第95話 再会のやり直し
かくして帝都ドラゴグラードの皇城で行われた夜会に、皇女ミランダが現れた。
ドレーブが美しい漆黒のドレスに、ふくよかな胸元を飾る大きなダイヤモンド。それと対になるように作られた、ダークブロンドの髪を飾る美しいティアラ。
妖艶な緑の瞳の美魔女は、皇后リュドミラの数倍上を行く圧倒的な存在感で、場を支配した。
その後ろにいる清楚なパウダーピンクのドレスを着た少女もまた、注目を集めていた。
宝石ひとつ身に付けておらず、控え目な装いのたおやかな美少女だ。
……大輪の深紅の薔薇と、可憐なピンクの木春菊、といったところか。
ミランダは皇帝オレーグに挨拶をしたが、リゼットを紹介しなかった。
この場にいる者のうち、リゼットの顔を知る者は、彼女がアレクシスの婚約者だと知っているが、彼女をそう紹介しなかったことで、ミランダがリゼットを侍女として扱っていることが伝わった。
そこを正しく突いたのはヴィクトルだった。
儀礼用の濃紺の騎士服に身を包み、晴れて恋人となったオリガを伴って、久しぶりに夜会に姿を現した叔母に挨拶をしに近づいてきた。
『叔母上、お久しぶりです。叔母上のアレクシスには、タルール時代からよく支えてもらっています。コネーハヴェもいいでしょうが、帝都にもこうして度々出て来て頂きたいですよ』
『ヴィクトル殿下、この度は魔鉱脈発見おめでとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。息子が役立ったのなら、何よりですわ』
と、一通りの挨拶の後、
『ところで、叔母上。こちらのレディをご紹介頂いても?』
『彼女は私のもとで行儀見習いさせている者よ。リゼット、ご挨拶なさい』
打ち合わせ通り、リゼットはヴィクトルに膝を曲げて挨拶をする。
『お久しぶりです。ヴィクトル殿下。今はリゼット・グレーンフィーン・レイマーフォルスと申します。タルールではお世話になりました』
ヴィクトルは白々しく、大声で叫ぶ。
『おお、あのリゼットか! 見違えるほど美しくなって、誰か分からなかったよ!』
これでリゼットに興味を持った他の帝国貴族への紹介は終わった。
……さぁ、悋気持ちのアレクシスは黙っていないはず!
***
アレクシスは自分の正体を暴露されてから、ジーラント貴族の集まりには参加せずにいたが、ヴィクトルに、
『明日の夜会は絶対に出ろ! ミランダ様がリゼットを連れてコネーハヴェから出て来るぞ!』
と言われ、今日の夜会に参加した。
アレクシスは、母ミランダとは距離を置く方が良いと思い、リゼットが執拗に母との関係修復を迫ってきても無視していたが、こういう手段に出てこられては、対応せざるを得なかった。
リゼットは未だに正しく「人質」だった。
ヴィクトルは大声でわざとらしく、リゼットの名を周囲に向かって広めている。
アレクシスは、イライラとしながらヴィクトルに近付いた。
『ヴィクトル、何の芝居だ?』
その集団が一斉にアレクシスを見たので、その中に埋もれていた、リゼットの姿が見えた。
……アレクシスは不覚にも、初めて見るリゼットの可憐なドレス姿に見惚れてしまった。
『おお、アレクシス! 王国から君の婚約者のリゼット嬢が来ているぞ!』
ヴィクトルは半笑いで芝居を続けていた。
***
アレクシスは前回の祝賀会で正体を知られて以降、髪を染めるのをやめたので、騎士らしい短い髪は、エアデーン王族の色であるプラチナブロンドに戻っていた。
リゼットと再会したときは黒を基調としたシンプルな騎士服で、それも似合っていて格好良かったが、今夜は、濃紺を基調とし、翼竜が銀糸で刺繍された儀礼服を着こなしていて……。
──アレクシスは、本当に王子様だったんだ……。
リゼットは今更ながらに気づいた事実に、ドキドキする心臓を必死で抑えながら、大真面目に挨拶をした。
『アレクシス様もお久しぶりです。今はミランダ様の侍女として、夏の間だけお世話になっております。……お会い出来て、……嬉しいです』
そう言って顔を上げると、目が合ってしまい、パッと顔を赤らめた。
そしてなるべく可愛らしく見えるように、ニッコリ微笑んで見せた。
ミランダも内心の動揺を完璧に隠して、息子に挨拶をした。
『アレクシス、お久しぶりね。立派になって……。ジーラントの皆のため、尽力してくれたこと、感謝しています』
ミランダは心改めて、息子アレクシスの功績を認めて、他の者に聞かせるように誉めた。
リゼットにはそのことが、とても嬉しかった。
***
アレクシスは、ヴィクトルが企画した同窓会にリゼットを連れて行った時に、オリガとこそこそ話し合っていたのは、今、大根混じりの役者たちが演じている「再会のやり直し劇」のことだったのかと、合点がいった。
……リゼットが異様にニコニコしていて、不自然な芝居感を助長している。
だが彼女の笑顔は周囲の注目を集めているようで、アレクシスを落ち着かない気分にさせた。
そこでふと、アレクシスはリゼットの左手を手に取った。
『俺がやった婚約指輪は?』
リゼットの笑顔がピタリと固まり、目線が泳ぎだした。
リゼットは再会してから、指輪を嵌めていないことを言われる度に、普段つけるものではないから、と言い訳していた。
ミランダに『婚約者として認めない』と言われて、指輪を取り上げられていることは、アレクシスに内緒にしていたかった。
そのことがまた、親子喧嘩の原因になるのを恐れていた。
リゼットが婚約指輪をしていない言い訳を、頭の中でぐるぐると考えていると、
『ふふ、気になる? 彼女がね、貴方の婚約者として自分が相応しいと思えたら返してくださいって、預けてくれたの。今、彼女が私の侍女なのはそう言うことよ?』
ミランダが艶然とアレクシスに答えた。
『とか言って、面白半分で取り上げたんだろう?』
『さすがね。当たりよ。でも、認めてないのはホントよ』
リゼットはこれを聞いて、分かってはいたが、落ち込んだ。
ミランダはそんなリゼットの肩に手を置いて、慰めた。
『リゼットは良い娘よ。だから貴方には相応しくないわ……』
ミランダはそう言って、アレクシスに悪戯っぽく微笑んでみせた。
だが、そんなミランダの通常運転の「おふざけ」は、リゼットには通じなかった。
──仲直りしたいはずのミランダ様が、アレクシスに喧嘩を売ろうとしている!
焦ったリゼットは、慌てて二人に提案した。
『あっ、ダンスも始まりますし、ミランダ様、どうでしょう? アレクシス様と再会のダンスを踊られては?』
『『は?』』
見事に揃った呆れた声。
同時に振り返り、訝しげにリゼットを睨んだ二対の緑の瞳……。
……二人は紛れもなく、親子だった。




