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第1話 2

 一年前、村も家も両親さえも侵災で失ったあたしに、示された道はふたつあった。


 ひとつは冒険者――それも勇者として、人々の為に働く道。


 両親の影響で十三歳で冒険者登録をしていたあたしは、この侵災を調伏した事で、国に勇者認定されてしまったのだ。


 そしてもうひとつが、母の訃報を聞きつけてやってきた祖父――クライブ・ウィンスター伯爵に引き取られて、伯爵令嬢となる道だった。


 母が伯爵令嬢だった事も、父が東方騎士団の筆頭騎士だった事も。


 二人が駆け落ちして、あたしの故郷である辺境の村に落ち延びていた事も、初めて知らされた事ばかりで、田舎娘だったあたしは混乱した。


 未熟だったあたしがその時に考えたのは、お祖父様と一緒に行ったら、村の唯一の生き残りであるモニカと引き離されるという事。


 頼れる親戚もない彼女を置いて、あたしだけお祖父様と共に行くことは、親友に対する裏切りに思えて、あたしは勇者になる道を選んだ。


 なってから知ったのだけれど、勇者というのは国家公務員だ。


 つまり、冒険者としての依頼報酬とは別に、国から月給が出るわけで。


 そしてその地位はパーティメンバーにも適用される。


 これを目当てに、あたし達に取り入ろうとする人達はすごく多くて、この一年、あたしは何度もメンバーを追放してきた。


 カイルで六人目になるだろうか。


 いい加減、勇者業にもうんざりしてきていたんだ。


 なりたくてなったんじゃない。


 他にモニカと一緒にいられる道がなかったから、勇者を選んだだけ。


「――そんなわけでお祖父様。

 あたし、家に入ろうと思うの。モニカを護衛かメイドで雇ってくれない?」


 モニカと二人で訪れたウィンスター城塞のお祖父様の執務室。


 あたしはお祖父様の執務机に両手を突いて問いかけた。


 そう、一年前もこう言えばよかったのに、当時のあたしはそこまで頭が回らなかった。


「人の話を聞かない癖に、やたら行動力があるのはシータ――母親譲りか……」


 わたしや母さんと同じ銀髪をしたお祖父様は、顔を片手で覆って深々とため息をつく。


 四十代後半のはずのお祖父様は、東方騎士団団長の肩書を持つだけあって、鍛えられた肉体をしていて、その動作ひとつひとつから強さがにじみ出ている。


「それでよくもまあ、一年も無事でいられたものだ。

 元々、私はモニカ君も引き取るつもりでいたというのに……」


 あら。


 あたしはモニカと顔を見合わせる。


「モニカ、あの時、わかった?」


「わたしも正直、ウィンスター様がなにを言ってるのか、よくわからなかったわ」


 所詮、あたし達は当時、村から出た事のない田舎娘だったんだもの。


 お祖父様がなにか難しい言葉で、あたしを実家に連れて行こうとしているっていう事くらいしか理解できなかったのよ。


 勇者として活動するに当たって、貴族と接する事もあるからと、ギルドの受付のお姉さんに貴族的な言葉の使い回しを教えてもらった今だからこそ、多少は理解できるようになったんだよ。


「まあ、多少は世間を知って糧になったと思う事にしよう。

 それではシーラはウチの跡継ぎになるという事でいいのだな?」


「はい! あのバカから逃げられるなら、淑女教育だって頑張る!」


 拳を握りしめて告げるあたしに、祖父は首を振ってため息。


「まずは言葉遣いからだな。

 モニカ君はシーラ付きのメイドになる為に、仕事を覚えてもらう事になるが良いのかい?」


 お祖父様の問いに、モニカはコクリと頷いて。


「シーラをひとりにするわけには行きませんから。

 お仕事を頂けるのでしたら、しっかり勤めさせて頂きます」


 優しく微笑みながら、あたしを見た。


 ありがとう、親友。


 これまでとはまったく違う生活になるのに、付き合ってくれるモニカは本当にありがたい存在だと思う。


「言葉遣いはモニカ君の方が良いようだな。

 シーラ、励みなさい」


 ずるいぞ、親友。


 あたしもお祖父様に褒められたいのに。


 それからふた月。


 あたし――わたしは、お祖父様に課された淑女教育をひたすらにこなしていったわ。


 言葉遣いから始まり、テーブルマナーやダンスのレッスン。


 貴族的な話法に至るまで。


 正直なところ、魔物をぶっ飛ばし――退治していた方がよっぽど楽に感じられる日々だったわ。


 それでも勇者に戻りたいと思えないのは、あのバカの存在があるから。


 どれだけ淑女教育が大変でも、あのバカと関わるくらいなら、令嬢でいた方が楽に決まってる。


 今なら刺繍だって、それなりにできるようになったんだから。


 そんなある日、わたしはお祖父様に呼び出されて、執務室を訪れた。


 先に来ていたモニカと目線だけで挨拶を交わす。


 お互い勉強が忙しくて、こうして顔を合わせるのは久しぶりだった。


「シーラ、来週の冬越しの宴に、おまえも出席しなさい」


 お祖父様の言葉に、わたしは背筋を伸ばす。


 いよいよという事ね。


「――デビューという事でよろしいのでしょうか?」


 わたしの問いに、お祖父様は微笑みながらうなずく。


「おまえの努力は認めている。

 当初は春の学園入学を待ってと思っていたのだが、予定を繰り上げても問題ないと判断した。

 入学前に顔を売っておいた方が、学園生活もしやすいだろうしな」


 家庭教師の先生から聞かされていたわ。


 学園は社交界の縮図なのだそう。


 だから、入学直前にあるふたつのパーティー――『冬越しの宴』と『春待ちの宴』でデビューする令嬢令息は多くて、そこである程度仲良くなって学園生活に臨むのだという。


「明後日には王都に向けて出立するから、おまえも用意しておきなさい」


 ドレスなどはお祖父様が王都の館に用意してくれてるのだという。


 着の身着のまま移動が多かった勇者時代を思えば、用意はさほど手間取らない。


 そうしてわたしは、伯爵令嬢として社交界デビューする為、お祖父様と共に王都へと向かうことになった。

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