知られちゃ困るはかりごと
時は今より昔のこと。江戸で徳川の将軍が世を治める時代である。
戦乱の末の平和。町は栄え、人も豊かに暮らすこと津々浦々。無論、大坂も例にもれない。
道を見れば、たいそう艶やかな着物の娘が道をゆき、朗らかに笑う。その隣には二本差しの侍。その刀は腰に挿されるも抜かれることはなく、鞘のみが光る。
かつてのような世の荒みを心配する者はない。
しかし、万事が黒か白かの二つでない、これが世の常。忘れてはならない。太平の裏でも、事が起こるのである。
※※
白の小袖の男が一人、寝具を引きかぶって寝ようとする真っ暗な夜。
手に持ったろうそくをフゥッと消そうとした時、音もなく襖がひらいた。
驚いた白小袖の男は灯火を襖の方へ向けた。何かが光る。さらに火を近づければ、鈍く光る黒い目が浮かび上がった。
「ああ、あんたか」
白小袖の男は安心したようで、火に浮かび上がった男を手招きした。
こちらの男は灰の着物の着流しに、黒の羽織り。闇に溶けるような格好である。
男は滑り入り、そのまま白小袖に近づいて耳打ちをした。
「なんだと?」
耳打ちされた白小袖がギョロリとした目を開く。
顔色が驚き、ついで不安へと変わった。
慌てたように襖から顔を突き出して辺りを伺った後、硬く襖をしめた。
無論、この二人の男の密会に気付く者は誰もいない。
ここは屋敷の一番奥まったところであり、皆、寝静まっている。
しかし、二人は声を高くすることはなかった。膝と頭を付き合わせてヒソヒソと話合いを始めた。
誰にも知られてはならぬのが、はかりごと。用心を重ねに重ねる、それが道理。
しばらくして訪ねてきた黒衣の方が立ち上がった。それを見上げるギョロ目の白小袖が口を開く。
「酒の色なら、ものによって違んやから、多少色が違っても問題ないやろ」
黒い方も口を歪ませた。カッカッと乾いた笑いが忍び漏れる。
「その通りや。中身が何かなど、誰にも分からへん」
「で、夜に川へ」
「そう、落ちる」
「誰か追いかけてくると思うか?」
「大丈夫やろ」
「そンなら、明日の深夜三更に」
「ああ––––苦労かけてるが、頼むぜ」
そう言って黒衣の男は襖を開けて消え去り、一方の白小袖の男は何事もなかったように、寝具に身を入れ、今度こそフウッと明かりを消した。
真っ暗な闇。
深夜の大坂、こうして事は起こってゆく。
実は、はじめての投稿です!緊張してます。