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香太、からくりを披露し、安の気を紛らわす

二回目の幽霊事件から数日。安と段助は香太に連れられて、大鳥の社にきていた。

今日も市が立つ日で、食べ物だけではなく、かんざしやら櫛やら何でも売っていた。

しかし、今日の目当てはそれではない。曲芸の方である。今、目の前ではコマ回しの曲芸がされている。


コマを指の上で回したり、綱の上で回したり。果てには、板の上にコマをおいて、コマを触らずに回し始めた。しかも、上に二、三乗せて、そのうちの一個だけを回すなど、細かな芸である。無論、観客は拍手喝采である。


 安も段助も大喜びだった。お前も家に来い、と香太が段助を誘い、居間で香太も含めて三人で団子を頬張っている時も興奮は覚めていなかった。


「何でェ、触らんとコマを回せるんやろな。ただの薄っぺらい板の上にコマ並べてるだけやのに、沢山ある中から、一個だけ回せるなんて」

「何で何やろなぁ。でも、あの板にもコマにも何も仕掛けはなかったやろ」

「糸で遠くから引っ張ってたとか」

「でも、何も糸なんて見えんかった。俺、目ェには自信あるで」

「じゃあ、あの板にカラクリがあったんや」

「あんな薄っぺらい板にか?」


 それを聞いて香太がくつくつと笑い始めた。


「香太様、何がおかしいんや」


安がとがめるように香太の袖を引いた。香太は笑いながら首を振っていたが、安の袖の引っ張りに耐えられなくなったのか、口を割った。


「あの板やない」


 じゃあ何だ、と目を輝かせる安と段助。香太は咳払いをした。


「曲芸のおじさんの手ェが震えとったの、覚えてるか? ありゃ、あの曲芸のおじさんが、板を上手いこと震わせてコマを一個だけ回しとったんや」

「確かに、おっちゃん、板が重くて手ェが震えるって言うとった」


段助が驚きの声をあげた。安に向かって言う。


「安、練習しようや。それと、また今度あのおっちゃんが来る時、もっと近くでみようや。聞いてみたらやり方、教えてくれるやろか」

「そんな商売道具を教えるわけないやろ」

「でも、一回聞いてみるくらいはええやろ?」


 安は頷いた。が、ふと、香太がなぜ、板を震わせて回していたのがわかったのかが気になった。


「何で分かったん?」

「昔、ああ言う曲芸をやろう思った時があったんや。そんで、いろいろ勉強したんや。俺ン家は貧乏やったからな。ああ言うのやったら稼げるんやないか思ったんや。まあ、親には武士のする事やないって怒られたけど」

「確かに、ああ言うの、楽しいだろなぁ。私もたまに、やってみたいって思う」


 それを聞いた香太は、目を細めて安を見た。少し羨ましそうな顔でもあった一方で、少し妬ましそうにも見えた。


「ンなら、俺の得意技見せたるわ。前々から見せたいと思ってたんや」


香太は少し席を立つと、湯飲みを持ってきた。安も見たことのある湯飲みである。


香太は、その湯飲みを二人の目の前に掲げて見せた。湯飲みの側面の柄だけでなく、裏側まで見えそうである。それ以上掲げられたら、安がその湯飲みをあらうときに少し手を抜いたことがバレてしまいそうだ。


「安に段助。この湯飲みはただの湯飲みや」


二人は頷いた。香太はそのまま手を宙に伸ばした。宙をつかむ。湯飲みの中に手を入れる。

チャリーン。

「私、それ、見たことある! 何もないとこから銭が出てくるやつや!」


 香太はそれに構わず、宙をつかんではチャリンを繰り返した。その数五、六回。


「な、な、香太様。その中見せてや」

「俺も見る」


段助と安は、飛びつくようにして湯飲みの中をみた。しかし、中に入っていたのは硬貨が一枚。


「何でや。他の銭は消えちゃったんか」


不満そうな安に、香太は笑った。


「じゃあ、安と段助は、何で銭が入ってるって思った?」

「だって、チャリンって言うてた」


段助が不満そうに言う。


「チャリンって言うたら、それは金の音や」


しかし、香太は首をふる。


「でも、ここに金はないで」


だったら何でや、と安は考えた。あんなに音はしてるのに、銭はないなんて。隣を見ると段助も考えているようである。

段助と音。


そういえば最近もこの組み合わせを聞いた。

そうだ、段助が師匠のものを割ったんじゃないかと怒られた話だ。実際に割ったところを見てないのに。


「―――音は聞いたけど、金がちゃんと湯飲みの中に入ったところは見てない」


安は呟いた。香太が片眉をあげて続きを促す。安は考えながら続けた。


「せやから、さっきからチャリンチャリン言うてたのは、その一枚だけの銭の音や。手を入れた時に、一緒に湯飲みを揺らしとたんや」

「でも、この銭はどこから来たんや」


段助が口を挟む。

安は思い返す。確か、さっきの自分は、湯飲みを少し見上げていたはずだ。

香太は湯飲みを掲げていた。ちょっと汚れた底が見えそうだった。だから。


「―――最初、私たちは、湯飲みの中までは見んかったやろ。最初に何も入ってなかったかは分からんて」


よくよく思い返せば、あの曲芸師の茶釜も、上へ掲げられて中までは見えていなかった。

香太は手を叩くと、安の頭を撫でた。


「よう分かったなぁ。さすがや」

「段助も、褒めてくれてええんやで」


安は鼻高々で、段助に言った。しかし段助はしかめつらである。香太は二人に言い聞かせた。


「ええか、大体こういう曲芸やらカラクリも何か裏があるんや。何事にも、仕掛けがな」


しかし、不満な段助はごねる。


「だって、安は見るの二回目なんやろ。何回も見たんならそりゃ、安のが有利や」

「あん時は、そんなん気づかんかったし。大体、段助にだって、こんなことがあったって教えたやろ。芳平様と別れた後に」


芳平、の言葉を聞いて、段助は団子を頬張ろうと伸ばした手を止めた。何やら、気になることがあるようだった。


「芳平様……。芳平様の幽霊ははっきり見えたなぁ。ただの風の音とかそんなんやなかった」


段助の言葉に安も同意する。


「確かに、私が初めて幽霊見たときも、風の音やと思ったら、本当に歩いてた。カランコロンって音だけやなくて」


安と段助は顔を見合わせた。小銭が現れるのにはカラクリがあった。まじないのなせる技だと思っていたのに。

それなら、幽霊が見えるのにも何か仕組みがあるのだろうか。


「何事にも、全部カラクリがあるとしたら」

「死んだはずの芳平が見えたのにも何かカラクリがあるんやろ」


安と段助は首をひねった。考えながら安が言う。


「誰かが芳平様のフリをした、とか」

「それはありそうやな。でも、背ェの高さとか、格好とかはどうするんや。芳平様、結構がっしりしてたで」

「段助ェ、衣ん中に何かを着込めば体格なんて、何とでもなるで。お芝居でも、よくやっとる」

「でも、声はどうするんや。芳平様の声を真似るのなんて、そんな簡単なことやろか」


万事休すだ。二人の頭では到底真相にたどり着きそうもない。


二人は、助けを求めるように香太を見た。しかし、香太は困ったように頭をかくばかり。


「確かに、幽霊なんかを見せるようなカラクリはあるけど、でも、本物の人みたいで、しかも話をするような幽霊を見せるやり方なんて、俺は知らんなぁ」


安と段助はガックリうなだれた。やはり、芳平の幽霊は幻だったのだろうか。それともどんなカラクリがあるんだろうか。


何はともあれ、安と段助の興味は幽霊のことでいっぱいになった。

ああでもない、こうでもない、と言い合っている。


それにしても、安の気をはらす、つまり、安に芳平と舟のことで悩むのをやめさせようと言う、香太の考えは成功したのであった。

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