第25話 内情
「和彦さん、何処にいたっすか!? 自分、ずっと心配してたっすよ!」
「え? え?」
訳がわからない。幼いながらも整った顔。漂ってくる品。特徴的な口調。
こんな子、一度見たら忘れる訳がない。だが、俺の口から出たのは、「……誰?」だった。記憶には全くないのだが、どうやらこの子は俺の知り合いらしい。
周囲からの視線も痛い。待ち人に出会えた女の子に対する、よかったねという温かい視線と、誰だあいつはという奇妙なものを見る目。
部屋に戻りたい。しかし、俺に抱きついて泣く少女をどかすことは流石にできない。
せめてもと思い、壁際により凪の背中を撫で続けるのだった。
……。
「ええー! 記憶なくしちゃったっすかー?! じゃ、じゃあ自分のことは?」
「いや全く。申し訳ない」
俺は困った顔で驚く凪に答える。
泣き止んだ凪と澪と凛で机を囲み、水を飲みながら雑談に入る。
「ええー! 背中を任せあった仲じゃないっすかー!」
「そう言われてもな。全く記憶にございません」
「ってことはー……」
そういうと、凪は俺にゆっくり顔を近づけてくる。
「えっ?」
近づいてくる凪の可愛らしい顔。真っ赤で小さな唇に思わず目がいく。
キスされるのか。
そう思い、俺は思わず唇を突き出す。
しかし、凪はそのまま俺の唇を通り過ぎ、俺の耳元に口を寄せる。
「もしかして《《空間魔法使いのこと》》、覚えてないんすか?」
「え……?」
俺はキョトンとした顔で固まってしまった。
……。
その後すぐ凪だけを連れて、人が居ない隅っこに行く。そして、周りに誰もいないことを確認した後、凪の手を掴んだまま収納空間に入る。
「おー、数日ぶりっす! あの時より荷物が整ってるっすね!」
(やはり俺の収納空間、しかもそこに入れることまで知ってるな……)
それを確認し、早速先程のことを聞く。
「それで……なんで俺の職業を知ってるんだ?」
「えー? どうしよっかなー? 教えよっかなー」
イラっときた俺の視線が険しくなるのが分かったのか、凪が慌てて謝ってくる。
「ご、ごめんないっす! それはもちろん和彦さんに聞いたからっすよ!」
「まあそりゃそうか……」
当たり前だ。人の職業を覗ける職業でもなければ分かるはずがない。
しかし、まさか権能ではなく、職業の方を知っているとは。
俺が空間魔法使いの職業を持っていることはあの双子の姉妹も知らない。
俺の記憶にない俺が喋ったのか。それほど信頼を寄せていたのか、それとも当時の俺に警戒心がなかったか。
とにかく大事なことを聞いてみる。
「それ、誰かに話した?」
「いやいや話してないっすよ!」
「誓って?」
「誓ってっす!」
(うーむ……、嘘ついてるかどうかわからん)
そもそも彼女には本当のことを言う義務がない。だから嘘をつかれても怒る権利など俺にはない。
ただその純粋な瞳はとても嘘をついているようには思えない。とりあえず信用することにする。
「じゃあその、君には義務は全然ないんだけど、改めて俺の職業について誰にも言わないでいてほしい、お願いできるかな?」
「もちろんっすよ! 恩人の秘密なんて誰にも言う訳がないじゃないっすか!」
胸をドンと叩き力強く頷いてくれる。
若干の不安があるもののこれは信用できそうだ。
「ありがとう。あ、何か飲む? 冷たくはないけど色々あるよ」
「え、ほんとっすか?! じゃあ甘い飲み物が欲しいっす!」
「リンゴジュースとブドウジュース、どっちがいい?」
「リンゴジュースで!」
「分かった」
俺は頷くとキッチンの棚からリンゴジュースをとってコップに注ぐ。
「どうぞ」
「いただきます!」
コップを差し出すと、凪は両手でそれを掴み、ごくごくと飲み干す。
「ぷはー、やっぱり甘い飲み物は美味しいっすねー!」
「あそこには甘い飲み物とかないの?」
「ないっすよー。最低限の衣食住はあるっすけど、基本的に贅沢品や嗜好品は個人のものっす」
「え、共有されないの?」
それは意外。
「小学生以下の子どもには配られるっすけどね。中学生以上はもう男女問わず働いたらって感じっすよ」
「へー、働いたらねー……」
「食料とかって基本的に外に行く人が取ってくるんすけど、嗜好品とかは贅沢品は取ってきた人が優先的に貰えるんす」
「危険手当て的な?」
「そうだと思うっす」
まあ命懸けではあるだろうから危険手当くらい貰ってもいいと思うが、全員がそんな考えを持っているわけではない。
「それって軋轢生まないか? 外に行くのって男だけだろ? 女は文句言わないの?」
「一度だけ連れてって言い寄ってるの見たことあるっすよ。けど断られてました」
「うーん……」
遠からず一悶着ありそうだな。
「上の方の人はなんて言ってるの?」
「いえ何も」
「あー……」
これはあれだな。見て見ぬ振りだ。まあ気持ちはわかる。そんなこと勝手にやっていてくれと言いたいのだろう。
「警察の人も『今現在、我々が守るのはこの場にいる市民の安全、および衣食住の保障です。嗜好品に関しましては民事ですので不介入とさせていただきます』って言ってるっす」
「不介入ねぇ……」
みんなで一斉に我慢するなら我慢できても、自分は我慢しているのに横でタバコふかしながらお酒やつまみを食べられたらたまったもんじゃないだろうな。それを果たして民事で済ましていいのか。
「全員ってわけじゃないっすけど、日に日にそういう人が増えてるっす」
「なるほどね」
更に、気になることをいくつか聞き、そろそろ戻ろうかと立ち上がる。
「今日は色々ありがとう。聞いてばっかりでごめんね。何かあればいつでも言ってくれ、力になるから」
「こんなこと全然大したことじゃないっすよ! 自分は和彦さんに命を救われたんすから!」
「そうか、ありがとう。……覚えてなくて本当ごめんな」
「別にいいっす! 生きてただけ嬉しいっす!」
ここまで言われると覚えていないのがすごく申し訳なくなってくる。とはいえ、全く覚えていないのだからしょうがない。
「じゃあ戻ろうか」
「あの、じゃあ、自分も一つだけ。和彦さんにお願いしてもいいですか?」
「うん? 色々聞いたし、大抵のことは聞いてあげるよ?」
ここにあるもので何か欲しいものでもあるのだろうか。
「ありがとうっす。それでその……」
「うん」
凪が急にもじもじし出す。手を前でいじり出し、頬を赤らめて恥ずかしそうにこちらをチラチラみる。
「その……前みたいに下の名前で呼んでほしいっす」
「え?」
前も俺は凪を下の名前で呼んでいたのか。
「それは全然構わないよ、凪」
「……うぅ」
下の名前で呼ぶと、凪は俯き涙を流す。
「泣くなよ」
「すみませんっす」
涙を流す凪の頭を俺はまた泣き止むまで撫でてあげたのだった。
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