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第1話 1

 ――助けられたはずの命だった。

 

 燃えて崩れ落ちた無数の家屋。


 原型を留めない数々の遺体に涙が溢れそうになる。


 ――それなのに。


 黒色の粘液――瘴気に塗れた村の片隅で。


 あたしは拳を握りしめて、ため息をつく。


「さ、さすが勇者だ!

 ――シーラ!

 あれだけの数の魔物も、君、相手には敵わなかったようだな!」


 満面の笑みで歩み寄ってくる男――カイルに。


 ――もう無理だ。


 殴りかからなかった自分の忍耐力を褒めてあげたい。


 あたしはカイルを見据えて、再び嘆息。


「――カイル、悪いけどあなた、もうパーティから出ていってくれない?」


 それがお互いの為だと、その時のあたしは思っていたんだ。




 ――一月後。


「――シーラ、また俺の邪魔をしたなっ!」


 そう息巻くカイルに、あたしはため息をつく。


 テーブルを挟んで座るモニカに目を向けると、彼女も面倒くさそうに首を振っていた。


 ここはダストア王国の片田舎にある食堂。


 ひと仕事を終えて夕食を楽しんでいたところで、彼がやってきた。


「そんなつもりはないんだけど、あたしがなにをしたって?」


「俺が狙っていた魔物を倒しただろう!」


 あたしとモニカは顔を合わせて、もう一度ため息をつく。


「――魔物は発見次第、駆除が原則でしょ?

 それで文句を言われたって困るわ」


 昼間、隣接する魔境から出てくる魔獣駆除の依頼を受けたあたし達は、そこで魔物に出くわした。


 魔物は魔獣と違って、存在するだけで土地を穢すから、冒険者ギルドでも発見したら即退治を推奨している。


「あの魔物は、俺が依頼として討伐を引き受けていたんだ!」


「――ならさっさと退治してれば良かったじゃない」


 モニカが呟くと、カイルは彼女をギロリと睨む。


「準備していたんだ! おまえ達はいつもそうだ!

 準備をおろそかにして、いつも俺が苦労していた!」


「それで結果が出るならいいじゃない。

 むしろあなたの『準備』に付き合わされて、あの村がどうなったかをまた説明させたいの?」


 ひと月ちょっと前になるだろうか。


 あの頃はカイルもパーティの一員で。


 魔物の大量発生――侵災の兆候があるという事で、あたしは勇者として侵源地のある村へと派遣される事になった。


 一刻を争う自体だったから、あたしもモニカも昼夜を問わずに進むべきだと主張したのだけれど、カイルは現地での戦闘を考慮して、体力を温存すべきだと主張。


 実際のところ今にして思えば、単にあたし達の移動速度に、彼の体力がついてこれなかったから、そういう主張をしたんじゃないかとあたしは思っている。


 とにかく、カイルの主張に合わせて現場に辿り着いた時には、村は壊滅していて、土地もまた魔物によって穢しつくされていた。


 魔物を蹴散らし、なんとか侵源を調伏したあたしは、彼に告げたのだ。


「――カイル、悪いけどあなた、もうパーティから出ていってくれない?」


 明らかに彼は実力不足で。


 それを補う為に努力するなら、まだあたしも我慢できたと思う。


 実際、モニカはそのタイプだ。


 幼馴染の彼女は、十四歳で勇者認定されてしまったあたしの為に、鍛錬を重ねて付き合ってくれている。


 けれど、カイルは言い訳に努力するタイプだった。


 ――まだ実力を発揮していないだけ。


 ――本当の俺はこんなものじゃない。


 ――おまえ達が俺を上手く使えないんだ。


 パーティを組んでいて問題が発生するたびに、彼はそんなセリフを繰り返した。


 そんなところに、本来なら間に合ったはずの侵災調伏失敗だもの。


 いい加減、あたしがキレたって仕方ないでしょ?


 それから一ヶ月。


 あたしとモニカはふたりで冒険者ギルドの依頼をこなして日々の糧を得つつ、のんびりダストア王国内の各地を旅して回っていたのだけど。


 つい先日から、カイルが行く先々に現れるようになった。


 そうして今と同じように、アレコレと言いがかりをつけてきたわけだ。


「……カイル、いい加減にしてくれない?

 あなた、いったいなにがしたいの?」


 仲間に戻してほしいと主張するならまだわかる。


 けれど、彼がするのは言いがかりをつけてくる事ばかりで。


「おまえ達が俺の行く先々に現れるんだろう!

 ――なんでお前達は俺の邪魔ばかりするんだ!」


 こうなると、もはや会話にならない。


 完全に悲劇の主人公になりきっている。


 組んでいた時もそんな傾向はあったように思うけど、パーティを追い出された事でより顕著になった気がする。


 と、そこでカイルはニヤリと顔を笑みに歪め。


「――ああ、わかったぞ。

 おまえ達、なんだかんだで俺に戻ってきて欲しいんだろう?

 俺の気を引きたくて、先回りしていたんだな?」


 ……パーティに戻して欲しいと主張するならまだわかる。


 けれど、この上から目線はなんだ?


 母親譲りで気の短いあたしにしては、これまでよく我慢した方だと思う。


 だって、一度も手を出さずに会話だけでやり過ごしてきたもの。


 カイルはあたしの内心など露知らず、金髪を掻き上げて鼻を鳴らして笑う。


「俺はおまえ達と別れてから、おまえ達より強い力を手に入れたからな。

 どうせそれを聞きつけて、取り入ろうとしているんだろう?」


 一緒に組んでいる時から、あたしはこいつのこの顔の良さを鼻にかけた物言いが気に食わなかった。


 チラリとモニカを見ると、彼女はやれやれと言うように肩を竦めてうなずく。


 やったぜ。


 モニカの許可が出た。


「そうだな、今なら俺の情婦として飼ってやっても――ぶべぃっ!?」


 頭のおかしい事を口走ろうとしたバカに。


 あたしは勇者としての肉体性能総動員でテーブルを蹴り上げて、そのまま叩きつけた。


 酔っぱらいがケンカで振り回さないよう、重い材木で造られているテーブルに押しつぶされ、バカは目を回している。


 つまりはこいつ、あたし達を自分の女にしたくて、しつこく付きまとっていたというわけか?


 頭おかしいにもほどがある! 


 床にノビたバカを見下ろしながら。


「――モニカ、あたし決めたわ」


「へえ、聞きましょうか?」


 ひとつ年上の彼女は、お姉さん口調で微笑む。


「このバカに付き合うのはもうたくさん!

 ――あたし、勇者辞める!」


 こいつがもう近づけない世界に、あたしは行くんだ。


 アテはある。


 今までは無理と思って考えないようにしていたけれど、背に腹は変えられない。


「お祖父様に会いにいくわよ。モニカ!」

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