異変と火曜日
予約投稿せず失敗しました。くぅ…
火曜日終わりましたがそっとのせます。
使用人一同は持てる力を最大限に発揮しようとしていた。
一世一代の主人のプロポーズだ。
いやがおうにも盛り上がる。
「待って! だめっ、これは譲れないわ! 理想のプロポーズはやっぱりレストランよ」
「やめろ。衆人環視のもとで、今夜のような悲劇が起こったらどうするつもりだ。ヴァレリアン公爵がフォークを落としたなんて知れたら公爵家の名折れだ」
「分かりました。やはり……馬車の上ですね?」
「なぜそうなるんだローラ。君の趣味がちょっと変わっているのは前前から何となく気付いていたけど」「だって、馬を操る殿方の横顔って、なんとも言えない凜々しさと冷静さを感じさせてたまりませんもの。視線を合わさずに、何ともない様子で告白されたらもうノックアウト間違いなしですわ」
「あたし、シャルル様とレベッカ様には王道を歩いて欲しいわ……」
「俺もだ。というか、ローラは俺のことをそんな目で見ていたのか!?」
「いくら実家が早馬家業の資産家だとしても、それは自意識が過剰ですね。ジャンのことをそんなふうに見たことは天地と空海とこの世のあらゆる聖なる存在に誓って、一度たりともありませんわ」
「いや、冗談だし、分かってたけどさ……そこまで言わなくてよくないか!?」
やっぱり指輪はあちらの店がいい、いや、渡すシチュエーションを考えろだの、ジャンたちの声が楽しそうに交わされていた。
やはり若者はあれくらい元気のあるのがいい。
微笑みながら談話室から出たクレマンは、階段を上がって最上階の部屋へと向かった。
使用人たちの生活する棟は本館と隔てられており、厨房や裏庭に近いこちら側にはクレマンたちの私室がある。彼に『妻』がいたのはもう数十年も前の、たった七年のことだ。
だけど、クレマンはその七年をよく覚えている。
そして、彼女を愛するのにはあまりにも短かかったその短い年月が、現在の執事長クレマンの全てを作った。
クレマンは慣れた様子でそっと塵一つ無い階段を上がる。
灯りのともる一階と二階は見習いの使用人たちの部屋。
二階よりも暗い三階はエレーヌたち、古参の使用人たちの部屋。
遊びも先輩になった者たちは戻ってくるのが遅い。
そして四階は最上階で、新しい使用人たちに渡す用具のストックや書類置き場がある。
実質、使用人たちの事務的で細々したことはこの四階に集まっているので、ここは『事務室』と呼ばれてさえいた。
クレマンは一応私邸を持っているが、そこには今は娘一家が住んでいる。
ほとんど戻ることもないので、クレマンにとってはこのヴァレリアン公爵家が家のようなものだ。
クレマンが寝泊まりをする部屋はシャルルの部屋に近い小さな小部屋だ。
だが、レベッカが来た今となっては、それも潮時かもしれない。
そういえば、三階の空き部屋が一つ出たはずだとクレマンは思い至った。
先日、若い男の使用人が一人辞めたのだ。
マルーニ伯爵のつてでやってきた調子の良い若い男だったが、よりにもよってエレーヌを手籠めにしようとした。
クレマンは思い出し、ついフッと笑ってしまった。
「気持ちが悪いですよ、思い出し笑いなんて」
階段の上から声がした。クレマンは顔をあげる。
メイド長のクロエが目尻の皺をキッとつり上げるようにしてクレマンを睨んでいた。




