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幕間、王女として育てられた王子の一人語り【???視点】

 僕はアルムハルト王国の第一王子として生まれた。


 物心ついたときからドレスを着せられていたけれど、それは特別おかしなことじゃなかった。


 というのも男子は女子より病気にかかりやすいから、病魔の目をごまかすために、幼児のうちは男の子でも女の子の服を着せることが多かったのだ。


 だけど僕が公の場で、男子の格好をすることはなかった。


 アルムハルト王家にとって唯一の王子だった僕は、身を守るため王女と偽って育てられたからだ。


 成長するにつれ自分の生まれた国がどれほど小さいのかを知り、我が王家が強大な帝国にねらわれていることを学んだ僕は、男の服を着たいなんてわがままは一切言わなかった。王子として生まれた責務を果たすのだ。


 そしてその責務は、もっとも悲劇的な形で訪れた。


 人質の王女として、帝国に嫁ぐこととなったのだ。


 皇太子であるセザリオ殿下が、現皇帝に負けるとも劣らない残酷なご気性であることは、帝国内の貴族たちのあいだで周知の事実となっていた。彼が帝国の外交政策に関わるようになってから、いくつもの公国や自治領が帝国の直轄地に組み込まれていった。公爵や領主たちは身分を剥奪されるのみならず、反逆を恐れた帝国側によって、おそらく秘密裏に殺されていた。


 次は我がアルムハルトの番―― 僕も両親も覚悟を決めていた。


 だから婚姻の儀を翌月に控えたある夜、父の執務室に呼ばれ短剣を手渡されたときも、驚くには値しなかった。


「この短剣で、セザリオの命を奪うのだ」


 大きな執務机の上に、短剣が置かれていた。


「父上、本当にそれでよろしいのですか? 帝国はすぐにアルムハルト王国を消してしまいますよ!?」


「分かっておる」


 まぶたを閉じた父の顔に、苦渋のしわが深く刻まれる。


「だが――お前を王女と偽っていたことが明らかになれば、それを口実に王国は滅ぼされるだろう。こうなってしまった以上、我々に生き延びるすべはない」


 父の言う通りだった。僕はしっかりとうなずいて、短剣を受け取った。


「それなら最後に一矢(いっし)報いましょう!」


 執務机の横に置かれた肘掛け椅子の上で、母がかすかな嗚咽(おえつ)をもらした。


「私のいとおしいミシェル……お前を守れない私たちを許しておくれ――」


「母上、僕は最後に王国の役に立てて嬉しいのです」


 僕は母の前にひざまずき、彼女の手を両手で包み込んだ。


「どうか泣かないで。空の上でまた会いましょう」




 僕は笑顔を作ったが、心には長い冬のとけない霜みたいに、冷たい悲しみが広がっていた。自分が処刑されるのみならず、両親も王国も道連れにするのだ。決意なんてできるはずなかった。


 だが――


 これはどういうことだろう!?


 婚姻の儀当日、僕はベール越しに見た光景にわが目を疑った。


 控室に新郎として現れたのは、髪と目の色こそセザリオ殿下の肖像画と同じだったが、男の正装に身を包んだ愛らしい少女だったのだ。


 僕は表情から計画を悟られないため、ベールを下ろしたままだった。彼女はぎこちないほほ笑みを浮かべ、


「ミシェル嬢、ようこそ帝都へ」


 一生懸命、低く作っていると思われる声であいさつした。どうしよう、かわいい……


 対する僕は生まれてこのかた女装で過ごしてきたプロ中のプロである。優雅にひざを曲げて一礼(カーテシー)すると、澄んだ高い声で答えた。


「お会いできて大変うれしゅうございます、セザリオ様」


 そうだ、セザリオ殿下には双子の妹がいらっしゃったはず―― 確か名はルシール様とおっしゃった。このニセ殿下はほぼ確実に彼女だろう。だがなぜ本物が出てこないのだ? 僕と彼女なら結婚できるけど、なんだかおかしなことになってるじゃないか!?


 まさか我が王国の暗殺計画がバレて――


「ミシェル嬢、長旅でお疲れだろう?」


 ルシール様――いや、呼び間違えたら大変だからセザリオ殿下と言っておこう――は、僕に気をつかってくださる。彼女の持ち前の優しさが伝わってくる。少なくとも彼女が、我々の計画を知っている様子はない。


 そして婚姻の儀。


 並んでバージンロードを歩く彼女の足取りは優雅だ。ドレスの裾を引きずる僕の歩調に合わせてくれているのか、足の運びがエレガントで惚れ惚れする。やっぱり皇女様だぁ♡


「誓いのキスを――」


 神官の言葉にうっかりときめく僕。彼女が僕に口づけをしてくれるんだ。会ったばかりだけど、胸の高鳴りが止まらない。せっかく美少女なのに男の恰好をしている彼女が、僕のものになる――


 ――と思ったのもつかの間。あれ? 彼女はそっと顔をかたむけただけで、キスを交わしたことにしてしまった。


 あれぇぇぇっ!? 唇、触れてないんですけど!?


 神官はおごそかな表情のまま、粛々と儀式を進める。


 ちょっと待ってぇぇぇっ! この新郎さん、僕にキスしてないよぉぉっ!


 ――なんて告発できるわけもなく、僕のときめきは宙ぶらりんのまま、おあずけをくらったのだった。




 だけど僕は落ち込んだりしない。今夜は二人の初夜。今度こそ二人で愛を確かめ――あ。


 僕は突然、太ももにベルトで留めた短剣の感触をリアルに思い出した。そう、広がったスカートの下に隠し持ったこの冷たい刃物で、今夜僕は彼女の白くて綺麗な首元に傷を付けねばならない……女の子しか持っていないであろう、あのすべらかな白い肌に――


 なんという悲劇だろう? 恋に落ちたその日に、本来なら幸せな時間を過ごすはずのベッドの上で、自分の初恋を切り裂かなければいけないなんて――


 いや、だが考えてみたら、さすがに初夜は本物の殿下が現れるのではないだろうか? どんな事情があるにせよ、さすがに女の子に代わりは務まらないだろう。


 ――と思っていたのに、現れたのは”彼女”だった。


 シャンデリアの消えた皇太子夫妻の寝室は暗く、枕元の燭台がぼんやりと照らすだけ。


 だが部屋に入ってきた彼女の品のある足取りで、すぐに分かった。これはまだ、綺麗な方のセザリオ様。


 ……どうしよう。僕は王子として、父上との約束を果たす義務がある。だが彼女は皇子じゃない。とはいえ初夜まで身代わりに出てくるということは、帝国側に何か事情があって、いつからか彼女が皇子役を務めているのだろうか? それなら僕が殺害すべきは――


「寒くないか?」


 彼女は吐息の混ざった低い声でささやくと、自分のガウンを脱いで僕の肩にかけてくれた。……あたたかい。彼女の体温が伝わってくる。このぬくもりを奪えるのか? 僕がこの手で?


 緊張して、指先が氷のように冷たい。思考ばかりがグルグルと回る。


 だがそのとき彼女が静かな声で告げた。


「ヴァルツェンシュタイン帝国の皇太子として謝罪したい。きみにも、きみの国の人々にも」


 驚いた。やっぱり彼女は皇太子――だが、それ以上に、皇帝の政策と異なる彼女自身の考えに。


 僕は最後まで迷っていた。父上との約束を果たすか、それともこの美しい皇太子に、帝国とアルムハルト王国の未来を託すのか――


 結局彼女は、僕と共にベッドに入ることはなかった。


 父上、計画実行の時宜を得られなかったのです。心の中で祖国の父に言い訳しながら、僕は心のどこかで安堵していた。




 翌朝、僕は国から連れて来た侍女の姿をした侍従のメイに起こされた。


「ミシェル様ぁ、すでにお気付きですよねぇ?」


 やはりメイも、ニセ殿下と見抜いていたようだ。


「一体、帝国はどういうつもりなんだろう?」


 首をかしげる僕に、


「イチかバチかぁ、あのニーノとか名乗っている侍従を問い詰めてきますね~」


 ニセ殿下の侍従ニーノも、どう見ても男装した少女だった。こちらは身体つきが丸っこいのもあって男の服が似合っておらず、そこがまたかわいらしい。胸なんかはち切れないかとひやひやしてしまう。


「いや、メイ。それはさすがに危険すぎる。僕が直接――」


「ミシェル様」


 メイは僕の言葉をさえぎった。


「メイも死を覚悟してここへ来ております」


「すまない――」


「何をおっしゃいますやら~」


 軽い調子でぱたぱたと手を振って、


「メイの家は代々アルムハルト王家に仕えてきたのですよぉ。死なばもろともでぇっす」


 朝早くから元気に部屋から出て行った。




 そして戻ってきたメイから、僕は真実を聞かされたのだ。


「なんとひどい仕打ちを――」


 僕は心の底からルシール様に同情した。言葉が続かない僕に、メイはいつもと変わらぬのんびりとした口調で、


「この際、メイたちの正体を明かしてぇ、皇女様を味方に引き入れましょーう」


「そうだな……」


 どんな結果になったって、僕が彼女の首に短剣を当てるのと比べたらずっとマシだ。


「ではぁ行って参りますね~」


「ちょっと待った!」


 僕は慌ててメイのスカートをつかんだ。


「なんですかぁ?」


「君の正体をバラすのは構わない。だけど僕のことは言わないでくれ。自分の言葉で伝えたい」


「あ、もしかして――」


 いつもとぼけた振りをしているが実は察しのよいメイが、にやっと笑った。


「その先は言わなくてよい」


 僕は不機嫌な声を出した。

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