芳平、不思議な占いを受ける
ところで安の奉公先、芳平は本名を茅渟芳平と言い、堺のある和泉国の代官であった。
税やら訴訟やら民の暮らしに直接関わる政を行っていたのだ。
銭を巻き上げ民を虐げ、いわゆる悪代官と成り果てる者もいる中、芳平は平々凡々との評判だった。
しかし、皆彼は心優しい者と知っていた。
一介の侍にできることは限られていようと、何か世のため人のために動こうとする人だった。
誰も見捨てることのできぬ男、それゆえ代官としてはパッとしない、そう皆思っていた。
安が銭の見せ物を見てから五日ほど経った日。
今日の芳平は休みの日であったが、茶屋へ繰り出し、人々の声を聞こうとしていた。
一人で行っても良かったのであるが、気分の乗っていた芳平は、安も共に茶屋へ連れてきた。
何かにつけて安によくしてくれるものである。
奉公中といえど、安も休みみたいなものだった。
どこの茶屋へ入ろうかと、芳平があたりを見渡している時のことだった。
普段市がたつ大鳥の社のあたりである。
そこに誰かがぶつかった。
ぶつかった男のきちんと結えられていない白髪が舞う。
体格の良い芳平に飛ばされて、尻餅をついたのは、有名な老人だった。
占いが上手で、いつも堺のあたりのいろんな社で占いをして回っている。
土田の介爺さんである。
手に持っていた占いに使う棒がバラバラと散らばった。
「これは、申し訳のうございます」
と、土田の介が膝をつきヘコヘコ謝る。
「良い。はよう、片付けなさい」
さっと手を伸ばし、棒を拾おうとした土田の介だったが、その手が止まる。
ぶつかった芳平の方へ顔を戻す。
固まった。
そのまま穴が開きそうなほど見つめる。
一、二、三。数秒の変な間があいた。
不思議に思った芳平が聞く。
「私が何か?」
「めっそうもございません。お侍さま」
言葉とは裏腹に、爺さんの声は震えていた。何かに驚きわなないている様子であった。
どうもおかしい。
「ありゃあ、土田の介爺さん、何か見つけはったのやろ」
通りすがりの一人が、ヒソヒソと横を歩いていた男に耳打ちをした。
瞬く間にできる野次馬。さざ波のようにその言葉は広がり、ついに芳平にも聞こえたらしい。
芳平は土田の介の真正面に立った。
大柄な芳平相手に、老人は後ずさる。
しかし、芳平は、穏やかに聞いた。
「お主はかの有名な占い師であろう」
「ヘェ、左様でございます」
「その棒がどのように散らばるかで、人の吉凶を占うだとか」
「へェ、左様でございます」
芳平はチラリと地べたに散らばる棒をみた。土田の介も同じように横目で見る。
「あるいは、人相をみて占うこともできるだとか」
「ヘェ、左様でございます」
芳平はツイと己の顔を指差した。土田の介もつられたようにその顔を見る。が、パッと下に顔を背けた。
芳平は穏やかな顔でもう一度聞いた。
「お主の顔を見るに、何か私に言いたいことがあるのではないか」
土田の介は、言い淀んでいた。
唇が真っ青である。
芳平は安心させるように少し微笑んだ。
周りのざわめきが大きくなり始めたときに、細いがはっきりと、しゃがれているが不思議と聞こえる声で言った。
「お侍様は、姿を消すことになるでしょう」
しばしの沈黙。芳平も野次馬も。
「何を。人は皆いずれ死んで姿を消す」
芳平は鼻で笑い飛ばそうとした。
「今年のうちに」
元来この土田の介、言葉を飾らぬ。
芳平は震える声で聞き返した。
「今何と?」
「今年のうちに」
「今年の何月だ?」
「今月のうちに」
「今月の何日だ」
「三日後」
芳平の首に青筋が浮き出る。
手を握りしめ震わせる。
温厚な男といえど、代官。それ相応の意地も矜恃もあるのである。
いきなり不幸を告げられれば、はらわたが煮え繰り返るのも道理だ。
辛うじて、再び笑い飛ばそうとしたが、相手は土田の介。
かの有名な翁である。それはそれはよく当たる。
「三日後のいつだ?」
「夜ふけ、つまりは三更に」
「阿呆なことを申すな!」
だん、と足を踏み鳴らして一歩、老人に詰め寄る。
そばにいた見物人が、口々に老人にそっと耳打ちをする。
「あんたァ、知らへんのか? あのお方は代官様や」
「何でもあの人のさじ加減で決めることができはるんや」
「せや、せや。あの人が一言いやァ、お前さんもここいらでの商売はできへんくなるでェ」
「何も、正直に言うこたァない」
「それに、あの刀が見えんのか。商売どこの話やないでェ。お前さんの命だってどうなるかっちゅう話や」
しかし、土田の介は首をふる。
「う、嘘は言えませぬ」
蚊の鳴くような声で、しかしはっきりと言い切ったのを見て。
芳平の手がかかるは刀の柄。腰を落として低く構え、切られる鯉口。
それを見てはざわめく野次馬。一触即発。
しかし、芳平はどうにかして怒りを抑えることができたようだった。
首をふって立ち上がり、刀も元どおりしっかりと収め直す。
「つまらぬことをしてしまった。許せ」
それを聞いた土田の介は深々と頭を下げた。芳平は頷くと足早にその場を離れた。安も急いで追いかけようとした時。
「この棒と人相は裏切りませぬ」
安は振り返った。土田の介が、地に手をつき、散らばった棒を凝視している。
「偶然のことなら尚のこと。それは天の定めなのじゃ。決して裏切りはしませぬ」
やっと、占い……! 占いの結果はいかに!?