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マドンナ

作者: 村岡みのり
掲載日:2023/01/14

 本は紙に限る。

 もちろん新品も好きだが、古く日焼けした本も良い。なにしろその本の生きた年月が匂いや色となり、反映されているのだから。

 一枚一枚めくり、次にどのような展開がまっているのかを考えながら読むことが好きだ。

 そんな私がふらりと立ち寄った古本屋。私には行き慣れた店だが、店主と挨拶以外の会話を交わしたことはない。古本屋を経営しているくらいだ。本好きに違いないとは思うが、私が望んでいるのは新たな作品との出会い。店主との会話ではない。おそらくだが、店主も私と似た思考かと思われる。なにしろ他の客とも、会話を交わしている場面を見たことがないから。

 いや、私以外の客もまた静かに棚を眺め、本を手に取り戻したり、会計に向かったりと無口な者が多い。

 もちろん古本屋なので、売りに来る者もいる。そういった者の中に、故人は本好きだったが自分は興味がないので、どうせ処分をするのなら、金にしたいと目論む者がいる。そういった者たちは、金額に驚いたり落胆したり、騒がしいものだ。


 さて、今日の私はどのような気分だろう。日本人作家か、それとも外国人作家か。背表紙のタイトルを眺め、気になった書を手に取る。

 あらすじが書かれてあれば、目を通す。書いてなければ出だしをざっと読み、面白そうか判断をする。どうせ金を出すのなら、面白い本と出会いたい。

 今日の私は許されない恋愛を描いた作品に惹かれた。現実の恋愛には興味はないが、作品として登場人物の気持ちに寄り添うことはできる。


「ありがとうございました」


 店主に代金を払い、本を抱え自宅に戻る。

 マグカップに茶を入れると、壁に背中を当て、買ったばかりの本に目を落とす。

 なに、時間はたっぷりある。私には本という友人がいるため、人の友人を必要としていない。だから本と向かい合う時間は人より多い。しかし昔からそのことに家族は良い顔をしない。だから私は実家を出て、一人暮らしを選んだ。これなら誰からも、なにも言われない。

 こうして休日、好きなだけ自由に本の世界に浸れることの、なんと至福よ。本の文章を目で追い、すくい上げ、脳内で世界を描く。この時間が永遠に続けば良いのに……。


「おや」


 すっかりマグカップの茶が冷めた頃、開いたページに紙が挟まれていた。

 展開としても区切りが良い所だったので、冷めた茶を飲みながら紙を手に取る。裏返してみれば紙ではなく、写真だった。本そのものはそこまで古くはないが、本とは違い見るからに年季の入った白黒写真だった。以前の持ち主の物だろうか。

 それにしても、奇妙な写真だ。着物姿の女性、その後ろ姿だけなのだから。背景はなにもない。ただ女性だけが写っている。白黒写真の時代に、このような後ろ姿だけを撮影するとは裕福な家の者だったのかと、想像を膨らませる。

 そのように考え出すと、一体この着物は何色なのか。結い上げた髪に刺されたかんざしも、どのような色なのか。着物に散っている花もそうだ。全て白黒で写されているから、色が分からないので気になってきた。そして……。


「……美しいうなじだ」


 自分の発した言葉に驚いた。

 これまで本にしか興味のなかった私が、被写体とはいえ、女性に対し美しいと口にするとは。驚き、己の口に手を当てる。


 その瞬間、手から写真が床に舞うように落ちた。

 そうだ、被写体が後ろ姿だけなのが興味を持たせるのだろう。最初から正面を向いていたら、その顔を見られ、古い写真だと思うだけで終わっていたはず。

 だがこの写真は表情も顔も分からない。色も分からない。分かるのは女性で、黒髪の持ち主ということだけ。手は正面で組まれているのか、見えない。なにか鞄でも持っているのかもしれない。いや、巾着かもしれない。

 そう考えると、これは本当に着物だろうかと、改めて写真を手に取りながら考える。浴衣の可能性も捨てきれない。私は本が好きで知識として着物と浴衣があることは分かるが、こうやって白黒写真で両者を差別化するほど知識はない。

 もし浴衣だとすれば、うちわを持っているかもしれない。いや、柄は花だ。だが柄で季節が絞れるのだろうか。妹が夏祭りに行くからと着ていた浴衣、あれは花柄だった気がする。

 結われた髪を下ろした時、どれほどの長さがあるのか。前髪は?


 なんということだ……。これまで色恋に無縁で、友も作らず本という想像の世界だけで人生を楽しんでいたこの私が、こんな写真一枚に翻弄(ほんろう)されるとは。これはまったく私ではない。私らしくないではないか。

 それでも日が暮れ、部屋が薄暗くなるまで私は写真を見つめ続けた。

 朝になり会社へ向かう。だが今日は読みかけの本に例の写真を挟んでいる。移動中本を開いても、写真が気になって仕方がない。

 最後のページに挟んでいるので、たまに開き眺める。


「……美しい」


 自然と漏れた声は、電車が遮断機を通過したタイミングだったので、周りには聞こえなかっただろう。


 職場は静かに黙々と働く、運送会社のセンター勤務。ただの荷物運びだ。だが私のように友を必要とせず、必要以上の会話すら不要な人間にとって、最適な職場である。しかし今日の私はロッカーに置いてきた彼女が気になり、午前中だけでもミスを連続させた。幸い同僚がミスに気がついてくれ惨事とはならなかったが、体調を心配された。

 私が……。誰とも接触しようとしなかった私が、写真の女性を気にしていると知れば、彼らはどう思うだろうか。笑われるだろうか。どちらにしろ、変人という見方に変わりはないだろうが。

 休憩時間、急いでパンを飲みこむように食べると、本を開く。もちろん目で追うのは文章ではなく、写真だ。だがこの食堂にいる全員が、いつものように私は一人、読書を楽しんでいると思っているだろう。下手に人付き合いをしており、写真に見惚れている姿をからかわれないので、日々の己に感謝する。


 しかしこの写真は、なんともどかしいものか。比較になる対象物がないので、身長も分からない。

 彼女は香り袋を忍ばせているのだろうか。もし忍ばせていたら、どのような香りなのだろう。

 本を読むよりも、もっと多くの想像が膨らむ。

 知りたい。彼女について知りたい。だが名前も分からない。古本屋の店主に尋ねた所で例え分かったとしても、今の時代、売り主の個人情報を教えてくれないだろう。

 知れないからこそ知りたい。その欲は、日に日に膨らむ一方。

 認めよう。私はこの写真の彼女に、恋をしたのだ。四六時中気になりため息を吐き、会えない辛さに苦しみもだえ、それでも焦がれるこの気持ちを恋と呼ばず、なんと呼ぶ。

 一生己には無縁と思われていた恋心。それも写真に写る女性。その写真も一枚だけ。どこの誰なのか謎。生死すら謎。なにもかも不明だ。

 気がつけば本と向き合う時間が、彼女と向き合う時間に変わっていた。本への興味は、すっかり冷めていた。


 報われない恋であることは承知だ。だがすでに私には、彼女のいない日々は考えられないものとなっていた。

 そんな愚かな恋に溺れる男を哀れに思った神が、奇跡を起こしたのだろうか。

 私のマドンナが写真の中で変化し、わずかばかり顔をこちらに向けたのだ! 写真が自然に変化することはあり得ない! 科学的に証明できる現象ではない。しかしそんなことは関係なく、私は喜んだ。わずかでもマドンナの新たな一面を知ることができたのだから。

 神だけではない。きっとマドンナも、私の思いに応えてくれたに違いない。二人の互いを思う気持ちが奇跡を起こしたのだ!


 私はよりマドンナとの時間を大切にするようになった。

 写真はこれだけしかない。熱を感じ、万が一にでも破損させてはならないので、恐ろしくてラミネート加工に手を出せない。だからマドンナをスマホで撮り、それを印刷し複製しようとした。

 新たな奇跡が起きたのは、その時だ。

 複製した……。撮ったスマホで一旦画像を確認すると、背景の一部が現れていた。


「松の木……」


 その形から、すぐに見当がついた。だが日本人にとってありふれており、マドンナがどこで撮影されたのか分からない。それも左上のごく一部。まだ足りない。

 夢中でスマホを鳴らし続けた。もしかしたら、また新たな背景が現れるかもしれないと信じて。

 しかし奇跡は滅多に起きないからこそ、奇跡。その日は充電が切れるまで複製を続けたが、結局最初の一度しか奇跡は起きなかった。


 スマホだけでは充電している間、満足に複製ができないことに気がついた私は、滅多に足を向けない家電製品店へ行き、デジカメ、ポラロイドタイプのカメラを購入した。それだけでは足りず、カメラも購入する。一日中マドンナを撮影し、また動くその瞬間を撮ろうという計画である。

 しかし原本である写真だけを家に置いて出かけることは、無理だった。もし私が不在の間、近所で火事が発生し飛び火したらどうする。いくら複製を作っても、マドンナはこの原本が一番美しい。この写真が、私の命を賭けても守るべき存在となっていた。


 幸いにして私は本以外興味がなかったので、これまで自発的に有給を利用することがなく、上司に言われ、やっと利用する人間だった。

 だから私が朝電話で、体調が悪いのでしばらく休みたいと言えば驚かれた。そういえば私は、ほぼ病気とも無縁だった。正確には、休むほど体調を崩すことが少ない。そんな私が体調不良で休むと言うのだから、上司が驚くのも仕方のない話であろう。だがこれで、一日中マドンナと過ごせると浮かれた。

 マドンナの写真以外なにも置かれていない、折りたたみ式の机。写真立てに収まったマドンナを、カメラで撮影する。トイレなど用を足す時以外は、私もカメラと一緒にマドンナを見つめる。


 どうすれば奇跡はまた起きるのだろう。

 撮影したポラロイドの写真を一枚、また一枚と重ね、祈る。奇跡よ、起これと。

 願っても叶わないのは、マドンナを知りたい思いが足りないからだろうか。私はこんなにも彼女を知りたいと思い、できることなら写真の世界に飛びこみ、彼女に声をかけたいほど、愛しているのに。これ以上狂うほど思わなければ叶わないのか。

 もどかしい。なぜ彼女は写真の中でしか存在しないのか。どうしてこの手で触れることができないのか。見えない口から発せられる声は、小鳥のように可憐なのだろうか。知りたいことが溢れて止まらない。


 一度有給を利用して休むと、歯止めが効かなくなった。ついには最近、当日になって急に休みすぎだが、なにか理由があるのかと質問をされてしまった。

 なんと煩わしい質問か。私はマドンナとの逢瀬を楽しんでいるだけだ。だがそれを伝える訳にはならない。マドンナの美しさは、私だけのものなのだから。下手に伝え興味を持たれ、見せてくれとせがまれ他人の視線をマドンナが受け止めることを、私は許さない。きっとマドンナもそれを嫌がるだろう。


 幾日も重ね、ようやく背景はどこかの庭園のようだと分かった。ここまで長かった。しかしなぜ背景は、複製にしか映らないのだろう。しかもパズルのように、複数を組み合わせることで分かる。だが半分こちらに顔を向けているマドンナにとって、相応しい背景だ。


「横顔まできた……」


 ついに横顔までマドンナは見せてくれるようになってくれた。しかし恥じらっているのか、目線をこちらから逸らし俯き加減で、それがよりマドンナの美しさを際立たせていた。

 この調子だと、いつかマドンナは正面から私に向かって微笑んだその顔を、見せてくれるに違いない。


 あれだけ残っていたはずの有給がみるみる減り、ついには使い切ってしまった。それでも欠勤扱いになっても、マドンナと過ごす時間を優先した。頻繁に休み、さらには勤めていることさえ失念し、休む連絡を入れず会社からの電話も無視をした。待っていたのは、当然解雇である。だがそれで後悔はなかった。

 幸い蓄えはある。使い道がなかった金だ。それを使い、マドンナと何にも縛られない二人きりの生活を送る。至福だった。


 ところがマドンナは全貌を見せてくれるまで、金のかかる女性と化した。奇跡が起きる回数が減ったのだ。諦めきれず使っていたカメラたちを売り、また新たに買い直し奇跡が起きなくなると繰り返し……。貯蓄はあっという間に減った。

 それでも電源が切れると複製できず、困る。電気代だけは死守しなくてはならない。全てマドンナの全貌を知るためだ。カメラたちは、常に動かせるようにしておく環境を守る必要がある。

 なぜかマドンナは、複製した方に反応を見せることが多かった。だからデジカメやスマホ、プリンター等、電気を要する製品が必要なのだ。


 金策として、これまで溜めていた本を手放すことに決めた。行きつけだった、あの古本屋へ向かう。


「あんた、久しぶりだな。体を悪くしているのか? 顔色が悪いぞ」


 初めて店長が話しかけてきた。

 お金を切り詰めるため、食費を削っていた。そのため痩せ、栄養状態が良くない自覚はある。本をこの店へ運ぶのに、息切れを起こした。そもそも紙の本は重い。それを抜きにしても、最近は立ちくらみも酷い。鏡をろくに見ない日が続いているが、そんな状態だ。顔色も悪く見られるだろう。


「まだ若いんだ、体には気をつけな」


 頷いて返したが、私の最優先はマドンナ、私自身ではない。


「ちょっと、どうしたの。なんで連絡しても出てくれないの。おじいちゃんの法事、今年なのよ? 職場にも電話したら辞めたって言われて……。どうしたの! なにがあったの! この紙の山はなに⁉」


 急に母親が訪問してきたかと思うと叫び、慌てた様子でどこかに連絡を取られ、部屋を連れ出された。

 この頃の私は起きる元気がなく、横たわり写真立ての中のマドンナばかり見つめていた。抵抗する力はなく、部屋に入ってきた知らない顔の男たちにされるがままだった。


 連れ出され、栄養失調とか、どうとか聞こえた気はする。今は規則的な機械の音がする病室で横たわっている。あの部屋を出される直前、なんとか写真立てを掴みマドンナを抱えた。今は病室に飾っている。

 複製は部屋の退去とともに処分したと母が言ったが、それがなにか原本にも影響を与えたのだろうか。様々な複製に現れていた奇跡が、今は原本に収束され発生している。背景が見え、正面を向き微笑み、まるで誘うように私へ向かって手を差し出している。

 写真でなければ間違いなく、私は笑顔で彼女の手を取る。それなのになぜ君は、写真の中にしか存在しない。

 まだ奇跡が続くのであれば、マドンナを現実の世界へ引き出したい。


 ……意識が途切れてきた。きっと私は死ぬだろう。なぜマドンナと生きる世界が違うのか。だが心は繋がっている。そう思うと、心は落ちつく。


「………………」


 最期の力だと、マドンナの写真を取り出すと、掴み胸の上で抱きしめる。重労働だったが、成し遂げられた。彼女を抱いて逝ける。それだけで満足だ。

 友も恋も不要な人生を送る、それに不満はなかった。しかしそれは、マドンナと出会うまで。

 マドンナに出会い、恋を知った。素晴らしいことだ。私は、己の人生に悔いがない。




「お兄ちゃん、こんな絵葉書を大事にしていたの?」

「そうなの……。救急隊員の方が来ても、掴んで離そうとしなくて……。わざわざ写真立てに入れて飾っていたのよ」

「着物の女性の絵葉書……。なんか、古そう。でもあのお兄ちゃんが意外だね。本ではなく、絵葉書を抱いて亡くなるなんて。でも、良いの? これ、喪服の女性じゃない? 位牌を抱えているし、しかも笑っている感じだし、気味悪いっていうか……。縁起悪くない?」

「だから一緒に棺桶に入れておけば、お経を唱えてもらえるから良いかなと思って。本人も離さないほど気に入っていたし、残しても処分に困るでしょう? 最期は笑顔でこれを胸に抱いていたのよ……」

「お兄ちゃん、なにがあったんだろう……。部屋の中、本が一冊もなくて白紙の紙が大量にあったんでしょう?」






お読み下さり、ありがとうございます。


数年前、江戸川乱歩先生の作品にハマり、いつかこんな面白い作品を書いてみたいと思ったことがあり書きましたが、先生の背中ははるか彼方という現実を思い知りました。


ネタ帳を読み返し、この内容だと「押絵と旅をする男」みたいな作品になるかもと、オマージュというか、リスペクトを意識して完成した作品であることを、ご承知下さい。

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[良い点] いろんな形の恋愛があるとはいえ、まさに命がけの恋愛……
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