ、こいつ、後輩でね、はははは。いやもーついて来たいとか言って聞かなくてさぁ、いつまで経っても先輩離れができなくて、この前なんか一緒に下着を買いに行ってやってさぁ、俺はお前のお母さんじゃないぞっつってね!」


「さっそくやるのやめてくださいよ! あ、どうもこんばんはー」


「あ、はい。こんばんはー。あの、さっそくやるって?」


「いやー、なんでもないですよ! あ、注文どうします? まあ、この後、二人でね、飲み直すかもしれないんで軽くにしときましょうかね、ねっ。邪魔者なしでね、ははははっ、あっすみませーん! ビールを!」


「あははは。あ、でも後輩さんもやっぱりすごい頭の良い方なんですよね? 緊張しちゃうなー」


「いやー、僕なんて大したことないですよ。ただのハーバード大学卒です」


「ハーバード!? すごーい!」


「いやー、最近帰国してきて、まあ別に普通」


「ちょ、ちょい、ちょっと」


「ん、なんすか先輩」


「いいから、ちょっとこっち来て……。いや、お前、ハーバードってなんだよ!」


「頭いい人たちがいっぱいいるアメリカの大学です」


「知ってるよ! 大体、その説明がバカっぽいんだよ! なんでお前がハーバード大卒なんだって聞いてんだよ!」


「ヘェーバァードユニヴァーシティ」


「うるせえよっ。それっぽく発音すんな!」


「アイアムア、ベリージーニアス」


「だからなんで、あれっ、お前、まさかあの子のこと好きになった? それで……」


「ライク、オア、ラブ……ラブ!」


「キリっとした顔で言ってんじゃねえよ! なにが『ラブ!』だよ!」


「あのー、どうしたんですかー?」


「ああ、いや、なんでもないですよはははは!」

「イエス」


「うふふ、お二人ともすごいなー。私なんて高校卒業してそのまま働きに出たから大学がどんなところかも知らないんですよー。

あ、でも高校時代もやっぱりすごく頭良かったんですよね? 学年一位とか?」


「え、あー当然だよねぇ。いや、授業が簡単すぎて授業中に欠伸してたらさぁ、そこに教師がズバーンと、チョークぶん投げてきてさ、でも俺が片手でパシってキャッチして、で」


「ありますよねーそういうことねー。僕も指二本でピシッとキャッチしてねぇ」


「指二本!? すごーい!」


「お前っ、で、でさぁ、教師が前に来て黒板の問題解いてみろって言うもんだからさ、まあ、そうしてやったよね」


「あるあるですね。僕はそのまま授業して、で、最終的にクラス全員を東大合格させてやりましたよ。お前ら、東大行け! ってね」


「全員を!? すごーい!」


「だ! お前! だ! ぐ! あー、高校の頃の話と言えばさ、車に轢かれそうになったことがあってさぁ。でもさ間一髪。ジャンプして車の屋根の上をスタタタタン! って駆けて事なきを得たんだよねぇ、うん」


「おー、さすが先輩っすね! まあ、僕は片手で止めましたけど体幹が強いんで」


「お二人とも運動神経もすごいんですねっ」


「ああ、そりゃあね! そうそうこの前の夜ね、道で顔までタトゥーした超大男に絡まれちゃってさぁ」


「あー、僕が助けに入った話ですね」


「が! ちが!」


「そうそう先輩、血を流して倒れちゃってねぇ。それを見て、僕もスイッチ入っちゃって、うわ、何するんですか先輩!」


「こいつ、こいつ泥棒です! 泥棒! 俺の、俺の武勇伝を!」


「な、何わけのわからないこと言ってんですか! あはは、すみませんね、先輩ってば酔いすぎちゃったみたいで、いつも僕が介抱してるんですよぉ」


「こいつまだ言うか! あ、みなさーん! こいつ泥棒ですよー! 現金から下着まで何でも盗みますよー!」


「な!? あ、こ、この人は詐欺師です詐欺師! もう、お年寄りから子供まで騙しますよぉ!」


「この! 人を何でも回収する廃品回収業者みたいに!」


「そんな気ありませんよ! つまんないし! 武勇伝もそう! 大体、先輩から言い出したんでしょ!」


「つまらないとはなんだ! この、この!」


 と、人目を憚らず店内にて取っ組み合いを始めた二人。

 やがて、女がいつの間にか消えていたことに気づくと「お前のせいだ」「いいや、あんたのせいだ」と益々ヒートアップ。

 女が実は結婚詐欺師であったことに気づくこともなく、武勇伝になることもなし。

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