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女子高生エリナの推理日記  作者: 帆立なお
1/2

#1

お暇な時の、暇つぶし程度になれれば幸いと思います。では、どうぞ。

 付き合う時に比べて、別れる時は、どうしてこうもあっさりとしているのだろうか。

この時、絵里奈えりなはもうずっと30分くらい、こうしてそんなことを悶々と考えていた。


 ―――オマエみたいな女、疲れるんだよ。もう別れようぜ。


 それだけ私に言って彼が背を向けたのは今から30分ほど前。17歳の誕生日を迎えて3日目の事。休みになって彼氏の大翔とゲームセンターでデートするつもりだったのに、彼は遊ぶ機など毛頭なかったらしい。待ち合わせだった店の前で何が何だか分からないまま、私はフラれた。

 両手で溢れてくる涙をぬぐいながら、私は重い足取りで市内の大通りを歩いていた。


 ―――お前みたいな女、疲れるんだよ…。


 自分が何かしたのだろうか。身に覚えのないところを探りに探ったが、結局は分からなかった。

ただ分かったのは、自分が不要なもののような扱いをされたという事実だけだった。


 休みとあって多くの人が行きかう大通りから一本逸れた道を、私は無意識に選んで歩いていた。

昨夜の天気予報で川崎市内は晴れが一日続くと告知していた通り、頭上の天気は晴天で、雲も全くない。歩いている人々は皆きっと、今日という休みを楽しんでいるのだろう。

 しばらく歩くと、歩道の脇で街路樹の傍にあった小さなベンチを見つけて、私はそこに腰かけた。自分とは正反対のテンションを振りまく、ショップの店内ミュージックがどこか遠くの方から聞こえた。

 「帰ろっかなぁ…」

左手に付けた腕時計を見ると、針は正午前を指している。

このままここでボーっとしているよりも、自宅に帰ってのんびりした方がマシかもしれない。

そんな風にぼんやりと考えていた時だった。不意に私は顔を上げた。

 驚いたからである。突然、うつむき加減だった目の前にショートケーキが誰かの手で差し出された。不意打ちを喰らって、私こと絵里奈えりなは目を丸くして頭上を見上げた。

 立っていたのは、黒と白のチェック柄のコックシャツを着た若い男性だった。

 「どうぞ」

 彼は一言そう言ってにこりと笑むと、ショートケーキの乗ったお皿を差し出す。思わず「は」と聞き返しそうになったが、寸前で飲み込んで、「え」と若干マシな声を出した。だが男性は「どうぞ」と繰り返し差し出してくるだけ。仕方なく流れのまま恐る恐る出されたショートケーキの乗った皿を両手で受け取る。陶器の冷たい感触が指先に広がった。

 彼は20代半ばか、前半くらいの歳の頃に見えた。顔立ちはスッキリしていて、笑顔が眩しい童顔のイケメンだった。広がる笑顔に目を細くして黙ってこちらを見つめている。

どうしてこんなところにケーキ屋の店員が立っているのか。そもそも何でこんなところでショートケーキを私に差し出しているのか。疑問符は次々浮かんだが。

 「お代は結構ですから、召し上がってください」

 こちらの心情の一つを悟ったように、やがて彼はそう言い添えた。

 どうしてなのかは分からなかったが。

「良いんですか?食べて…」

お代は結構だと聞くと、無意識に食欲が湧き出てくる。何度も笑顔交じりに、はい、とか大丈夫です、と頷く彼に、恐る恐る私は手に取ったショートケーキを、添えられていたフォークで一口分崩すと、ぱくりと頬張った。

 私は思わず、美味しい、と呟いて笑顔を見せた。頬が落ちる、とはきっとこのことを言うんだろうと思った。甘過ぎない濃厚な生クリームに、酸味が少なく甘みの強いイチゴ。スポンジの間には甘い香りのする、洋酒だろうか、外側とは少し違うクリームと果肉が挟んである。今まで食べてきたケーキよりも一段美味しいケーキだった。先程までの気分が吹っ飛んで、私は更に数口フォークで刺して口に運んだ。

 「ん…!ウマ…!美味しい!」

 自然と声が出て、私は更に口に入れる。

 「美味しいですか?」

声が降ってきて、私はドキリとして一瞬忘れていた男性の顔を見上げた。彼は腰の後ろで手を組んで嬉しそうに笑んでいる。私はずっと疑問だったことを口に出した。

 「あの…どうしてこのケーキ無料なんですか?何でここで私にケーキなんか…」

突いて出てくる疑問に、彼は思い出したように、あぁ、と言って笑った。

 「何か元気なさそうだったから、ウチのケーキ食べてもらおうかなぁって思って」

 その返事に、思わず噛んでいたケーキをゴクンと緊張した喉が飲み込んだ。

 「ウチの店、そこの場所なんだけど、商品が商品だからお客さん増やすの大変で…。時々この道通りかかる人に試食してもらってるんですよ」

 男性は背後の少し5メートルほど離れた場所に建つ、モダンな黒い外観でブラウンの看板の店を指さした。看板には筆記体で『cream plus』という銀色の文字が掲げられている。

 だが、そう説明されて、私は少し疑問に思った。

 「え…、何でお客さん少ないんですか?こんなに美味しいのに…」

 すると彼は、どこか迷ったような顔でちょっとね、と苦笑してみせる。その何とも言えない歯切れの悪さに、私は首をかしげる。


お読みくださりありがとうございました!

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