計画と開始
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ジャンがため息をついた。
「そりゃあ俺にも確かに覚えがあるけど……」
いや、主人への忠誠心がそう言わせただけで、本当のところは身に覚えしかない。
ジャンはこれまでのもどかしい場面の数々を思い出していた。
その中でも鮮明なのは昨日の会話だ。
「その様子だと、ジャンもやられてるわね?」
エレーヌが見逃さずに、素早く言った。
「まあな」
ジャンは正直に打ち明けることにした。
それは昨日の終業後のことだ。
終業といっても、裁判所の仕事だ。
ジャンはシャルルの補佐として書類整理や来客の応対に精を出していた。
昔はシャルル目当てに押しかける、恋心を理由に突撃してくる迷惑千万な客もどきの説得にあたっていたが、レベッカと結婚してからはそれもめっきり無くなった。
やはり、美貌の公爵に釣り合うだけの圧倒的な顔面偏差値やプロポーションが効いているのだろう。
実家に虐待されて酷い扱いを受けていた時はいざ知らず、現在の健康を取り戻したレベッカに、外見的魅力で張り合おうとする身の程知らずは居ないと見える。
「今日も平和に終わりましたね」
書類をそろえて棚に戻しながらジャンは話しかけた。
「ああ。余計なことに時間が使われないというのは良いものだな」
これまで勘違いした令嬢に何度もアポイント無しでの突撃を食らわされているシャルルの言葉には実感がこもっていた。
「ところでシャルル様。レベッカ様にはいつきちんと告白なさるんですか」
「何をだ?」
「は」
思わず素の声が出てしまった。
ジャンは一つ咳払いをして、次の言葉を継いだ。
「先日書類上ではレベッカ様と婚姻を結ばれましたよね」
「そうだ。ジャンも契約書に目を通しただろう」
「婚姻届を契約書と呼ぶのはやめてください」
「それが何だ」
「いえ。ですから、あれは『それぞれの思惑があったからこそのいわば偽装&政略結婚』なのであって。今は違いますよね?」
「何が違うのだ?」
ジャンは角の一つ一つをピッシリと揃えていた紙束を、頭上に放り投げて部屋中にばら撒きたくなった。
(首を傾げないで下さいシャルル様。本気で理解しておられませんねシャルル様。法律アカデミーでは次席で卒業された頭脳が、恋愛においては何の役にもたってはいませんねシャルル様)
「ジャン?」
「いえ、申し訳ありません。この話はまた改めていたしましょう。退勤の時間です」
「そうだな。今日は週末だからレベッカが待っていてくれるはずだ。手土産にプティフールでも買っていこうか……いや、しかし少しでも早く帰りたい。早く帰るとレベッカが喜んでくれるしな」
この時ジャンが敬愛する主人の顔にインク瓶の中身をぶちまけなかったのは、ひとえに彼の人一倍強固な理性によるものだった。
「はあ……ジャンも苦労しているのね」
エレーヌが同情して言った。
「このままじゃいけませんね」
ローラが出し抜けに言った。
「そんなこと言ったって、どうすればいいんだ?」
ジャンが頭を抱えた。
「いいですか。私に考えがあります」
すわった目のローラが言った。
そして、これが彼らの計画の始まりだった。