第30話 凪story prologue
自分のことを「自分」と言い始めたのはいつの頃からだっただろうか。
偶々運良くお金持ちの家に生まれて、優しい両親に言われたことをただ淡々と過ごす日々。
それをつまらないと感じたのはいつの頃だっただろうか。
「楠さん、おはようございます」
「東雲さん、おはようございます」
「ご機嫌よう、楠様」
「ご機嫌よう、赤石さん」
親に決められた進路で、お金持ちのお嬢様が集まる学校で清廉潔白に過ごす毎日は、とても退屈なものだった。
だからそんな生活を少しでも変えたくて、一人称を「自分」に変えてみた。口調もそれっぽく変えてみる。
すると、周りの私を見る目が変わり、生活が一変したように思えた。楽しい。
天真爛漫で、自由奔放で、それでいて悠々自適。
そんな「自分」を演じることは、まるで周りの人間が破れない規律や常識という殻を、一人破れた気がして嬉しくなっていた。
当然、少なくない友人が私の下を離れていった。それは少し悲しいことだけど、仕方がないことと諦める。もう堅苦しい私には戻れないのだから。
ただ、異端な私にでも仲良くしてくれる友達はいた。それがこの学校でも有名な双子の姉妹、白雪凛と白雪澪の双子姉妹だ。
「凪、相変わらず変な口調よね」
「もう澪!」
「あっはっはっは! いいっすよ! 事実っすから」
妹の澪は相変わらず辛辣だ。幼稚園舎からのエスカレート組の私と違い、高校進学時に編入してきた二人は他のお嬢様と違って話しやすい。
言いたいことを率直に言ってくれることにも好感が持てる。
だから一緒にいる。
他にも何人か、異端な私に偏見を持たず、仲良くしてくれる友人はいる。双子の姉妹とも仲がいい花京院紬などがいい例だ。
彼女の語る恋愛話の面白さは私にはまだ分からないが、それでも話していて楽しい。
でも何か、何処か物足りない。昨日と変わらない今日を過ごし、今日と変わらない明日を過ごす。心の中に僅かに生まれた隙間は彼女達をもってしても埋められなかった。
「なんか面白いこと起きないっすかねー」
「あら、それでしたら恋でもしてみては如何でしょうか?」
「うーん恋っすかー?」
「ご興味がおありですか?」
「今が何か変わるのならしてもいいっすけど」
「変わります! 何故なら恋というものは……」
熱く語る紬だが、残念ながら私にはあまり魅力には感じなかった。そもそも、紬の語る理想である白馬の王子様が来るような状況がない。
男性の魅力、というのもよく分からない。
白馬のお姫様ではいけないのだろうか。
少なくとも自分は、今のこの停滞した現状を変えてくれるならどちらでも大歓迎だ。
放課後、何か面白いものはないかと探す日々。しかし、そんな非日常的な事は現実では起きなくて。少しがっかりしながら帰宅する。
漫画やアニメを見てはそんな日常を妄想し、この秘めたる欲求を解消する。
そんな時だった。
「ああああああぁぁぁぁぁーーーーー!!」
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!)
物凄い頭痛と共に目を覚ます。尋常じゃない痛みだ。今までの人生の中で一番と言っていい激痛。脳味噌を直接握り潰されているかのような暴力的な痛み。
何も分からない。何かされたのか分からない。そんな不安すらすぐに書き換えてしまうような激しい頭痛。
(誰か……お母さん、お父さん、助けて!)
しかし、誰も助けに来てくれない。激しい頭痛に全身から汗を吹き出し、ベッドの上を跳ねるように痙攣する。
「あっ……あっ……」
痛みは続き、意識は朦朧とし、悲鳴すら上げられなくなる。
そんな時だった。無機質な声が朦朧とした頭の中に響いてきたのは。
『ワールドオーダーより抽選の結果、15歳女性、学生、楠凪にジョブ権限【探偵】を与えます』
『ジョブ権限【探偵】より、権能【捜査】の使用を許可します』
その声が終わると同時に、頭痛は収まり、意識が途絶えてしまった。
次話、六千字超えます。よろしくお願いします。
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