第39話 四人目
「これが自分の知る全てっす。そして……これが和彦さんから託された手帳っす」
話終わると凪は胸のポケットから一冊の小さな手帳を取り出す。その手帳には見覚えがない。記憶のない五日間の内に購入したものだろう。
しかし、その表紙には俺の字で「情報」と書かれていた。恐らくだが、電気が使えなくなる可能性を考えてメモ帳に記載することにしたのだろう。先々のことを考えてか、ちゃんと防水仕様の少し値段の張るメモ帳だった。
「中身、見てもいいか?」
「もちろんっすよ。元々和彦さんのものっすから」
「そうだったな……」
記憶にないから自分のものという気がしない。だが、そこに書かれている文字は確かに俺のものだった。
そして、そこに書かれていたのは俺が記憶を無くした五日間で集めた情報だった。
SNSや掲示板に書かれていた職業別の権能から、魔物騒ぎのせいでほとんど報道されなかったものの職業持ちが起こしたであろう事件。その他にも、今回の事件が長引く場合、増えるであろう魔物リストや、電気、ガス、水道が使えなくなった場合を考えての必需品リストなど多岐にわたって書かれていた。
最後のページには俺のマンションの住所や電話番号、他にも俺に何かあり、これを託した場合の遺書みたいなメッセージまで書かれていた。
正直、自分で見てても少し驚く。
俺はズボラとまでは言わないが、自分のためにここまで細かく何かを書いたりするような人間ではない。さらには遺書のようなものまで書き込むなど、相当の覚悟を持って臨んでいた。
凪の話から推測しても恐らく二日目には既に行動に移していたように思える。何が俺をそこまで変えたのか。記憶にない花京院紬なる少女や、ニュースでは見たことある柏木琴音が俺を変えたのだろうか。
「というかなんで昨日会った時に渡してくれなかったんだ?」
昨日もここに来たのでその時に渡すことはできたと思うのだが。
そんな俺の疑問に対して、凪は困ったような表情をする。
「んー、昨日の和彦さんの様子がおかしかったっすから、ちょっと戸惑ったんすよ」
「あー、なるほど」
数日前まで一緒にいた人間が記憶喪失になったと言われてあっさり信じることは難しいだろう。
「本物かどうか分からなかったのか」
「そうっす! 捜査は和彦さんで間違いないって言ってたんすけど、どうも信じられなくて……。本当に申し訳ないっす!」
「いやいいよ。謝らなくて。信じられないのは当たり前だ。むしろ信じてくれてありがとう」
「当然のことっすよ!」
胸を張る凪に感謝を述べ、俺はもう一度メモ帳に目を落とす。
疑問は尽きない。何故俺は記憶喪失になっているのか。凪と別れた五日目、穴の下でいったい何があったのか。目が覚めたとき、何故俺は自分の部屋にいたのか。
後で再度じっくりこのメモ帳の中身を確認しようと思う。時計を見ると、だいぶ話し込んでいたらしい。そろそろ寝る時間だろう。
「ここに居過ぎたな。そろそろ戻ろうか」
「はいっす!」
やり切った満面の笑みを浮かべる凪を連れて、俺は警察署へと戻っていった。
……。
「遅いわよ」
ラウンジに戻った俺に、澪が早速怒ってくる。こんな長い時間俺達を待っているとは思わなかった。
「すまんな。話が長引いて」
「こんなに長い時間、お二人で何を話してたのですか?」
ちょっと長過ぎたのか、珍しく凛も聞いてくる。それに対し、俺も少し言葉を流しながら答える。
「ああ、俺が記憶を無くした五日間について聞いてきた。それでちょっと長引いたんだよ」
「ふーん、何か有用な話でもあった?」
「まあそこそこにな。やっぱり人間の敵がいるってことと、どうやら魔物を操れる人間がいるってこととかだ」
「そう……。やっぱりあいつは魔物を操ってたんだ」
「ああ、笠原の権能かどうかは分からないが、間違いないようだ」
「皆さん大変で協力し合わないといけないのにどうして……」
「どうだろうな。俺には分からん」
そう答え、俺達はしばらくの雑談に入る。
そんな時だった。
「和彦様!」
そんな声が聞こえ、振り返るとそこにいたのは、俺の記憶の中にはない少女。
「紬……?」
ボロボロの服を纏った花京院紬が立っていた。
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