庭園と馬術
ジャンが指を鳴らすと、木立の後ろから十頭の馬が現われた。
それぞれが美しい毛並みをしており、乗り手は皆えんじ色の制服を着ている。
先頭の部隊長が指笛を鳴らし、それを皮切りに馬たちが動き出した。
早駆け、跳躍が入り乱れる、迫力満点の馬術のショーだった。
馬たちの尾が、激しい動きにサラサラと揺れる。
ジャルダンの優雅な庭は広く、市民に開かれている。
見苦しくない格好であれば誰でもこの広大な敷地の庭園に入って良いのだ。
王室直下の庭園だからこそそれが許されているともいえる。
優雅に舞う馬たちは、芝生と地面の上で驚くべきパフォーマンスを披露した。
エレーヌとローラは打ち合わせがあったとはいえ、この美しい光景に心を奪われた。
「すごいわ、ジャンのご実家の皆様」
「これはシャルル様たちも盛り上がること間違いありませんね」
馬術師たちの才能はあふれんばかりで、男装した淑女たちは感嘆の声を上げた。
馬術が終わり、去って行く馬たちに名残惜しそうに手をふるローラたちに向かって、ジャンは言った。
「さて。この後はランチだ。場所はこの庭園の中の、王室御用達のリストランテがある。軽食をつまみながら歓談する」
「ええ。いいわね。ちょうどこの並木道を歩いていくということね」
「そうなると、馬たちは逆方向に去らせた方がいいな。馬糞が落ちていたら台無しだ」
現実的なことをジャンが言ったが、エレーヌは真面目にうなずいた。
馬糞だの牛糞だのに邪魔されてはたまらないのである。
一世一代の主人たちの告白だ。
特別な日にしなければならない。
リストランテは小さなロゼッタに囲まれた、愛らしい隠れ家のような場所だった。
レンガ塀の外観に、三人は一様に合格の判断を下した。
見るからにレベッカ様とシャルル様向きの感じだ。
予約を済ませていた席に着く。
普段の癖で内股に座っていたエレーヌをローラが肘でつんつんと突いた。
ハッとした顔のエレーヌが、男装していることを思い出して、足を開く。
今日はあくまでも、使用人の男たち三人での会食というていだ。
実際のところは、シャルル様レベッカ様のデートコースの下見、なわけだが。
「うん。さすが、料理は素晴らしいわね。見た感じもお洒落だし、塩加減もちょうどいいわ」
テリーヌを口に入れたエレーヌが評価した。
「だが、一つ問題があるな」
ジャンの指摘に、後の二人は顔をあげた。
いったい何だというのだろう。
「シャルル様は、レベッカ様に何のお話をすればいいのか、分からなくなることが予想される」
邸宅でのフォーク連続落とし事件を知っている面々は、
「あ~……」
と同じような声を出した。
「デートとして共通の話題があるといいのだが、シャルル様がうまく切り出せるかどうか……」
「そういうことでしたら、うちの者たちを使いましょう。当日までに調査させておきます」
「うちの者……っていうと、ローラの家の『諜報部隊』ね?」
「はい。レベッカ様が好むアートや音楽、嗜好品、思い出の品、食事の好みや苦手、その他、デートで話すと話が続きそうなありとあらゆることを調査させておきます」
と、ローラが言った。
「ローラと結婚した男は絶対にへたな浮気はできないな……」
とジャンは思わず言った。ローラはにこりと笑みを深めただけだった。
「そうしたら、盛り上がってお食事が終わったとしましょう。その後はどうする?」
食後の珈琲を飲みながらエレーヌが言った。




