第18話 仲裁
「「え?」」
俺の叫び声に白雪姉妹が唖然とした顔をする。
完全に忘れていた。30連勤より少し前、13連勤の激務があった時の話だ。天下の往来で女子校生にナンパをしている40代の男がいたので、腹が立って仲裁に入ったのだ。
そういえば昨日、お腹が空いて死にそうみたいなことを言っていたが、確かに記憶の中の男よりも一回り痩せている気がする。
それが澪に会えないストレスによるものなのか、はたまた今回のことで食べる物がなくなったからなのかはわからないが。
「澪の話にでてた笠原ってあんたのことだったのか」
笠原と揉めて別れた後、すぐに頭を仕事モードへと切り替え、激務をこなしたのですっかり忘れていた。
記憶に留めるようなことでもなかったし。
「え、え? ちょっと待って。じゃああの時私を助けてくれたのって……」
「俺ってことになるな。こいつが複数人に同じことをやってなければ」
「俺は澪たん一筋だ! お前ぇ、俺の澪たんに手ェ出したんじゃねぇだろうなぁ!」
うるさい。まともに会話ができそうになかったので、もう一度笠原の口にガムテープを貼り付け、客間に転がす。
そして俺達は二階に上がり、俺が借りている彼女達の父親の部屋に集まる。
「いや、偶然って本当に怖いなぁ」
まいったまいった、と頭をかきながら俺は二人に声を掛ける。まあ実際は家が近いんだし、近場の駅も一つしかないのでそういうこともある。
「ねぇ……本当に私を助けたのって貴方なの?」
「多分な。女の子の方はよく覚えてないけど、笠原の顔は思い出した。まず間違いない」
「じゃあ……その、ありがとう」
頬を赤らめて感謝の言葉を述べる澪は非常に魅力的だった。しかし、棚からぼた餅的な感覚の俺からすれば、複雑な感情を持たざるを得ない。
「え、ああ、うん」
「なによ! 私が感謝してるのになんでそんな歯切れ悪い感じ出すのよ!」
「うーん……」
別に感謝されたくてやったわけじゃないし、澪のためにやったわけでもない。
ただ、朝早くから女の子にナンパしている暇な男と、何もせずニヤニヤしながらカメラを向けている周りの野次馬にムカついたからその怒りをぶつけただけだ。
つまりは自分のストレスの発散である。
女の子を助けるための正義感で行った事ではない。
だから感謝されてもピンとこないのだ。ついさっきまで完全に忘れていたわけだし。
プンスカと腹を立てている澪を置いて、俺は凛に向き直る。
「あ、さっき笠原の話から疑問に思ったんだけど二人の親が家にいないのをなんで笠原が知っていたのかわかるか?」
「いえ、分かりません。両親も近しい人以外には誰にも言ってないと思います」
「そうか……」
考えすぎだっただろうか。
「ちょっと……」
俺が悩んでいると澪が袖を引いてくる。
「無視しないでよ……」
「え?」
無視した覚えはないのだが。
「ごめんごめん。それで澪も分からない?」
「……分からないわ。警察に行ってからはさっぱり見なくなったし」
「そうか……」
俺は悩む。偶然、という可能性は十分考えられる。二人の両親だって周りにバレない様にこっそり要人の様に空港に行ったわけではないだろう。普通に玄関からタクシーなりで空港に向かったはずだ。
人の口には戸は立てられないというし。
そう思った俺はそこで原因について考えるのをやめ、笠原の今後の処遇について考えるのだった。
……。
…………。
………………。
「あれ、どう思う?」
白雪家の向かいの家の屋根。
そこには真っ暗な服を着て、フードを目深に被り、顔を隠しながら白雪家の様子を探る二人の男の影があった。
「あれ、とは?」
白雪家の窓はトイレ以外きちんと閉められており、カーテンも締切なので中の様子は二人には分からないはずだ。
しかし、一人はまるで白雪家の様子がわかるような口ぶりでもう一人の人間に聞く。
「あー、事前の情報になかった男がいて、そいつか、もしくは……あれは姉か? がタンスを一瞬で消しやがった」
「タンスを消した? 持ち上げた、ではなく?」
「ああ、タンスはかけらも残さず消えたぜ」
「……職業持ちか」
自問自答するように呟く相方に、部屋を覗いていた男はさらに話を続ける。
「どんな職業だと思う?」
「……まだなんとも言えん。直接見たわけではないからな」
「そうかい。それにしてもまさかこんなところにまだ職業持ちがいるなんて思わなかったな」
「我らとは別グループの人間か、或いは野良か」
「野良ならさっさとスカウトしたほうがいいと思うぜ? どういう職業かわかんねぇが、ありゃまず間違いなく有能な権能を持ってる」
「では……、試すか」
そう言うと、男はポケットからスマホを持ち出しどこかに連絡をした。
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