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悪魔令嬢の目覚め

「なあ、知ってるか?ここの牢に封印されてる女の噂」

「ああ……聞いたことがある。とんでもない美人らしいな」


声が、聞こえてきた。


私は牢の中で首を上げる。身体に巻き付く幾つもの鎖がジャラジャラと音を鳴らす。


何年ここに留まったのか覚えていない。今まで寝ていたのか起きていたのか定かではない。


表情は大半が忘れた、感情の昂りも殆んどない。


私はかつての私とは違う生き物になってしまったのだろう。


「確かクルシュ・アリアドネだったけか?」

「ああ。『悪魔』クルシュ・アリアドネ、元アリアドネ公爵家の次女で黒魔術によって悪魔に転生した化物だ」


ああ、そんな名前だったっけ。もう名乗ってないから忘れていた。


確かに、私は黒魔法のせいで悪魔に転生した。


翼は毟り取られ、尾は引き抜かれ、角は斧で切り落とされたから忘れていたから私が悪魔だって忘れていた。


「うっへぇ……悪魔かよ」

「襲おうとするんじゃねぇぞ。命が吸い取られるぞ」

「へいへい……と」


外の世界か……少し気になるかな。


「今は聖火歴何年?」

「ああ?……確か聖火歴1963年だった筈……!?」


……そう。もう300年も経過していたのね。


衛士の息を飲む声が聞こえながら私は薄ら笑いを浮かべる。

300年もの間、両腕を鎖に繋がれ、足枷をつけられ、首輪を付けられていたのね。


「国名は何?」

「マリトシス王国だ。250年前に貴族の一つがクーデターを起こしてそのまま当時の王家を打ち倒して新たな王になった……!?」


マトリシス……確か貴族としての爵位は伯爵。けど誰よりも国を思い、国を憂い、民を愛した貴族。時期から考えると……あの子か。


なるほど、あの時の少年が千年帝国に終焉を迎えてくれたのね。


私が少し笑っていると牢の格子の間から剣の刃が入れられ首に突きつけられる。


「貴様、何をした!?」

「何も。ただ私が問い貴方たちが答えた。それだけの話よ」


300年、長いのか短いのか分からない。でも、予想していた以上に何も感じなかった。


私は身体を動かすと鎖がジャラジャラと音を奏でる。


『魔素吸いの鎖』。エネルギーである魔力になる前の状態である魔素を吸い取り動きを制限する特殊な鎖。確か、アルザ教会のものだった筈。


「なっ!?」


けど、経年劣化には耐えられない。


鎖を雑草を千切るように引き抜き首輪や足枷を握りつぶして取り外す。


確かにこの鎖はとても優秀だった。けど、それだけでは足りなかった。300年という時間は物を劣化させるには充分な時間だ。


慌てた様子で牢を開けて入ってくる衛士は互いの間合いに入らないよう距離を取りながら剣を構えてくる。


「動くな!ここで動けば殺すことが了承されている」

「殺されたくなければ大人しくしていろ!」

「……『悪魔とは簒奪者である。命を、知恵を、技巧を、心を奪う簒奪者である。我らの神はそう預言の子に教えた』。古アルザ教典第三章より抜粋」


即ち、私という存在は人から全てを奪う簒奪者であれと願われている、ということだ。


私はゆっくりと二人の間を歩き、一人の腕を掴む。


「あぁ……気持ちいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


衛士は絶叫と共に目が発狂したように白目に変わる。


「貴様ァ!!」


もう一人が私に向けて剣を振り上げた時点で衛士は干からび手から剣が手から溢れ落ちる。


私は落ちた剣を拾い上げ振り下ろされる剣を防ぐ。


「くっ……!?」


続く攻撃を同じ攻撃で弾き体勢を崩すと肩を突き刺し壁に叩きつける。


衛士が抵抗しないよう剣を持たない手で衛士の首を掴む。


「なっ……あっ……」


衛士は口から涎を垂らして項垂れ、次第に干からびたようにしわくちゃとなり絶命する。


私は干からびた衛士から手を離す。衛士は地面に落ちて倒れる。


悪魔は他者の知識や経験、活力、魔素、生命力を奪える。本来なら性の交わりでのみ奪えるとされているが、それは大きく違う。


交わりで奪うのは単に悪魔にとってそれが快楽だから。やろうと思えばキスや噛みつき、握手でも相手の全てを奪える。


私は体内の魔素を滾らせると背中から翼が、臀部からロープのように細く先端がハート型の尾が、額から五画錘の角が生える。


悪魔は教典において様々な姿で現れる。その理由は魔素で自分の姿を自在に変えれるから。そして、魔素があれば翼や尾、角は簡単に元に戻せる。


私は翼、尾、角を消して通路を歩く。今は必要ない器官だからだ。


私が入っていた牢以外は格子が壊れていたり苔が生えていたりしていた。


人の気配はない。それどころか牢として機能していない。国の監獄かと思ったが完全に違う場所だろう。


私は階段を上がり古びた木の扉を開けて外に出る。


久方ぶりの日の光に目を細め手庇を作る。


私が出たのは廃教会だった。天井は崩れ落ち、均等に並ぶ長椅子は壊れている。立ち並んでいた彫刻の多くは崩れ落ち、数少ない未だに立った彫刻は蔦に曲かれ苔に覆われている。壁面は未だに形を保っているがステンドグラスは粉々に砕けている。


どこか美しさを感じる廃教会の石畳の上を歩いて外に出る。


辺りには様々な花が咲き乱れる花園だった。


風が吹くと花弁が舞い、花畑のようにも見える。


ああ、そういえば。


私は自分の姿を見る。


服と呼べる物はなく布がごく僅かに残っているだけだった。


300年も経過していたら収監された当時の服なんて形すら残ってないか。


私は魔素を魔力に変換し黒いドレスを身に纏う。


角や翼、尾を隠したのと同じ要領で服は作れるようだ。


さて……と、私は何をしようか。


花畑の中で立ち止まり、空を仰ぎ見る。


私はこの国をどうこうするつもりも無ければ干渉するつもりもない。そもそも、300年も過ぎてしまい私が悪魔に転生したことを憶えている当事者もいない。


両親も兄も妹もいない、誰一人として私を知っている人がいない世界。


でも、私はこの世界で生きていかなければならない。


……そういえば、私はこの世界の事をよく知らない。元々が公爵令嬢だったから屋敷から出ることはあまり無かったし、出たとしても茶会やパーティーだけ。


普通の平民が何を食べ、どのように暮らしているのかも分からなければどんな場所があるのかも分からない。


「この世界を見て回ろう」


私は花畑の中を歩き始める。


私が幽閉されてから300年が経った世界、そこに何があるのか分からない。


けど、絶対に退屈することはないだろう。


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