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第43話 逃げる者

「はぁはぁ……」


狭い路地を懸命にかける。

右と左に分かれた道。


「右だ!」


私と共に駆ける相棒の声を信じ、私は躊躇いなく路地を右に曲がった。


背後から聞こえてくる野太い声。ゴブリンではない。その更に二回りは大きいホブゴブリンのものだ。左に曲がっていたら私のきっと命はなかっただろう。


「はっはっ……!」

「次は左だ!」


更なる頼もしい相棒の声の導きを信じ、狭い路地裏を走り続ける。


以前の生活のようにお腹いっぱい食べられる食料もなく、運動をそれほどしてこなかった私にはくねくねした路地裏を全力疾走で駆け抜けられるだけの体力はない。


こんな世界になっても頼もしい私の相棒だ。


そして、相棒の声を頼りに細い路地を抜けた先は山への入り口だった。


「くっ……」


ここは既に私が生まれ育った街ではない。今の私には、山で暮らすスキルも道具もない。

素人の自分が山に入ったところで生きていくのは難しいだろうと言うことは分かる。


そんな考えに一瞬足を止めてしまった私の耳に鋭い声が響く。


「何をしている! 急げ!」

「え、ええ!」


でも、怖くない。何故ならわたしには心強い相棒がいるのだから。


背後から聞こえてくる汚い叫び声を背に、私は森の中に駆け出した。


ーーー。


それからしばらく歩いた私は息も絶え絶えになりながら小川に辿り着く。


「はぁはぁ……ごほっごほっ! はぁはぁ、お、追っては?」

「付いてきているものはいない様だ」


その言葉に私は崩れる様に膝をつく。そして小川に顔を突っ込み水をがぶ飲みする。


「はぁはぁ」


やっと息を整え落ち着いた私は気にもたれかかる様にして座り相棒を呼ぶ。


「こっちおいで、ロイ」


そう言うと私の相棒はとことこ駆け寄ってきて、膝の上で丸くなる。


その背中をいつもの様に優しく撫で、私の命を救ってくれた恩を労う。そして背中のバックから犬用のジャーキーを取り出してロイに与える。


ロイはすぐさまムシャムシャとジャーキーを食べだすのを見た私は、その犬用のジャーキーを口に運ぶ。


人間用のジャーキーは食べたことがないが、犬用のこれは生臭くて変な味がする。


それでも今の私にはご馳走だ。

ほんの数枚のジャーキー口にして、再度水を飲み、残りをバックにしまう。


「はぁ……お腹すいた」


食料のなくなった家を出て数日、まともな食料も手に入らず、家を出る時に入れたロイ用の食事しかバックには入ってない。


本当はロイのご飯だけど、それを分けてもらっている。


だけれど、やっぱり少し足りない。特にあちこち走り回って移動した身体にはこの量は少なすぎる。


「我慢我慢」


そう自分に言い聞かせ、フカフカのロイの毛皮を枕に目を閉じる。


ーー。


夜も深まり、真っ暗な深夜。


「主人、おい、起きろ!」

「ふぇー……?」


ロイの声に起こされる。まだ真っ暗で何も見えない。


「なに? 何かあったの?」

「しっ! 誰かいる」

「えっ……?」

「誰かいる」


ロイの言葉に私は固まる。こんな山奥、しかも深夜に何者かがいる。更にはこの真っ暗闇の中で活動をしているのだと言う。


「人……なの?」

「魔物どもの匂いではない。だが、怪我をしている様だ。血の匂いがする」

「ええ!? な、なら助けないと!」

「待て! まだ普通の人かどうか分からん」


普通の人。

それが指す言葉の意味をすぐに理解する。


レイスに操られた人の可能性があると言うことだ。


「だけど……そうじゃないなら、助けてあげたい」

「うむ……」


ロイは少し悩む。そして顔を上げ困ったような顔で言った。


「主人の好きなようにしたらいい」

「ごめんね。いつもありがとう」


そう言って一撫でしてから立ち上がる。

そしてゆっくりと音のした方に忍び寄っていく。


「あそこの川辺だ」


ロイが見る視線の先。そこには黒い影が横たわっていた。


「ゴホッゴホッ! はぁはぁ」


暗くて見えないが、咳から女性、しかも歳もかなり若い女の子だとわかる。まだ生きている。


「あっ……!」


まだレイスに操られているのか分からない。でも、自然と足は前に出ていた。


「主人!」


ロイも慌ててついて来る。そのまま走り出した私はその女の子に駆け寄り、ポケットからスマホを取り出してライトで照らす。


「くっ……」


意識は失っているようだが、痛みで呻いている。その痛みの発生源をライトで照らして探すとすぐにわかった。脇腹が真っ赤に染まっていたからだ。


「酷い怪我……。どうにかしないと……」


私はすぐにバックの中から医療キットを取り出して怪我の様子を見る。


医者の娘として最低限の知識はある。すぐに手の消毒を行い、彼女の服を脱がして傷口を見る。


「ロイ、これで傷口照らして!」

「わかった!」


口にスマホを加え、傷口が見やすいように照らしてくれる。


「なにこれ……銃痕……? いや、違う」


傷口は銃痕に似ていた。しかし、どうも少し違うようにも感じる。もっと良く見てみるが体内に異物は残っていないように思う。内臓も多分大丈夫だと思う。


傷口を消毒し、丁寧に縫合する。できれば輸血もしたいが流石にこの状況では難しい。


彼女の回復能力に賭け、丁寧に体を拭き、綺麗なガーゼで傷口を覆い、包帯をして、せめてもと自分の上着を被せる。


「はぁはぁ」


初めての処置に動悸が高鳴っている。上手くできたと思う。だけど生きれるかどうかは少し分からない。


「何があったんだろ」


銃弾に似た何かに撃たれ、必死の思いで水の中に入り、そのまま水の中を移動してきたのだろう。

レイスに操られた自衛隊の人にでも撃たれたのだろうか。


何にせよ生きていてほしい。ロイがいるとはいえ少し心細かったのだ。


「手伝ってくれてありがとうね、ロイ」


そうロイに言うと私は再度眠りにつく。


ーー。


次の日の朝、目が覚め横を見る。


「あ、あれ! いなくなってる! まだ動いていい身体じゃないのに!」


慌てて私は立ち上がる。そして、横で眠っていたロイを揺らす。


「ロイ、起きて! あの子、居なくなっちゃった!」

「ん、ん……? ふぁー、おはよう、主人」


慌てる私と違い、呑気にあくびをしながら挨拶をして来る。


「あの子いなくなっちゃたの! どこに行ったか知らない?」

「ん? 先程落とした得物を探しに行くみたいなこと言ってたぞ」

「ええー!」


私は慌てて準備をしてロイの鼻を頼りに女の子の後を追う。


するとすぐにお腹を抑えて蹲る姿を見つけた。


「も、もう! まだ動いちゃダメじゃない! 重傷なんだよ!」

「……私に構わないで。私の弓、見つけないと……ゴホッゴホッ!」

「わっわっ! 分かった! 私が絶対に見つけてあげるから貴女は寝てて!」


そう言って無理矢理抱き止め、元の場所に戻る。


横にして安静にさせると微動だにしない。気絶するかのように寝てしまった。


「やっぱり傷、癒えてないんだ……」


そう思った私は彼女の顔を改めて見る。血の気は失せているものの、微動だにせず寝ている。


顔立ちは非常に可愛らしいがどこか影を感じる顔だ。


「……あれ、この子何処かで見たような?」


ふとその顔立ちに見覚えがあるような気がした。


「知り合いじゃないよね。同じ学校? うーん……」


思い出せない。確かに見た記憶があるのだが。


少し悩んだが思い出せないものはしょうがない。彼女の弓とやらを探しに行くことにする。


「ロイ、彼女を見てて」

「分かった! 主人、気を付けて!」

「うん」


そう言ってロイと別れた私は、川の上流の方に歩いていく。


それから小一時間ほど、出来る限り目を皿のようにして注意深く探した。だがしかし、彼女の言う弓は見つからなかった。


「うーんせめて矢の一本でも見つかればいいんだけど……」


そう落ち込んだその時、きらりと光る何かを発見した。


「えっ!」


慌てて近づいてみると、そこにあったのは確かに弓と呼べるもの。だけどこれは……。


「競技用のアーチェリー……? はっ!」


倒れた女の子と頭の中で思い出した女の子の顔が重なる。


「そうだ! テレビで見たんだ!」


普段は少し暗い瞳をしていながらも、競技中の的を一点に見つめる鋭い視線は私も思わず続りと背筋を震わせた。


「名前は確か……柏木琴音!」

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