ローラとエレーヌ
冬の匂いのする外は寒いが、ヴァレリアン公爵家では換気のために一日に数回は窓を開ける。
ひんやりする空気から身を守るように、レベッカは天使の羽衣のような暖かいショールを着せられて、居心地が悪そうにソファに座っていた。
傍にはエレーヌが控えており、レベッカの髪に櫛を入れている。
「あの……もうよろしいのでは」
「いけません、レベッカ様。先ほどの『お庭の散策』で、髪が乱れてしまいましたもの」
「もう手で整えたのですが」
「レベッカ様。そのお手は櫛ではございません」
「ハイ……」
見事な金糸はなじむようにするっとオイルを吸い込み、しっとりとエレーヌの手に流れていく。
エレーヌは思った。
(レベッカ様はシャルル様をどう思っているのだろう?)
嫌ってはいないはずだ。
というか、はたから見れば、それこそ両思いにしか見えない。
「失礼いたします。レベッカ様、シトロン水をお持ちしました」
と、扉から入ってきたローラが話しかけた。
「あっ……ありがとうございます、ローラ」
「我々使用人にそんなに丁寧に話さないで下さい、レベッカ様」
「ですが、なんだか申し訳なくて」
「もうレベッカ様は伯爵令嬢ではなく、公爵夫人なのですよ。名実ともに」
ローラの言うことに、エレーヌも完全に同意だった。
完璧な美貌と艶やかな肢体、華のある容貌のレベッカは、これまで義母や義妹に酷い扱いを受けてきたからか、全く自信を持ってくれない。
まるで、道ばたの雑草だと思い込んでいる極上のロゼッタだ。
「ロゼッタはロゼッタの自覚を持っていただかなければ、育成者のかいがないってものですわ……」
ローラの独り言はレベッカには聞こえなかったようだ。
居心地悪そうに窓の外を見ている。
早く庭に出たいのだろう。
推測したエレーヌは、ことさらゆっくりと金の髪にオイルを塗り込んでやる。
「こんな、もうすぐ平民になる身ですのに、皆さんに優しくして頂いて、申し訳がないのです」
ぽつんとレベッカが言った。
エレーヌの手が止まった。
シトロン水をカップに注ごうとしていたローラも動揺をかくしてはいるが、水を入れた瓶を持つ手が僅かに震えているのを、エレーヌは見逃さなかった。
「レベッカ様、そのことについてシャルル様とお話されましたか?」
エレーヌは言った。
「ええ。婚約や結婚の締結について話したときに、そう決めたのです。私たちは所詮は契約結婚。もう凋落してしまいましたけれど、私の実家がアレでしたから……思えば向こう見ずな義母がこのヴァレリアン公爵家に突撃するのを防ぐためにして頂いた結婚でした。そして、シャルル様を攻撃した義理の妹、エミリーを断罪するために、アデルという養子まで組んで。私の身勝手で、シャルル様にはお手をわずらわせてしまって……、皆様にも、シャルル様にも、本当に申し訳ないと思っているのです」
エレーヌとローラは顔を見合わせた。
おそらく、いや、たぶん。
すれ違いもすれ違いだ。
(ジャンの話によれば、シャルル様はレベッカ様と離縁なんてしたくないっていうことよね)
(というか絶対好きですもんね。横から見ていてイライラするくらい)
(レベッカ様はそんなこと全く分かってないわね?)
(ええ。そうですね。こうして横から見ているとかなりムズムズしますねどうしましょう)
(耐えるのよローラ。ここからがメイドの腕の見せ所よ)
この間、5秒。
ローラとエレーヌは無言のうちに意思疎通を済ませた。
シトロン水を入れたコップから、カランと氷がとけて音がした。