第36話 凪story DAY4 後編 part1
私と紬は二人で準備に取り掛かる。
「この空間、結構色々な物あるっすね」
女子用の動きやすい運動服や寝巻きや下着などは充実しており、他にも太陽光で充電できるコンセント付きの機械などが多数置いてあり、この中だけでも十分生活できるようになっていた。
「和彦様が異変があった初日や二日目などに電気屋を回ってご購入なされた物が殆どですわ。私の家からご提供させていただいたものなど家具や衣服くらいですもの」
「へー」
初日に私と会ったあの後、どうやら和彦さんは色々な準備をしていたらしい。
「あれはなんすか?」
その奥に、大きな学校一つ分になるのではないかと思うほどの大量の瓦礫があった。
「あれは敵から逃げる用にと、時々和彦様が外から持ってきてらっしゃった物ですわ」
「へー!」
瓦礫で道を塞ぐだったり、遮蔽物に使うなどといった色々な使い道ができそうだ。
「初日に誰もが呆然と事の顛末を眺める中、一人世界の為に動けるだなんて、あぁ素晴らしい方……」
紬がほんのりと顔を赤くして呟く。
その姿はまるで、恋する少女漫画のヒロインのようだった。
私の田中さんへの感情は憧れであり、恋愛ではない。しかし彼女の瞳は、そんな私でもわかるくらいに、人に恋をした瞳をしていた。
こんな世界でも人は人を愛せるのだ。
そう思うと、私は思わず笑顔になり、気持ちが少し楽になる。
その後、二人の準備が終わり、一人で机に座っている和彦さんの下に向かう。
「準備できたか?」
「はい」
「はいっす!」
私たち二人は少し深めの帽子を被り、動きやすい服に、ショルダーバッグを背負った姿。私は私服もこういう格好をするが、お嬢様の中のお嬢様である花京院紬がそんな姿をしているのは正直違和感しかない。
和彦さんは帽子にサングラス、黒い長袖長ズボンの格好をしていた。
私達と違って、和彦さんはバッグなどは背負っていない。腰に少し刃渡りの大きいナイフを一本差しているだけだった。
私達がバッグを背負っているのは分かれて行動したりする可能性があるからだ。それに和彦さん曰く、トラップなどが仕掛けられてて予想外の逸れ方をすることもあるそうだ。
だから一日分ではあるが食料と水も入っている。
「まあ心許ないと言えば心許ないから、そうならないよう祈ろう」
「はい!」
「もちろんっす!」
「じゃ、行こう」
そう言うと和彦さんは私達の手を握り、次の瞬間には辺りの風景はガラリと変わっていた。
「ここが例の……」
「ああ」
そこは山の上に建てられ、既に使われていないことが分かるほど廃れた病院であった。
窓ガラスは割られ、建物の彼方此方にひびが入り、病院を囲う鉄柵にはサビが入っていた。
明らかに人がいないことがわかるのだが、和彦さん曰く、この建物から大量のレイスが出たところを紬が見たそうだ。
スマホでの動画も撮影されており、その動画は私も確認した。確かに異常な数のレイスがこの病院から飛び去っていた。
もしかしたら病院で死んだ人の霊を魔物化してレイスへと改造しているのかもしれない。
魔物の生態が分からないためなんとも言えないのが現状だ。しかし、ここに今回の事件の元凶、もしくはその手がかりがあるかもしれない。
まだこの廃病院に大量にレイスがいる可能性がある以上、警察や自衛隊では対処できないだろう。
しかし、こちらには紬がいる。魔法には全く耐性のないレイスに対しての天敵といっていいだろう。
今は午前11時過ぎ。念のため暫く廃病院を遠くから見張り、いつも魔物が現れる時間まで待つ。
「「「……」」」
息を潜めて廃病院を見張る。それから暫くして時間がやってくる。
「「「……」」」
それから30分ほど待った。しかし、何も出てくる気配はなく、何かが動く気配もない。
「何も出てこないな」
「そうですわね」
「そうっすね」
もちろん油断はできない。レイスの例もある。幽霊系の魔物もファントムやスペクターといった他の魔物も存在するらしい。
「……とりあえず何かが動いている気配はない。だが、レイスで終わりとはとても思えない。絶対に次がある。それを確認せずに中に行くのは少しリスクが高いと思うが……。二人はどうしたい?」
侵入か待機か。
「リスクを考えると尽きないかと。私はお邪魔させていただきたいです」
「自分もっす。こうしている間にも被害が出てるっすから一刻も早く解決したいっす」
「分かった。じゃあ行こう。凪、細かく捜査を頼んだぞ」
「はいっす!」
捜査で人がいた証拠を見つけ、ここで誰かが何をやっていたのか調べるのが私の役目だ。
三人でこっそりと行動を開始する。窓から見えない位置まで大回りをし、壊れた鉄柵の隙間から敷地内に侵入する。
そして裏口から建物の中へと入る。
建物の中はやはり少し薄暗く、寂れている。とても人がいるようには思えない。
「凪、廊下を見てくれ」
「はいっす。捜査」
捜査を使い、病院のツルツルした床を見てみる。
すると、また今までのように読み取れない情報が頭に入ってくる。しかし、その中の一つに、昨日の午前中から今日の朝にかけて、埃の積り具合、その埃の靴底の跡から五人以上の人間がこの病院を歩いていたことがわかった。
早速それを二人に伝える。
「五人? そんなに?」
「そうっす。成人した女性物の靴跡が二つ、成人の男性物が一つ、杖をついた老齢の男性物が一つ、後は15歳前くらいの男の子の靴跡が一つっす」
「多いな……。もしかして誘拐、とか?」
「そこまでは分からないっす。でも足跡の間隔からしっかり歩いてるように思えるっす」
「ということは全員敵の可能性大ってことか……」
「多分……」
「そうか……」
事前に言われていた。人との殺し合いになるかもしれないと。
それを考えると心臓の辺りが少しヒヤリとする。だが、私が人を殺すことは恐らくないと思う。そして、殺し合いになった時に恐らく人を殺すのは……。
「和彦様。両親を殺され和彦様に助けられた時から私の覚悟は決まっております。どうかお気になさらず」
紬が私でも見たことがないほどに真剣な眼差しをしていた。それに対し、和彦さんもしっかりと紬の瞳を見て答える。
「責任を紬だけに押し付ける気はない。お前は俺の命令で人を殺した。責任は全て大人の俺にある」
「和彦様……」
紬の瞳は和彦の言葉でうっとりしていた。和彦さんはその瞳を受け、恥ずかしそうに目を逸らす。
「おほん、じゃあ探索を続けよう」
「はい!」
「はいっす」
こんな元気な紬は見たことがない。張り切りすぎて少し不安になるくらいだ。それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。
紬の家庭は古くから華族であり、紬自身、親の厳しい教育方針により週8で習い事をしていると聞いた。両親が死に、習い事の鎖から解放され、自由になり、紬が望んでいた王子様まで現れた。
その姿、いやその生い立ちはまるで悲劇のヒロイン。紬が語っていたお姫様そのものだった。
両親が死んだことで見れた世界を彼女は楽しんでいる。それを考えると、私の心は少しモヤッとしてしまう。
「凪……?」
「えっ?」
思わず、自分の世界に入り込んでいた。しかし、和彦さんの言葉に我に返る。意識を戻すと、和彦さんと紬が心配そうにこちらを見つめていた。
「凪さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫か? もしかして捜査って何か負担があるのか?」
和彦さんが心配しながら聞いてくる。それを聞いて、私は慌てて首を横に振る。
「そんなものないっす! 自分、まだまだ行けるっすよ!」
「そうか。それは良かった。辛かったら言えよ」
「そうですわ。遠慮なくなんでもおっしゃってください!」
「ありがとうっす!」
(危ない危ない。今は敵地に侵入中。ぼうっとしている余裕なんてないっすよ!)
心の中で自分に喝を入れ、再度気合を入れて捜査を開始する。
やはり五人、後からきた人間もいるが、何日も前からこの廃病院を根城にして歩き回っていた跡がある。
しかし、現在は人の気配はなく、今日の昼頃から人が歩いていた形跡は見当たらなかった。
もうこの廃病院から別の拠点に移動したのだろうか。
そんな時だった。
五人の足跡が、一つの部屋に集中しているのを見つけた。しかもその部屋には頻繁に出入りしているのか、埃が殆ど積もっていなかった。
今朝も全員がこの部屋に入ってから誰も出ていない。
ドアの隙間から中を覗き、誰もいないことを確認する。さらに、私の捜査で監視カメラがないか確認する。
だが何も捜査には引っかからなかった。
「何もない?」
「はいっす」
「そうか。うーん敵を心配するわけじゃないが少し不用心過ぎないか?」
「そうっすね。何か罠っすかね?」
そう言ってみたものの何か違うような気がした。
「引くっすか?」
一旦引いて様子見をするという手もありだ。しかし、紬がそれに反対する。
「凪さん、御言葉ですがここで引くのはあまりお勧めできないかと。敵は魔物を増やせるのですから、魔物がいない今がお邪魔させていただく絶好の機会かと思います」
「うーん、それもそうっすけど」
紬は潜入続行を推してくるが、私は少し不安を感じてしまう。
「凪は反対か?」
「反対と言うほどではないっす。でも少し不安は感じるっす」
「そうか……」
和彦さんは少し考え込む。そして出た結論は潜入続行だった。
「敵は俺らのことを知らないはずだ。未来予知……なんて職業は流石にないと思いたいが。そこまで考え出したらキリがない。最悪三人固まっていれば俺の収納空間で一瞬で逃げられる。続行しよう」
「分かったっす」
少し不安は残るものの、私も覚悟を持ってここに来ている。頭の中を切り替え、警戒と捜査に専念する。
病院がまだやっていた時は霊安室だったのだろう。少し長い廊下に幾つかの扉が並んでいた。
廃病院のため、遺体は全て別の場所に移すなり、お墓に埋めるなりしているはずだが、何故だか少し肌寒いような気がする。
私は捜査を細かく行い監視カメラや盗聴器などがないかを探る。だが、やはり何も対策はされていなかった。
そして一つの霊安室の部屋の前まで移動する。
「ここっす。他の部屋は殆ど誰も立ち入ってないっすけど、ここだけ何度も人が出入りした跡があるっす」
その部屋の扉は他の霊安室と何ら変わらない見た目をしていた。しかし私は分かる。ドアノブや床の埃が殆どないことが。多少ではあるが綺麗に拭かれていることが。
「……突入する。凪もこの盾と武器を構えとけ」
そう言うと和彦さんは収納空間の中からライオットシールドと呼ばれる警察官などが使っている防弾盾を渡してくれる。
これらも売っているお店があるらしく、ちゃんとお金を出して買ったらしい。
続けて自分の分のライオットシールドを取り出すと、部屋の扉をゆっくり開ける。
そして勢いよく扉を開け、中に突入する。
「動くな!」
和彦さんが手に持った大振りのナイフを構えながらそう叫び、紬が指を銃の形にして水鉄砲の発射態勢に入り、私は背後を守るようにして中に入る。だが、そこは他の霊安室と変わらない暗い部屋だった。
和彦さんは部屋の隅から隅まで見るようにキョロキョロと見渡してから、すぐに地下へと続く床の扉に気づく。
「地下か……」
私の捜査を使ってもそこに人が出入りしているのがわかった。
「罠があるか分かるか?」
「はいっす。どうやらそういったものは仕掛けられていないみたいっす」
「うーん……」
地下となるとやはりすぐに答えを出せないのだろう。和彦さんが悩んでしまった。しばらく沈黙が続いたが、突然紬が前に出る。
「和彦様、行きましょう! 悩んでいても仕方ありません。時間はこちらの敵であり、お相手の方の味方ですわ」
「……それもそうだな。悩んでいても解決案出そうにないしな。その代わり、危なくなったら即座に撤退する。いいな?」
「はい!」
「わかったっす!」
結果、紬の案が取り入れられ、私達は地下の扉を開け、中に潜入した。
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