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そして明らかになる真相

しかし、安が目を開けると、舟はがっしりした男らに引き揚げられているところだった。


香太と芳平だ。


自分も後ろから誰かに抱き留められている。段助だ。なぜ、と思ったが、気にせず段助を振り払う。


「お舟様! お舟様!」


安は、お舟に飛びついた。

しかしお舟は死んだように動かない。まるで安が呼んでいることにも気づかないようだ。


「お舟様?」


安はおそるおそる舟の顔を見た。舟の目には涙が光っていた。


「……芳平様! 本当に、本当に生きているの?」


そばにいた、薄汚れた服の芳平が頷くと同時に、お舟が泣き崩れた。それを芳平が黙ってさする。


「一緒に来てもらおうか」


どうやら、香太と芳平は同心も引き連れてきたようだった。


※※


悪事必ず明らかになるが世の理。狂い死にの芳平の一件も今、まさに明らかになりつつあった。

そうして分かる人の心。天の定め、比翼連理と言われた夫婦も所詮は義合。義理によって結びついた間なのである。


同心の詰所についてすぐ、芳平が一部始終を語りはじめた。そこには安と段助もいた。

大人たちは二人を外に出そうとしたが、安が外に出ないと言い張ったのだ。安が心配な段助ももちろん残った。


芳平は言った。


自分たち三人は昔から仲がよかったが、結婚の話が持ち上がったときに少しこじれた。

お舟は次第に自分との結婚に不満を持ち、幼なじみの香太に相談するようになった。

そうして香太とともに自分を殺そうとしたが、香太は自分を殺すのをやめさせたかった。

だから、二人で密かに会って、死んだふりをすることにした。偶然、占いがあったこともあって、決行したのだった。酒瓶に入っていたのは、本当にただの酒だ。


「だったら、川に飛び込んだって言うのは、やっぱり嘘だったんや」


安が呟いた。それに芳平が淀みなく答える。


「小銭を空中でつかんだふりをする奇術と同じカラクリや。あれは最初から器の中に小銭を入れてそれの音を立てるから、たくさんあるように見えるんや。それとおんなじで、自分の代わりに重い石を投げ込んだんや。」

「でも、白い服が消えたのは……」


 安が口を挟む。


「中に黒の着物を仕込んで、白い衣を脱げば、闇に紛れられる」

「確かに、白い衣しか、あの日は見えなかった。それに、いつも白の小袖で寝るわけやない」


 芳平は淡々と続けた。


「これは、誰かが追いかけてこないと成り立たない。だから、見張りを立てるように言ったんや」

「じゃあ幽霊は。芳平様は生きてたってことは、私があったのは、ホンマに芳平様?」

「香太の前の家の近くに隠れ住んどった。かまどの下に隠れ通路を作ってな。ほとんど外には出なかったが、舟の結婚式や、外の空気を吸いたくなった時は外に出とった。まさか、安に二回も会うとは思って無かったが」


それを聞いて香太が首をふった。


「でも、お前はあんなところにこもっとらんで、外に出た方がええ。そうやないと、気も滅入ってまう」


芳平は頷くと、あらかた話し終えたのかお舟の方に向き直った。厳しい隠れ生活で、髪は乱れ、いささかやつれた様子だったが、努めて優しい調子で言った。


「普段、お舟にきつく当たろうが、親の言いなりになろうが、でも、お舟が好きや。やけど、お舟が無理をして自分と一緒にいるくらいなら、香太と結婚してくれればと思ったんや。お前が幸せな方が俺は嬉しい」


そう言って、芳平は香太の方を見た。


「香太はいい奴だ。だから、わがままで、でも親を優先させてしまう俺よりもずっといいだろうと思った」


お舟は硬い表情で首を縦に動かした。それを聞いた香太が口を開く。

いつもと同じように穏やかな声だった。

この場に不似合いなほど。


「そんなことねぇ。俺はお前にとって変わりたいなんて思っていなかった。このことは俺がやりたいと言い出したんやない」

「分かってる。でも、香太、お前だって舟を好いていただろう。舟とよく会っていて、舟の不満をよく教えてくれた。舟は私によりもずっと心を開いていたはずだ」

「そうよ、香太様、あなたは私の相談に何度も乗ったじゃない。芳平様がいない時を狙って家にきた! 芳平様への悪口を言うといつも慰めて来たじゃない。言い逃れをしようだなんて」


二人からの悲痛な訴えにもかかわらず、香太は冷静な声で言った。


「だけど、最初に持ちかけたのも、最後に手を下したのも、舟、お前だ。それは事実だろう」


香太はそう言って嘲笑を浮かべた。


「そのくせ、芳平を殺したことを後悔していた! 思い出したくないと言って何もかも捨てたのも、見たら情が湧いてくるからだろう!」

「分からないわ!」


お舟は耐えきれないと言った調子で叫んだ。


「芳平様が好きなのかどうかも! 嫌いなのかどうかも!」


お舟は座敷に手をついて芳平のほうに近寄ろうとした。前屈みになった舟のたもとから、櫛が落ちた。あの、芳平が送った紅から白になる櫛だ。

震える手でお舟はそれをつかむ。


「はっきりと分かれていれば良いのに。表か裏かのようにくっきりと分かれれば良いのに。そうすれば、私の心はもっとわかりやすいものだったはずよ」


お舟は櫛を見つめながら言った。


「あなたが、酷い人ならよかった。でも、あなたが私に尽くしてくれたことも知っているのよ。それにそれが嬉しかった。だからどうすればいいのか分からないのよ……」


お舟は大声で泣き出した。それを芳平が手を伸ばして慰める。

それまで三人の供述を書き留めていた同心が遂に手を止めて言った。


「もう良い。大体わかった。女はここに残れ。主犯として処理をするゆえ、もう少し落ち着いてから話を聞こう。菟原香太と茅渟芳平、お主らについては追って沙汰をする」


※※


同心の詰所を出たところで、安は立ち止まった。段助がそれを伺う。ぽつり、と安は呟いた。


「舟様たち、これからどうなるんやろう。同心につかまって、これからどうなるんや。それに……私はこれからどこにいけば―――」

「安」


隣にいた段助が安を引き寄せた。そのまま、正面から抱きしめる。お舟に抱きしめられた時のことを思い出して、安は段助の肩に顔を埋めた。もう、あの舟に抱かれることはないのかもしれない。

段助がささやく。


「さっき、橋で俺は……怖かった」


段助の声は震えていて、弱々しかった。


「安が一緒に落ちちゃうんやないかって。もう、安に会えないかもしれないって思った時、もうどうしようもないくらい、悲しかった」


段助はさらにきつく安を抱きしめた。だんだんと涙声になった。


「俺、安のことが好きや。だから、芳平様と香太様が間に合って、安も落ちなくて、ホンマによかった」


安は段助を抱きしめ返した。段助の暖かさがじんわりと伝わってきて、さっきの詰所で冷え切った安の心を溶かしていくようだった。

段助が鼻をすすりながらささやく。


「安、しばらく俺の部屋に来い。やから、いくところがあるやろ、な」


 段助にしがみついて安は夢中で頷いた。そうだ、舟たちがいなくなったとしても、段助がいる。


「段助、ありがとう」


 しばらく抱きしめ合っていた二人だったが、安は落ち着いたのかモゾモゾし始めた。


「段助……痛い」


 言われてパッと手を離した段助だった。ちょっとバツが悪そうに離れて立つ。


「いくらなんでも加減ってもんがあるやろ」

「うるさい。安だって結構強く抱きしめとった」


段助もいつもの調子を取り戻して、小言を言い返す。

安はさっき不思議に思ったことを口にした。


「で、なんで、あんたはここにおるんや」


 芳平と香太がいるのは分かる。でも、段助は家族でもない。あの場になぜいたのだろう。確かに、段助がいてくれたのはよかった。今、安はこうして落ち着くことができたのだから、結果としていてくれて嬉しかったのだけれど。


「香太様が呼びに来たからや」

「どうゆうことや」

「芳平様の死の真相が分かったから、それを明かにするって。でも、安はきっと悲しむから段助はついててやってくれって言われて」


 そこで、同心の詰所の扉があいて、香太が出てきた。


「ああ、安、芳平と舟はちょっとまだ同心につかまっとるから、無理やけど、俺とだけでも、別れの挨拶しとこうや」


香太は安の頭を撫でた。安は少し後ずさった。香太のことは好きだったはずだが、さっきの詰所での話を聞いた後では、前のようにその手の暖かさを信じることはできないように思ったのだ。香太は寂しそうな顔をした。


「安、元気でな。段助と仲良くやるんや」


 安は頷いた。横から段助が口を挟む。


「香太様はこれからどうなるんや」

「俺の仕事はもうなくなるんやろな。これからは浪人でもするしかねぇ。芳平だってこれだけお奉行を騒がせたんだ。職を失ってもおかしくねぇ」


少し、あっけらかんと言った香太に段助が眉を潜めた。見ようによっては香太が笑って見えたのだ。段助が責めるように言う。


「香太様、どうして笑ってるんや。お舟様ともう一緒にはおれんのやで」

「そんな、笑ってなんかない」


香太は、顔を変えずに言った。安も隣で言う。


「そうやで。どっちかいえば香太様は巻き込まれた側や。そんな笑うわけないやろ」

「そうやな、俺の見間違いやな」


段助が、安の背中を押した。事件が起きたのは夜中であったが、今はもう朝である。二人は連れ立って歩いていった。香太はその背中を見送っていた、とそこで、何やら二人が話したかと思うと、段助だけが戻ってきた。安はもう少し行った先で待っている。


段助が香太の前に立つと聞いた。


「俺には、やっぱり分からないことがあるんや」

「何が?」


香太は穏やかに言った。段助は続ける。


「香太様は、俺たちに小銭のカラクリを見せた。しかも、種明かしまでした。そんなことしたら、遅かれ早かれ、俺たちは芳平様の死の真相を疑ったと思う。だって死体が上がってない。本当は、芳平の死の真相をずっと隠し通すつもりはなかったんやろ」

「そうや。悪いことは暴かれるはずやから」


しかし段助は首をふった。


「やったら、お舟様を説得して同心に連れて行けばいいはずや。お舟様は殺したことを後悔してはったから、説得すれば同心に会いに行ったはずや。でも、そうしなかったのは、安とか俺に同心に訴えさせて、舟様を追い詰めたかったんやないか?」


香太は今度こそ本当に笑い出した。


「まさかそんな。俺はそこまで頭が回らん」

「それにさっき、香太様はお舟様を庇わなかった。それどころか、お舟様が悪いって言ってた」

「だから?」

「ホンマにお舟様が好きなんか? むしろ、嫌っているんやないか」


香太は今度こそ嬉しそうになった。まるで、分かってもらえたことを喜んでいるようだ。


「段助、お前は安より人の心がよく分かるんやな。せや。もしも水に飛び込むんなら芳平やろうな。舟が浮舟だなど、勘違いも甚だしい」


香太はしっかりと段助の目を見て言った。


「俺はもう、好きな奴の好い人を大切にする必要もないんや。芳平があんな女にたぶらかされることももうないんや」


まるで、幸せ者だとでも言いたげな香太を、段助は睨んだ。安に聞こえないように、抑えた声で、けれど怒った声で言う。


「だからって、安を巻き込むな。安は、安はあんたたちを親みたいに思っとったんや。安は悲しがってる」


段助は言い捨てて安の方に向かって歩き始めた。が、思い直したように振り返った。ためらってから言った。


「でも、誰も死なんですんだのは、あんたがちゃんと橋に間に合ったからや。安が、今泣き止んだのもあんたが俺を呼んでくれたからや」


香太はそれを聞いて、寂しそうに笑った。


「安はきっと大丈夫や。お前がいるから」

次で終わりです!

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