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第04話、皇太子妃ミシェルの決意

 婚礼の儀の翌朝――


「あれ? 残念! セザリオ様ったらご夫婦の寝室ではなくこちらにいらっしゃるではありませんか」


 ふざけた調子で言い放つニーナの声で目が覚める。彼女はすでに侍従の服装に着替えている。


「当たり前でしょ」


 私はこめかみを押さえた。


「せめてご朝食はあちらで取りませんか? メイさんとも話したのですが――」


「メイ?」


 初めて聞く名に訊き返す私。


「あ、すみません。ミシェル様のお付きの方です」


 いつの間にか侍女同士、仲良くなっていたとは結構結構。あちらからすれば侍女と侍従なのか。


 朝の支度を終えた私は、二つのを仕切る扉の前に立ち、


「入ってもよいか、ミシェル」


 と声をかける。朝は低い声が出しやすい。


「セザリオ様、どうぞお入りになってください」


 中から華やかな高い声が返ってきた。こまかい彫刻のほどこされた扉をひらくと、昨晩とは違ってやわらかい笑顔をたたえたミシェルの姿。やっぱり昨日は初夜が怖かったのだろうか?


「ああセザリオ様、今日も美しい……」


 私の姿をみとめた途端、ミシェルが感嘆のため息をつく。


「えぇっ、ありがとう……」


 思わずうろたえてしまった。普通、妻が夫に美しいって声をかけるのだろうか? いやまあ男装している私が普通について語るのもおかしいのだが。


 そう言うミシェルも、首元にあしらったレースチョーカーから胸当て(ストマッカー)スカート(ペティコート)からガウンまで、花柄の繊細な刺繍のほどこされた淡いピンク色で妖精のような愛らしさだ。


「あっ、ミシェルもその桜色のドレス、可憐なきみによく似合っていて素敵だよ。まるで春の野に咲き乱れる花々のようだ」


 精一杯のほめ言葉を並べたつもりなのに、ミシェルは笑いをこらえながら、


「ありがとうございます」


 と礼を言った。いままで出会った男たちはどんなふうに私をほめてくれたっけ? いざ自分が言うとなると難しい。そもそも皇女である私はほかの貴族令嬢たちと同様、婚姻前に男性と愛し合うこともできないから、異性との会話すら経験不足なのだ。 


 朝食をとりながらミシェルが心配そうに、


「ルシール様の具合はいかがでしょうか?」


 と尋ねた。一瞬ドキッとしたが、落馬した兄のことを言っているのだ。皇太子が意識不明という事実は極秘で、対外的には皇女ルシールが重体ということになっている。


「ニーノ、なにか新しい報告はあったか?」


 私は少し離れたところにいるニーナに声をかけた。壁際に立って私たちを見守っていた彼女は、


「今朝もお目覚めにならないとうかがっております。新たな情報としましては、魔術医たちを信じられなくなった陛下が、帝国一の占星術師を王宮に呼び寄せたとか」


「はぁ。次は占星術師か」


 まつりごとの良き相談相手だった妻を亡くした父は、年々息子への依存度を高めていた。だがその彼が倒れ、側近や大臣たちを頼ってくれるかと思いきや、占星術師ときたもんだ。父はもともと家族以外信じられないたちだし、誰が権力をねらっているか分からないのが王宮という場所。人間不信に陥る心理も分からないではないが――


「ルシール様、お気の毒に……」


 ミシェルの声が私を思考の渦から引きあげた。「ジョルダーノ公国のユーグ様とのご婚約も、白紙に戻ってしまったのでしょう?」


「そうだね。とはいえユーグとの婚姻は妹の望んだことではないから、かわいそうなばかりではないかもしれない」


「そういえば、皇女様が帝都から遠く離れた辺境の公国に嫁がれるというのは、お家の格が少し釣り合わないような……」


「父に遠ざけられたのさ。妹が二度と父の帝政に口を出せないようにね」


 つい声に怒りがこもる私の言葉に、ミシェルは少し考えていたが、


「ルシール様は陛下と政治的に対立していらっしゃったのですか?」


「力に差がありすぎて対立とは言えないよ。ただ妹の家庭教師だった元帝立大学の先生は、貿易による周辺諸国との結びつきを大切にしようという考えで、武力による帝国の拡大を支持していなかった」


「ああ、その先生の影響で、ルシール様は陛下と政治思想が異なってしまったのですね」


「そうだね。先生はずいぶん前に王宮から追放されたけどね」


 私は数年かけて彼の行方ゆくえを調べるうち、彼が不審死していたことをつきとめた。父が何者かを使って暗殺させたのだろう。先生は王宮内のもろもろを知りすぎてしまったのだ。


「あの……」


 ミシェルが言いにくそうに上目遣いで私を見た。夏の海のように美しい瞳に惹きつけられる。


「セザリオ様は――」


 私が父側か妹側かと聞きたいのだろう。兄は父と一心同体だ。だが私は――


「私はこの国を十年前の平和なヴァルツェンシュタイン帝国に戻したい。いや、戻すんじゃない。未来に向けて作りあげていきたいんだ!」


「セザリオ様、なんて立派な方―― ミシェルは皇太子妃として、あなたをしっかり支えます!」


 彼女の強いまなざしが私をまっすぐ射た。


 ミシェルったらかわいいだけの美少女ではなくて、かっこいい方なんだわ…… 私は不思議なときめきを感じて戸惑とまどっていた。


 それはそうと兄よ、ずっと眠っていてください!

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