策略と智謀
「そこで、これだ」
ジャンは懐から品の良い刻印のされた小さな封筒を取り出した。
「この封筒の中にはカードが入っている。食事が進み、今くらいのタイミングが最適だろう。当日はウエイターにコーヒーと一緒にこれを出してもらう」
「そこには何が書いてあるの?」
エレーヌがわくわくして言った。
ジャンは二人に向かって、封筒から出したカードを見せた。流麗な筆跡で、こう書いてある。
【目の前の女性を褒め称えよ】
「なるほど。これを見たシャルル様は、レベッカ様をまじまじと見つめ、美しい金色の瞳や光り輝く美貌を称えるということですね」
ローラが、ウンウンと頷いた。
「そして、シャルル様の溶け出した氷のような銀の瞳に捕らえられたレベッカ様は、甘やかなときめきに耐えきれず、桃のように頬を染める、のよ! 完璧な計画だわ!」
力強く言うエレーヌ。
男装しているせいか、グッと握りしめた拳もいつもより逞しく見える。少女小説を愛読しているというのは伊達ではない。言い回しに夢とパンチが効いている。
ジャンが言った。
「とはいっても、これで終わりだとこころもとないな……ランチを食べて、相手を褒めたくらいで、あのお二人がどうこうなるなんていうのは想像しがたい」
「ええ。もういっそのこと肩を触れ合わせて夜景くらい見ないと無理よね」
エレーヌの言葉に、三人はふと目を見合わせた。
「待って下さい。それ、いいんじゃないですか?」
「ローラ。観劇は夕刻にもあるのか? ある? なんだと、それならリストランテは夕食に変更して……いける! いけるぞ!」
興奮を胸に一同は店を出た。ジャンの手配した馬車に乗り込み、広場をこえて森の高台へ向かう。ここはこのあたりでは最も夜景が美しいと評判のデートスポットだ。ヴァレリアン領が一望できる。
「観劇を夕刻にずらし、夕食をとり、そしてとどめの夜景だ!」
ジャンの言葉に、ローラが拍手した。
「ベッ……タベタなデートプランではありますけれど、むしろそれが一周まわって逆に良いです!」
「そして、夜景にみとれるシャルル様とレベッカ様が見つめあい、いい雰囲気になって告白ね」
「待て。今までのことをよく考えろ。俺はもう学習した。どうせ予想の斜め上にいって、あのお二人ならば俺達が石畳に並んで額を打ち付けたくなるほどの、じれじれ展開になるはずだ」
ローラは深く頷いた。
「違いありませんね」
「待って。天才かもしれない。いや、天才だわ。私のことをみんなあがめて頂戴」
出し抜けにエレーヌが言って、手近な切り株に立ち、芝居がかって両手を広げた。
「今、理解したわ。私があの実家に生まれた意味を……。全てはこの計画のためだったのよ。神々の巡り合わせよ。もうこれは宿命だわ。何が言いたいかって? 打ち上げるのよ。この冬の夜空に、流れ星もかすんでしまうほどの最高の花火を咲かせるの!」
ジャンとローラはエレーヌに向かって両手を組み、ひざまずいた。
「天才だ」
「エレーヌあなた、天才ですね」
火師集団を率いる大店の娘、エレーヌ。
恋愛小説を読み漁って得た彼女の夢見る乙女力が、現実的な力として花開いた瞬間だった。
そして、ジャンたちは美しい花火を打ち上げる計画を立てたのだった。夜空には色とりどりの花火が咲き誇り、夢の中のような輝きの下でシャルルとレベッカは手を取り合い、愛を新たにするのだ。




