第3話 8
お姉様が<戦乙女>の鞍上に上がると、その面に紅の文様が走って貌を結びます。
立ち上がった<戦乙女>は、雌型というだけあって女性らしい曲線をした騎体をしていました。
雄型――いわゆる<騎兵騎>が甲冑のような見た目をしているのに対して、<戦乙女>は。
「――ああ、ドレスアップした<銀華>を模しているのですね?」
わたしがアーティ様に尋ねると、彼女は嬉しそうにうなずきます。
「雌型は雄型と違って、どうしても筋力が劣ってしまうから、基部装甲だけに留めたの。
代わりに全身を装甲服で覆う事で防御力をカバーしてね」
アーティ様が仰るように、<戦乙女>の鎧は、頭部と胸部か股下にかけてと、肩部を中心として構成されています。
そしてそれ以外は、装甲服――鋼糸を編んだ鉄布に覆われているのです。
肩甲から肘まで伸びる袖口や、腰甲から伸びるスカート。
戦闘服というよりドレスのようにも見えるそれは、きっとアーティ様なりのこだわりなのでしょう。
冑から後ろに流れる金のたてがみもまた、女性の髪のようで。
アップテールに結われて風に揺れています。
「――<銀華>用の装甲服も用意したのよ!
ホラ、<銀華>って素体そのままでしょう?
いくらドレスアップするといっても、女性がはしたないと思ったのよね」
本当に楽しげに。
アーティ様は搬送馬車に載せられた装甲服を指差しました。
「――あ、ありがとうございます?」
アーティ様に促されるままに、わたしは<銀華>を喚んで、装甲服を身に着けさせます。
剣も<銀華>用に二振り用意してくださっていて。
わたしはお姉様が駆る<戦乙女>と対峙したのです。
<戦乙女>は鉄扇を右手に、左手でスカートの裾を摘み。
『――さあ、シーラ。いらっしゃい』
そう仰るのです。
「それでは参ります!」
にじり寄ったわたしは、左の剣を下方からすくい上げるように斬り上げ。
お姉様は鉄扇でそれを弾きます。
重い音が響いて、令嬢達が耳を塞ぐのが視界の隅に映りました。
わたしは弾かれた勢いそのままに、騎体を回して右の斬撃を放ちます。
ですが、お姉様もまた<戦乙女>を旋回させて、斬撃に合わせるように扇を開き、それを受け流しました。
「……すごい……」
わたしは思わず呟きます。
「すごいすごい!」
お姉様が武の心得があるのは、先日のアベルの一件から察していましたが。
わたしの連撃を完璧に――しかも初見でいなせる人なんて、冒険者でもそうそういません。
もちろんわたしは手加減なんてしていません。
お姉様は確かな実力を備えてらっしゃるのです。
『――まだまだ、ここからよ』
そう仰ったお姉様は、<戦乙女>のスカートをひるがえし。
鋼糸で編まれたそれは、そのものが重量のある武器として使えるようで。
その事に気づいたわたしは、とっさに右の剣でその裾を打ち落としました。
さらに左から開かれた扇が繰り出されます。
左の剣でそれを受けると、扇はぶつかった先から順に閉じられて行き。
打撃音が連続して、剣がミシリと鳴きました。
「――あっ!?」
思った時にはもう遅くて。
左の剣は半ばから折り砕かれていました。
扇にこんな使い方があるなんて……
いいえ。
これがお姉様の技量なのでしょう。
気づけば再び開かれた鉄扇が<銀華>の首元に突きつけられていて。
『――フフ……油断したわね。シーラ』
「……申し訳ありません。お姉様を侮っておりました」
正直な気持ちです。
お姉様に武の心得があるのはわかっていましたが、心のどこかで、それは令嬢の護身術程度だと考えていたのでしょう。
『初代銀華様が考案された、宮廷武術よ。
――今度、おまえにも教えてあげるわ』
そんなものがあるなんて。
令嬢の世界はまだまだ奥深いようです。
わたし達が騎体を降りると。
「――ふたりともお疲れ様!」
アーティ様が駆け寄って来られて。
「まさかアリー姉様が勝っちゃうとは思わなかったけど、<戦乙女>が<古代騎>相手にも戦えるって、これではっきりしたわ!」
それから招待客のご令嬢方を見回して。
「みんな、見た? 見たよね?
あたし、いずれはこの<戦乙女>を女性騎士の為に量産しようと思うの!
だから、騎士を目指す女性は<騎兵騎>騎士を諦めないで欲しいわ!」
興奮しているからでしょう。
大勢の人の前でも、アーティ様はいつものように口ごもる事なく、すらすらとそう告げられるのです。
「――それは良いのだけれど、アレーティア?」
と、涼やかな声が響いて。
「――げぇっ! お姉さまっ!?」
アーティ様、お姫様が「げぇっ」なんて言っちゃいけないと思います。
やって来られたフローティア様は、アーティ様の両肩を掴んでその顔を覗き込まれました。
「……わたし、こんな出し物をあなたが用意してたなんて、聞いていませんよ?」
「そ、そうだったかなぁ?
お、お姉様が聞き逃してたんじゃ……」
「……アーティ?」
フローティア様、すごいですね。
笑顔なのに、圧力がパないです。
わたしまで射竦められてしまいますよ。
「……ご、ごめんなさい!
だって、せっかくシーラが来てくれたのよ?
こんな機会、めったにないじゃない!
<戦乙女>をアピールする良い機会だと思ったの!」
ついに折れたアーティ様は、フローティア様に頭を下げられました。
途端に、フローティア様は表情を緩められて。
「……それは別に良いの。
でもね、事前に説明してくれていたら、わたしだってちゃんと舞台を整えられたというお話をしているの。
――ご覧なさい」
と、フローティア様はわたし達が闘っていた場を扇で示されます。
芝生は抉れ、整えられていたウサギ型の生け垣には、折れた長剣の切っ先が突き刺さっています。
「――確かに<銀華>と<戦乙女>の闘舞は目を瞠るものでした。
ですが、一歩間違えばみなさんに怪我をさせてしまうところだったのよ?」
「――あっ!」
アーティ様だけではなく、わたしも思わず声をあげていました。
そこまで気が回っていませんでした。
フローティア様がお姉様に視線を向けられます。
「……アリシア。
あなたが付いていながら、軽率だったわね」
そう告げるフローティア様に、お姉様は笑みを濃くされて。
「まあ、そうですわね。
ですが、この場だからこそ、とわたくしは考えたのですよ」
扇で口元を隠されて、お姉様はそう応えました。
「……あなたがアーティの事を想ってくれたのには感謝しますけどね。
わたしの立場というものも考えて欲しかったわ……」
……ふむ。
よくわからず、わたしはアーティ様と首を傾げます。
お姉様とフローティア様はお互いに微笑み合って。
「まあ、怪我人が出なくてよかったわ。
さあ、みなさん!
余興も終わった事ですし、引き続きお茶会を楽しんで」
と、フローティア様は集まっていたみなさんにそう告げて、散るように示されて。
「……アリーは後でわたしのところにいらっしゃい。
そこでゆっくり話しましょう」
深々とため息をつかれて、フローティア様は去って行かれました。
「……あの、お姉様?」
お姉様が叱られるのかもしれないと思い、声をかけたのですが。
「大丈夫よ。
あの方もわたくしの思惑をご理解されたわ。
その話し合いをしましょうってお誘いを下さったのよ」
「――お姉様の思惑、ですか?」
「今のおまえにはわからないでしょうけどね。
いずれ必要になる事なのよ。
さあ、それよりみなさまがおまえに声をかけたくて、うずうずしているわ。
会話のホストになるのも、令嬢の仕事よ」
どこかはぐらかされた気がしますが。
見ると、確かにみなさん、わたし達に話しかけたそうにしているのです。
「ど、どうぞ?」
そう告げた途端、わたしもアーティ様も、お姉様も。
いっせいにご令嬢方に囲まれてしまったのです。
知らなかったのですが、武に憧れるご令嬢というのは、存外多くいらっしゃったようで。
これもダストアというお国柄なのでしょうか。
初代<銀華>のお伽噺は、案外、広く浸透しているようなのです。




