騒ぎの後で
気づくと安は屋敷の奥まったところに寝ていた。傍で安の様子を見ていたらしい、お手伝いが面へ出て人を呼びに行った。
安は耳を澄ました。先ほどまでの喧騒は消えており、どうやらとうに結婚式は終わったようだった。もしかすると丸一日寝込んでしまっていたのかもしれなかった。
音もなく襖が開き、普段の衣に戻ったお舟が布団の傍に膝をついた。その後ろに香太も見える。
「安、どうしたの。様子を見に行ったら、急に気を失って倒れていたのよ」
「芳平……芳平様が、いらっしゃったのです」
「何を言っているの」
お舟は、懐から手拭いをとり、安の額に当てた。汗を拭ってくれたのだ。それを振り払うように、安は頭を振ると、もう一度言った。
「芳平様を、死んだはずの芳平様を見たのです」
「あの人が現れるなんて。そんなこと」
お舟はふるえた声で、しかしはっきりと否定した。
「でも、私は本当に見たんです」
安は半狂乱になった。
「井戸のそばで。下駄の音を響かせて、カランコロンって」
「お安。あの日はきっと疲れていたのよ。慣れぬことをさせてしまったのだから」
お舟がそっと安の頭を撫でた。
気遣いを忘れない、才色兼備の美人お舟。そして自分の大好きな親代わり。彼女を疑うなんてどうかしている。
「何かこの世に恨みでもない限り現れませんわ。芳平様がお亡くなりになったのは、気が触れたから。そう言うことだとお奉行は言ったじゃありませんか」
お舟は笑い飛ばすように言った。が、そう言いながらもお舟も何かを恐れている様だった。きっと、香太に嫁いだことが気がかりなのだろう。
「でも、本当にいたんや」
安は呟く。
そんな安を慰めるように香太が言う。
「あんなぁ、芝居やら何やらは幽霊が大好きだけど、ホンマは、世の中のまじないとか、幽霊には何でもカラクリがあるもんなんや。そんな幽霊なんておるわけがない」
「でも……」
舟が代わりに、優しく聞いた。あるいは自分を落ち着かせるためかもしれない。
「では、仮にいたのだとして、あの人は……。何か言っていましたか」
安は頭を振った。
「何も」
「何か変わった行いは?」
「いいえ。私が見たときは表の方を見てはったことくらいしか」
それを聞いた横から香太が口を挟んだ。
「仮にいたとしても、きっと、無事にお舟が新しい人を見つけられたのか知りたかっただけやないのか? 近頃の流行の怪談を知らんか? 婚儀に現れた幽霊は、ただ元の妻が新しい夫に嫁ぐ様子を見届けたかっただけやっちゅう話や」
「でも―――」
「な、そんな怖がらんでもええ。しっかり休むんや」
香太はそんな安の顔を見つめて、落ち着かせるようににっこり笑った。お舟と香太、二人に見つめられて安はがくがくと頷くしかなかった。




