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安と舟、寝ずの番をする

あれから、芳平の部屋の前の廊下で見張ること数刻。

夜もふけ、ヒョウヒョウと風がなる。

ガタガタと襖も揺れる。秋の寒々しい夜だった。

長い長い夜。


安は大きく欠伸をした。


それを舟が厳しくとがめる。


「お安。眠るんやない」

「はい。わかってます」


言われたそばから、安はうつらうつらとしていた。

きっと何も起こりはしない。

そう思っているのである。


舟が縫いかけの下着を出してきた。夫のものである。


「お安も手伝っておくれ」


眠い目を擦りながら、安も手伝った。

しかし、眠くてぷつり、と指を刺してしまう。


「奥様ァ。大丈夫でございますから、そろそろ眠りましょうよ」


返事がない。

見れば舟もうつらうつらしているではないか。

安はため息をついて、舟を揺さぶった。


「奥様、奥様?」

「眠ってなどおりません──目をつぶっていただけです」


舟が目をパチリと開け、口を尖らせて言う。

そうして二人、忍び笑いを漏らした。

もうすぐ三更(まよなか)が来るはずだ。


今の今まで変わったことは起きていない。

先ほどまで唸っていった風の音も、気づけばピタリと止んでいた。


平穏そのものである。


ならば、もう大丈夫なのではないか。

所詮は占い。棒の並びなど、所詮は偶然の出来事。どんな危険がどうして芳平に襲いかかろう。


「でも、そうね。そろそろ片付けいたしましょうか。それで、とりあえず三更の鐘を聞いてから、布団に入りましょう」


その言葉に安は喜んで、縫い掛けの芳平の衣を畳み始めた。

もっとも、眠すぎてひと針も進まず、ただ徒らに布に穴を開けていただけなのだったから、このまま裁縫を続けなくとも、何の問題も無かった。


ゴーン、ゴーン、ゴーン。


時を告げる鐘。三更だ。


二人はサッと芳平の眠る部屋を見た。襖は微動だにしない。


所詮は占い。そんなまやかし、誰も信じぬ。


「さあ、寝ることにいたしましょう」


舟が明るく言った時。


スッと開く襖の音。

顔を向ければ、出てくる白の寝巻きの男。


「芳平様!」


叫ぶ安と舟には目もくれず、一目散に走ってゆく。


「追いかけないと!」


安は驚いて腰を抜かす舟を引っ張り上げ、引きずるようにして庭へ降りた。

蝋燭をつかみ、見失わぬよう追いかける。


懸命に駆けるも、男の足に女の足は到底追いつかぬ。見えるはただ芳平の後ろ姿のみ。


門を飛び出し、通りを突っ切り、向かった先は──川。


安と舟がほうほうの体で道を渡る頃には芳平の姿は闇に溶けかけていた。

白い服であるのに、目を凝らしてやっと見えるか見えないかである。


無理もない。今宵は新月。


バタバタと音を立てて橋を渡っていたかと思うと、急に白い姿が消え、ドボン、と音がした。


何か大きなものが落ちた音である。


「何の音かしら……」


舟が安の裾をつかんだ。安の足も震える。


「あの人は川に……川に……本当に……」


二人して橋の欄干に駆け寄る。


安が欄干に手を置くと、掌に土がついた。

下はごうごうとさかまく水。

海に近い川で、ちょうど潮が満ちる時であったために、いつもにまして大きな渦を巻いている。


安に縋り付くようにして、舟が泣き叫び初めた。

それを聞いてか、寝ていたはずの近くの住民が起き出して様子を見にくる。


「どうしはったんや」

「何かあったンか」


泣いているのが舟だと分かると皆驚いて息をのんだ。


芳平(よしひら)の奥様ではありませんか」

「今は夜中やのに、どうしはった」


さあ、お立ちになって、と、どこぞの奥さんが肩を支える。


「ひとまず、家へ。お話はそれから聞かせてくださいな」


舟を何とかなだめすかして立ち上がらせ、もう一度夜の静寂が戻ろうとした時。


安がポツリ、とつぶやいた。


「……占いが、当たったんや」


不思議に夜の闇の中に響いた。

皆が安の方を見る。

今の騒ぎのせいで服の着崩れた商人の男も、その妻も。

どこかのいい家の小間使いも、揃いも揃って安の方を凝視した。


黙りこくった一同の間を先ほどまでピタリと止まっていたはずの風が吹き抜けていった。

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