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第07話、暴君の決定と対抗策

 父のくずかごから拝借した手紙を窓に透かして、父の筆跡とサインを練習していたところへニーナがあわただしくかけ込んできた。


「セザリオ様、陛下がお呼びです!」


 私は手紙を兄の机の引き出しにしまって鍵をかける。引き出しの中には兄自身の書き損じの手紙も入っていた。すでに兄の筆跡とサインは習得済み。


「昨日のジョルダーノ公国訪問のことで怒っていらっしゃるのかしら?」


「はい…… ですが事態は思ったより悪い方向へ――」


「というと?」


 私は足早に部屋を横切ってニーナに尋ねる。


「例の占星術師が『太陽と月が三度みたびめぐるあいだには皇太子殿下の目が開くだろう』と予言したのです」


「それ、信じてるの?」


 廊下を歩きながら驚いた声を出す私に、


「陛下は信じているのです。その結果くだされた決断が―― あとは直接うかがってください」


 私たちは父の執務室の前で足を止めた。




 父の髭は伸び、目はうつろだった。机の上には私の贈った特製銘柄酒が置いてある。結構減っているところを見ると、あれを飲むとよく眠れるから気に入ったのだろう。


 予想通り、勝手にジョルダーノ公国へ行ったことを怒られたあとで、


「そろそろお前は用済みとなりそうだ」


 父は目ばかりギラギラさせて、薄い唇を笑みの形につり上げた。


「わしのいとおしいセザリオが三日以内に目覚めるからな」


 おお。本当に占星術師の言うことを信じている。ということはまさか、私はジョルダーノ公国へ嫁がされるのだろうか……


「そこでお前に皇太子としての最後の任務だ。現在ブリューム自治領の戦況は膠着こうちゃく状態が続いている。前線におもむいて勇敢に戦ってこい」


 予想を上回る任務だった。名誉の戦死をとげろということか。


「しかし父上、私が兄の姿で討ち死にした場合、本物のお兄様が目覚めたときに――」


「安心しろ。討たれたのは影武者だったと言えばすむからな。士気を上げるためとはいえ大切な世継ぎを戦場に送り込むはずなかろう」


 娘の私は世継ぎではないから、大切でもなんでもなくて戦場に放り込まれるのですか。


「勝手にわし宛ての手紙を開封し公国を訪問するなど出過ぎたまねをしたこと、後悔するがよい」


 まあいいわ。私を偽皇太子に仕立て上げたこと、後悔するのは父上のほうよ。


「分かったらさっさと支度をしろ。明日、夜明けとともにブリュームへ旅立つのだ」




 私がブリュームの前線へおもむくことを知ったミシェルは大粒の涙をぽろぽろと流した。


「セザリオ様、お別れなんて嫌です!」


「すまない、ミシェル。泣かないでおくれ」


 私には計画がある。無事に帰ってくる自信もある。だがそのあとで父が私をどうするかは分からない。今度こそ処罰が待っているかもしれない。


 だがもしそうなろうとも、私の人生があと三日で終わるとしても、帝国皇女に生まれながら辺境公国の公爵夫人としてダラダラと生きるよりよほどいい。私は自分の命を平和のために使いたいのだ。


 私は旅支度をニーナにお願いすると、皇太子セザリオとしてブリューム紛争に関わる大臣たちと魔術騎士団長を緊急会議の名目で招集した。


 驚いたことに部下を戦場に送り込んでいる騎士団長でさえ、いくさの継続を望んでいなかった。父と兄、そしてごく少数の取り巻きだけが、ブリューム地方が帝国直轄地となる恩恵を受けられるのだろう。


「セザリオ殿下が和平を望んでいたとは知らなかった」


「もっと早く殿下にご相談すればよかった」


 などとみな口々に私の提案を歓迎してくれた。急に言動が変わったことを怪しまれないように、


「いままでは父の手前、私の考えを帝政に反映させられなかったのだが、妹が倒れてから父は深酒をするようになり突然老けこんでしまった。それで以前より私に任せてくれるようになったのです」


 ということにしておいた。


 だが帝国のメンツというつまらないものを保ったまま、どういくさに終止符を打つかとなると、なかなか意見がまとまらなかった。


 夜も更けたころようやく、私は兄の書斎机に座って手紙を書き始めた。ブリューム自治領の領主ブリューム卿への休戦申し入れである。


 長かった一日を終え寝る支度をしていると、コンコンと扉をたたく音がした。


「起きていたのか、ミシェル」


 今は私の書斎となっている兄の寝室と、私たち夫婦の部屋をつなぐ扉をあけてミシェルが立っていた。窓から差し込む月明かりを受けて、ピンクブロンドの髪が淡い光を放つ。


「セザリオ様、お仕事終わりましたら、今日くらいおそばにいたいです」


 彼女にこんなことを言わせてしまう自分が情けない。いや、私も女の子なんだけど! でも私の理想とするイケメンは毎晩書斎のベッドに逃げたりしないし、女の子に勇気を出して誘ってもらうなんてあり得ないのよね!


 というわけで、私とミシェルは一つのベッドに横たわっていた。


「セザリオ様、最後に打ち明けたいことがございます」


 思いつめた声でミシェルが言った。


「待ってくれ」


 私はそれを静かに止める。「私がブリュームから帰ってきたあとではだめかな?」


「セザリオ様――!」


 ミシェルは私の二の腕に顔をうずめてまた泣き始めた。


「私の無事を祈っていておくれ、ミシェル。きみのために必ず帰ってくるから」


 私が帰らず兄が目覚めたら、今度こそ本当にこの少女は兄の妻となる。彼女の幸せを考えたら、私は帰ったあとも生き続けなければならない!




 翌朝早く、私は夜明け前にベッドから抜けだした。暗闇の中でそっと、ミシェルの頬に指をすべらせる。


「愛しています、セザリオ様」


 彼女が目を閉じたまま、小声でつぶやいた。「あなたが何者でも――」


 その言葉の真意をはかりかねて、私は動きを止める。固まっている私にミシェルは目を閉じたまま、


「私が何者でも愛してくださいますか?」


 と尋ねた。


「きみは私の大切なミシェルだ。愛しているよ」


 彼女が少し笑った気配がした。


「じゃ、ちょっと仕事に行ってくる」


 私はそう言い残して二人の寝室を出た。

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