第92話 アレクシスの過去
通常、祝福の力の制御は、拡張脳機能を鍛えることで可能となるが、それを持たないリゼットはヴェータによると、発散させるしかないようだ。
強すぎるグレーンフィーンの祝福を持つリゼットは、「祝福の副作用」が出てしまうことに、タルールにいたときに気が付かなかったのは、タルールでは祝福をずっと使っていたかららしい。
ここ帝国には、思念通話が出来る星の原住生物は、角翼竜しかいない。
〈リゼ、とりあえず俺がここにいる間は、角翼竜のヴェータとタルール人とやってたみたいに、たくさん話せ〉
「うん、分かった! それなら得意!」
リゼットはそう言ってにっこり笑った。そして、不得意な運動をしていた理由を語った。
「ミランダ様に『倒れてしまっても、早く回復出来るように、体力をつけなさい』と言われて、ここに来てから苦手だけど、ずっと運動してたの」
〈フッ、それで運動っぽいことをしてたのか。走ってるんだか、歩いているんだか、分からなかったけどな〉
先ほどの運動? しているリゼットを思い出して、アレクシスは吹き出すように笑った。
「ヒドイ! 私をいじめるのが好きなところ、ホント親子そっくりね!」
〈あんなのと一緒にするな!〉
「そっくりよ。私を『人質』って呼んだり、好き嫌いをなくせとか言って、私の嫌いな辛いものを食べさせて、私が辛くて泣いてるのを見て、笑ったり……」
〈……俺よりヒドイじゃないか〉
アレクシスはその姿を想像して笑った。
……自分も辛いものを、泣く泣く食べるリゼットを見てみたかったと思う辺りが、そっくりなのか?
「本当は優しいところもそっくりだけどね。マクシム様のところで倒れていた私を、看病して下さったわ。本当はペールをやってみたかったって言ったら、この学校のペールチームの練習に参加できるようにして下さったし……」
〈でも『人質』なんだろ?〉
「ミランダ様は私がいれば、アレクがやって来ると思ったのよ!」
実際やって来たから、リゼットは「人質」の役目を果たしたことになる。
「ミランダ様は私が倒れないように、アレクシスの婚約者として、相応しくなれるように、人から馬鹿にされないようにしなきゃだめだと仰って、他にも色々して下さったの」
リゼットは午前中は元王国人の貴族の家庭教師から、教養やマナー、ダンスなどを学び、午後は体力作りをしていることを説明した。
「私みたいにどんくさい子には、イライラして、ストレスが貯まるから、自分では教えられないって、ミランダ様に言われたの。ミランダ様、皇女時代のあだ名は『皇女将軍』とか、『鬼姫ミランダ』だったんですって! 怖いわね!」
思い出したかのように、リゼットはクスクス笑った。
「……でも王国では、誰も体力をつけなさいとは言ってくれなかった。ミランダ様には感謝してるの」
運動して疲れたのか、リゼットは木に背を預けて座ったので、アレクシスもその隣に腰かけた。
「アレクシスが、ジーラント人の良いとこ取りが出来たのは、ミランダ様のお陰かもね。アレクシスも小さい頃はよく熱を出す子どもだったって仰ってたわ。自分は熱を出したことがないから、最初は何も出来なかったけど、アレクシスのおかげで看病のやり方は上手になったって」
〈……そうだったのか〉
アレクシスは、自分が幼少期はそんな子どもだったとは覚えておらず、リゼットから聞くまで知らなかった……。
***
アレクシスが「セイレーン」として目覚める前まで持っていた祝福は、思念通話のみだった。
エアデーン人とは思念通話でやり取りをし、面倒くさがって話さないうちに、気が付いたら「エアデーン語を話すことは、面倒で苦手」という状態になっていた。
思念通話に全振りな祝福を持つ者にはよくあることらしく、エドウィンも、建築工学に興味を示すまで、幼少期はそうだったらしい。
アレクシスの場合、母親と意思疎通を図るため、先に覚えたジーラント語を話していたので、父エドウィンも、ジーラント人の血を引くアレクシスに、エアデーン語を「話す」ということを強要しなかった。
エアデーン語を理解出来ているのだし、苦手なだけで、その気になれば話すことが出来る、と思われていたようだ。
実際は、片言しか口をついて出てこないレベルだった……と思う。
今では苦手ではないが、面倒だと思うのには変わりなく、思念通話を聞き取れる相手には甘えている。
王国貴族の通う寄宿学校には通っていた……と思うが、あまり親しい友人はいなかった……と思う。
思う……というのは、アレクシスは爆発的に成長した祝福と引き換えに、記憶野に欠損が生じてしまっていたからだ。
アレクシスは、セイレーンとして目覚める前の、自分の子供時代の記憶は、殆ど欠けていた。
……母のことはとにかく厳しい母だったことを、うっすら覚えている、という程度だった。
***
リゼットは、過去の記憶を思い出せないアレクシスに気付かずに続けた。
「ミランダ様からアレクの小さい頃の話が聞けて楽しいわ。弱かったアレクシスが、厳しく鍛えれば鍛えるほど、強くなっていくのが嬉しかったって。でも、最後はやり過ぎてしまったって……。そうして悲しそうにされて、侍女の皆も黙ってしまうのだけど、何があったの?」
自分と母の間に、何があったか……。
アレクシスは父とジョゼフ以外に、誰にも言ったことはなかったが、リゼットには話してしまいたくなった。
〈俺が初めて暗示支配をかけたのは母だ。剣の稽古中、母から一本取ろうとして、《止まれ》と念じたら、母の心臓まで止まってしまった……〉
「え……」
リゼットは、アレクシスの語り始めた内容に衝撃を受け、固まってしまった。
〈母は何とか一命はとりとめたが、ジーラント人はセイレーンを極端に嫌うし、恐れる。その結果、俺は母に虐待された。部屋に閉じ込められ、食事を与えられなかったんだ。自分でも母を殺そうとするなんて死んでしまって当然と思っていたから、別にそのまま死んだってよかった。父上もタルールに行っていて不在だった。ハイラーレーン・エレオノーラが気付いて、ジョゼフが……、神官長で夫のレーン・ジョゼフが助けてくれなければ、あのまま死んでた〉
リゼットは知らず、アレクシスの手の上に、自分の手を重ねた。
〈それから神殿で拡張脳機能を鍛えて、セイレーンの力の制御の仕方を学んだ。「星の塔」で「神の石」を使えるようになると、セイレーンの力を消す方法を探したんだ。結局そんなものはなかった。両親は俺が塔に引き籠っている間に離婚していた。ま、俺のせいだな〉
自嘲気味に笑うアレクシスに、リゼットは首を振って、アレクシスの手をぎゅっと握った。
……知らなかった婚約者の壮絶な過去。
「なんにも知らなかった……」
〈何も知らないまま、俺を見て欲しかったから……〉
アレクシスはリゼットの顎に手をかけ、上を向かせた。
自分の過去を悲痛な思いで聞いていた恋人の顔を、思いを込めて見つめると、その熱い眼差しを避けるように、瞳がそっと閉じられた。
アレクシスは心を込めて、リゼットの唇にキスをした。理性をかき集め、深い口付けになってしまう前に、そっと離れた。
──ごめん。まだ全部は話せない。
アレクシスは、自分がタルールにいた本当の理由、自分の持つ真の祝福の名を、リゼットに告げる決心がまだ付かなかった。
なぜなら、「星の支配者:ハイラーレーン」という祝福を操りながら、自分でも、まだどこか、受け入れられずにいたからだ。
だから、心の中で、リゼットに詫びた。




