夕飯と発泡酒
かくして、絶対に離縁したくない夫と、相手のために絶対に離縁しなければならないと考えている妻との、たいして意味の無いじれったい攻防が始まってしまった。
健気な使用人たちは、仕事以外に趣味のないシャルルと植物馬鹿なレベッカに新たな共通点を作ろうと奮闘した。
その結果。
「これは何なんだ?」
シャルルは夕食の席に置かれた見慣れないカップに首を傾げた。
眼光鋭い公爵に怯むことなく、ローラは言った。
「こちら、先日マルーニ伯爵が持参なされたカンパニアでございます」
カンパニアとは発泡性の酒だ。
「ああ! 伯爵領で生産が盛んだという……」
「シャルル様がお気に召しましたら、今年の聖夜祭のメニューとして用意しようと考えております」
「ほう。淡桃色の変わった酒だな」
「よろしければレベッカ様も」
「ええ!? 私もですか」
「マルーニ伯爵領のカンパニアは度数も低く、女性にも飲みやすい甘さのある飲物とうかがっております。グラスを準備しておりますので、おくちに合うようでしたらお試しください」
慇懃なローラは控えめかつ自身の意見はハッキリと告げることのできる強さを兼ね備えた女性で、使用人の鑑である。
シャルルが脚の細いグラスを引き寄せると、ジャンが待ち構えていたように瓶の中身を注ぎ入れた。
普段と異なるピンク色を主とした花々のアレンジメントや、燭台のセットはエレーヌの手によるものだ。
そして、レベッカ。
正式なイブニングドレスほどの高級なものではないものの、カジュアルというには質感が艶っぽすぎる。つまりは上等な生地なのだが、レベッカの素材が艶やかなために、何であれ映えてしまうのだ。美容担当のエレーヌが、それを利用しないはずもない。
ピンクを帯びたベージュの生地は柔らかく、温かみのある色合いだ。
そしてほんの少しばかり、透け感のあるシアーな素材を取り入れてある。
おそらく、常人が着れば特に代わり映えしないのだろうが、レベッカが着用することで胸の丸みや鎖骨の滑らかさ、光を弾くような艶のある白い肌が強調されていた。
そして、美しく気高い若き公爵と夫人を彩る、公爵家のダイニング。
金の額縁の絵や、銀の食器。
薄く流れる弦楽器の穏やかな音色。
豪華な料理ときらめくグラス。
(誰かの誕生日でしょうか?)
と、レベッカ本人は見当違いなことを思っていた。
しかし、その実は使用人たちの計画である。
(出だしは上々。自宅でデート! 作戦、開始ですよ。エレーヌ、ジャン)
伏し目がちに控えるローラが小さく拳を握ったのを、視力のよいジャンの目は見逃さなかった。