懊悩と決意
エレーヌの仕事は公爵夫人の服飾を管理することだ。
そのため、彼女はレベッカのドレスやアクセサリーをそろえ、髪を結いあげて整える。
しかし、エレーヌの業務には、身支度を整えたはずなのに勝手にボロに着替えて裏庭へ出て行く公爵夫人を見つけておとがめするという重要な任務が含まれていた。
その日も、朝の鮮やかな光が、公爵家の裏庭に柔らかな光を差し込ませていた。
レベッカはロゼッタの間で土をいじり、優雅に手入れを施していた。
周りには色とりどりの花々が咲き誇り、ふうわりと香りが漂っていた。
(また穴のあいた麦わらと長袖……)
いったい何十年前の流行なのかと思うような旧い型の簡素なドレスなのだが、腹の立つことにレベッカが着ると当時それが最先端だったことを思い出す。
抜群のプロポーションとみずみずしい肢体を持つレベッカは素材が良すぎる。
エレーヌは庭のすみで土をいじくっているレベッカに声をかけようとしたが、踏みとどまった。
久々に休日を楽しんでいるシャルルの姿を見たからだった。
シャルルは静かに近づき、庭の片隅で座り込んでいた。
レベッカが気づくと、シャルルは穏やかな笑顔でレベッカを見つめていた。
「あっ、シャルル様? いらっしゃったのですか」
レベッカは園芸用の手袋を外し、汗ばんだ額に触れながら微笑んだ。
「何かご用ですか?」
シャルルは頭を軽く振りながら、しれっと言った。
「いや。ただ、レベッカがここにいたから」
エレーヌは裏庭の厨房の壁をこぶしでダンッとたたき付けた。
パラパラとほこりが落ちる。
(用が無いけど来ちゃった、なんて、好きって言ってるのと同じでしょう? というかその顔で無自覚タラシ発言は罪ですね!? 有罪!)
そんなエレーヌの胸中はいざしらず。
レベッカは恥ずかしそうに笑いながら言った。
「そんなこと言われたら、照れちゃいますね」
(ぐうぅぅ……土が頬についてるのに微笑むレベッカ様それでも美しいって……穴あいてるのに麦わらに……悔しい、悔しいけど美人……!)
エレーヌは煉瓦塀に側頭部をこすりつけた。
悔しさと嬉しさとがないまぜになったような気持ちだ。
「あ」
「どうしましたか?」
「ついてる」
シャルルは手袋を優雅に口ではずした。
そして、レベッカの頬についた土を、手袋を外した指先で優しく拭った。
レベッカがくすぐったそうに両目をつむる。
二人の視線が交わると、庭の中には静かで穏やかな雰囲気が漂った。
(芽生えて恋心! そこでハグ! いやむしろキッス! いけ、シャルル様!)
エレーヌはロゼッタに囲まれながら見つめ合う美男美女を見ながらそう念じた。
しかし、その次の瞬間。
「わ、あら、ありがとうございます……」
カアアアっと頬を赤らめるレベッカ。
「い、いや! 俺もいきなり触れて悪かった」
同調して頬を赤らめるシャルル。
(だからなんでそうなるのかしら!?)
エレーヌは膝から崩れ落ちた。
美男美女を絵に描いたようなカップルなのだ。
国中の民が憧れるような美しい二人なのだ。
仮にも夫と妻なのだ。
ちょっと頬に指先が触れただけで頬を染めていては、幸先が思いやられる。
あの穴のあいた麦わらは絶対に今日燃やしてやるのだと、強い決意のようなものがエレーヌの胸の奥からメラメラと沸き起こってきた。