猫と犬と栗鼠
風の冷たい今日のような日は、窓も白くなって凍り付いたようだ。
由緒正しいヴァレリアン公爵家に仕えるのは、エリート中のエリート。
選ばれし執事とメイドたちであり、ここで働けるのは紳士淑女のステイタスでもある。
ひときわ優秀な貴族の子息、令嬢でしか、採用候補にものぼらない。
そんな狭き門をくぐって、現在の地位を得ている使用人たちの、緊張と疲れを一時癒やすのが、この談話室だ。外がいくら寒かろうとも、この部屋には小さなストウヴがあって、使用人たちはそこに身を寄せる。
美しい年頃の令嬢と、凜々しく純粋な子息たちは、軽妙でウィットにとんだ会話に花を咲かせている――はずだった。
ストウヴの薪がパチンとはぜる音。
何ともいえない沈黙。
その後に、ハァー……という息づかい。
諦めたような、怒りすら孕んでいるようなそのため息は、仲良く三つ重なっていた。
「ねぇ」
沈黙に切りこんだのは、メイドのエレーヌだ。
ストレートの深い焦げ茶色の髪はまっすぐで、彼女の気性そのもののようだ。
勝ち気でまっすぐな物言いをするが、情に厚い。
ヴァレリアン公爵夫人レベッカの身の回りの世話、主に服飾業務を担う彼女は、仲間の面々を見渡した。
レベッカの夫、ヴァレリアン公爵シャルル付きの執事、ジャン。
そして、レベッカ付きのメイド、ローラ。
彼らはほぼ同期で、数年来の付き合いだ。
だからこそ、何も言わずとも彼らは共感していた。
誰も口に出さずとも同じことを思っていた。
その証拠に、こんなに部屋は暖かいのに、一同は寒々しい表情をしていた。
もしくは、餌をなかなかもらえずに鳴く犬や、餌が足りずに不服を訴えてひっかく猫のような。
あるいは、冬眠間近なのに木の実のあつまらない栗鼠のような。
「いいかげんどうにかならないの!?」
見た目もどことなく猫のようなエレーヌが、ダンッとティーカップを台に置いた。
「もう限界よ」
「それはそうだ」
同意したのは、スリムな大型犬を彷彿とさせるジャン。
感情を表に出すことは少ない彼だが、今日はげっそりとしている。
「どうにかなるような人たちなら、今ごろ私たちは赤ん坊の産着縫ってますよ」
投げやりに言ったのはローラだ。やけ食いをした後の菓子の包み紙が散らばっている。
口の端に食べかすをつけているのは小動物のようだが、眼光は鋭い。
エレーヌが立ち上がった。
「どうしてシャルル様とレベッカ様は、まだくっつかないのよ!?」
「だからさっきも言ったじゃないですか」
ローラが顔くらいある特大のマカロンをバリッと囓る。
「5歳たす5歳は10歳にならないんですよ、エレーヌ。5歳のままです」
「いや、シャルル様は16歳くらいには成長なさっているかと思うんだが……」
というジャンに、エレーヌが反論する。
「甘いわ。私の見たところシャルル様はせいぜい7歳くらいよ」
「7歳……」
「レディの扱いに関してはせいぜいそのくらいね」
彼らの話題は保育学校についてではない。
自分たちの主人たちについてだ。
つまり、ヴァレリアン公爵シャルル実年齢25歳と、夫人レベッカ実年齢20歳について。
「ジャン、分かってる? シャルル様、あの顔のせいで母親以外の女性のエスコートをしたことがないのよ? 馬車から降りるレベッカ様の手を触るのに2ヶ月かかっているのよ。信じられる?」
エレーヌは憤慨していた。
「そうですね。初めてエスコートした日にはおっかなびっくりでしたね」
「たしかに俺も見ながら、こうするんですよっと手が出そうになるくらい遅かったが……だ、だが! シャルル様は優秀だ。精と卵が結合して子孫が増えるだとか、どうすれば子供ができるかとか、生物的な知識はちゃんとご存じだし」
「甘いわ。私が言っているのは生物の試験に関してではなくて、レディの扱い方の話よ」
「まあ、それは確かに……うん」
ジャンは降参した。
ローラがため息をついて言った。
「シトロン水をいつもレベッカ様がお飲みになるでしょう? この間、夕食のときの話をしましたっけ?」
「いいえ。なんとなく分かるけど、一応聴かせてローラ」
疲れた表情でエレーヌが言った。