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亡命王子は星を導く~運命の婚約者と祝福された結婚~  作者: 和田 モエコ
第二部 ジーラント【遠距離編】

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第88話 帝国の神の石

 祝賀会の翌朝早く、アレクシスは翼竜(リーフォス)ヴェータで「帝国の星の塔」に向かった。

 アレクシスの「神の指」が、星の塔の中にある「神の石」の存在を知らせている。

 

 塔の外にヴェータを待たせ、扉に触れるとピン! と音がして、扉が自動で横に開いた。

 魔電梯を使って塔の最上階に行くと、塔に接続された「神の石」に魔力が充填されていた。

 

 アレクシスは「神の石」を起動させた。

 アレクシスの拡張脳に一気に色んな情報が押し寄せ、思わず顔をしかめて手を離した。

 

 アレクシスは一呼吸おいて、今度はゆっくり、目を閉じて集中力を高めてから「神の石」に触れた。

 脳内を駆け巡る情報の洪水から、今知りたい情報のみを掴めるように意識する。

 

 ──アーエリオス第二魔力送信端末


 アレクシスが掴んだのは、この「帝国の神の石」の存在理由だった。

 

 

 その時、アレクシスの後ろで魔電梯の扉が開いた。

 

「アレクシス様!」

 

 抱えた荷物を床に落としたウィリバートが、アレクシスに駆け寄り抱きついた。

 

「昨日、ご帰還されて、祝賀会におみえになったと伺いました。ずっとお待ちしておりました! よくぞご無事で!」

 

 ウィリバートに抱きつかれ、握られた手を、アレクシスは冷然と振りほどいた。

 

「何故リゼットを連れてきた?」

「は?」

「何故リゼットを連れてきたと聞いている!」

 

 アレクシスは声を荒げ、ギリギリとウィリバートの胸ぐらを掴んだ。

 

 

 ウィリバートは状況が理解できずにいた。自分の知る無感情・無表情なアレクシスと同一人物とは思えない、剥き出しの怒りをぶつけられている。

 

 ──これが、今のアレクシス様なのか……。

 

 ウィリバートは、グッと目を閉じて切り替えると、アレクシスの目を見て言った。

 

「彼女が帝国に行きたいと言ったのです。エドウィン殿下も行かせてやりたいと仰られた。世間的には貿易省の女性と共に、夏の間だけ、帝都へ留学されることにしました。私の通訳はそのついでです」

「お前は通訳などいらないはずだ!」

 

 アレクシスは(とぼ)けるウィリバートに迫った。

 

 そう、ウィリバートの祝福(レーン)は暗記特化型。見たり聞いたりしたものを覚えられる、というものだ。

 ウィリバートの祝福の型を知らないエドウィンは騙せても、アレクシスには、彼がその気になれば、帝国語ぐらい簡単に覚えられるものだと分かっていた。

 

 

 ウィリバートは、アレクシスの指摘を無視して、必死に言い募った。

 

「私も輸出品の荷受人から、アレクシス様がセルゲイ殿下のところにおられるとは予測しておりましたが、確証はありませんでした。婚約者の彼女が来たと知った貴方は、現れるはずだと思いました。私はどうしても行方不明とされているアレクシス様に、姿を現して貰わねばならなかった! なぜなら、塔の起動は私一人で完遂出来るものではないからです!」

 

 彼の鬼気迫る訴えを聞き、アレクシスはウィリバートの胸ぐらを掴む手の力を少し緩めた。

 

「『星の塔』はきちんと起動できている。『神の石』も作動した。それについては礼を言う。だが、リゼットを連れてくる必要はなかった!」

 

「いいえ、必要でした! 彼女は貴方の巨大馬(トゥルジェ)、エリサを見抜きました。それでセルゲイ殿下も、貴方がアレクセイであり、タルールにいたアレクシス、さらには、セイレーン・アレクシス殿下だと知って、私に協力してくれました!」

 

 

 アレクシスは百歩譲って、リゼットを帯同する必要があったと認めても、ウィリバートに対する怒りが収まらなかった。

 

「では何故リゼットは今いない? お前はリゼットに何をした?」

「……ご友人に会われた後、王国へお帰りになったのでは?」

(とぼ)けるな! ウィリバート!」

 

 アレクシスは苛立ち、再び拘束を強めた。

 

 

 至近距離から放たれる、怒りに満ちた翡翠の眼光に、ウィリバートは観念し、白状した。

 

「……私の動きを怪しんだ、帝国宰相のナザロフ閣下への人質として……、彼女には役立ってもらいまし……ウワッ!」

 

 アレクシスは掴んだウィリバートの胸ぐらを強く押し倒し、彼は床に尻から倒れ込んだ。

 

「何故リゼットを宰相に売る必要がある!」

「帝国領内の塔で王国人が作業をするのです! タルールへ帝国人を入植させて損害を与えた王国人は、帝国人から恨まれている! 私も命は惜しい。貴方の命令を遂行するために、使えるものはなんだって使う! 今、王国は本来ならば、帝国の塔どころではないのです!」

 

 ウィリバートの訴えに、アレクシスは声のトーンを落とし「どういう意味だ?」と尋ねた。


「王国の星の塔はオリヴァール国王陛下により、神官は魔力充填に必要な最小限だけに減らされてしまいました」

 

 それはアレクシスも聞かされて知っていた。

 エレオノーラは、聖王となって五年経ってもエクレタ離宮に閉じ籠ったままで、神殿の政治的な発言力は、どんどん落ちていっているらしい、と。

 

 

「今までアーエリオスの力で守られていた王国に、『星の嵐』がだんだん近付いて来るようになりました。私は、正直、帝国などどうでもいい! ただ、アレクシス様に一刻も早く、王国にお戻り願いたいのです!」


 ……アーエリオス。それはまさに、先ほど「神の石」が伝えてきたものだ。

 

「この『神の石』は、アーエリオス第二魔力送信端末らしいが、王国の気候を制御する古代エアデーン人の遺物のことか?」

 

 以前、タルールにいた時に、アレクシスは「星の嵐」の不自然な軌道を観測していた。

 王国にある何らかの古代技術が、王国に近づく「星の嵐」の進路を妨害しているのだろうと考えていた。


 それは「星の塔」に設置された「アーエリオス」と呼ばれるシステムによるもののようだ。

 


「そうです。王国人は、王国の塔に魔力を注ぎ、『星の嵐』などの脅威を退(しりぞ)けています。その力が年々弱まっているようなのです! 我々神官が魔力を注ぐだけでは駄目なのです。『神の石』による調整が必要なのです!」

「王国には、セイレーンが二人いるはずだ!」

 

 と、アレクシスは反論した。

 ウィリバートはため息をついて説明した。

 

「そのお二人のセイレーン、オリヴァール国王陛下と、マグノリア王女殿下は、『神の石』で『環境保護システム:アーエリオス』を視ることはできても、操作は出来ないのだ仰いました」

「何だって?」

 

 アレクシスは、セイレーンならば無条件で「神の石」を視たり、操作したり出来るのだと思っていた。

 ウィリバートは続けた。

 

「ハイラーレーン・エレオノーラ様にも、エクレタ離宮からお戻りになるよう何度も説得致しましたが、お聞き入れ頂けません。ですのでアレクシス様に、一刻も早く王国にお戻り頂くために、私はご協力申し上げました。もう『帝国の神の石』が作動するとお分かりになったのならば、それで良いではないですか! 一刻も早く王国に……」


「……リゼットを取り戻しに行かねばならない。お前のせいだ。ウィリバート」

 

 アレクシスは、押し倒してしまったウィリバートに手を貸した。その手を取り、床から立ち上がったウィリバートは不思議な顔をした。

 

「リゼット嬢は、ナザロフ宰相閣下の屋敷におられるのでは? 取り戻すなど、セイレーンの暗示支配で、すぐお出来になるでしょう?」

「いや、コネーハヴェ離宮の母上が、俺に対する『人質』として連れ帰ったそうだ」

 

 それを聞いて、ウィリバートは驚き、焦った。

 

「ミ、ミランダ様が!? 危険です! 貴方の母上は貴方を育児放棄して、殺そうとされた方!」

「だからお前のせいだと言って、怒っているんだ!」

 

 ウィリバートは、なおも心配気に訴えた。

 

「それでは、私が彼女を迎えに参ります! 貴方を、あの母君と会わせるわけには……」

 

 

 アレクシスは、彼の中で自分は、母親に捨てられた当時のままであること、そして今なお、リゼットに対してしたことへの反省がないことに苛立ち、冷たく言い放った。

 

「ウィリバート、俺の(がわ)に付くのであれば、彼女に対するその態度を改めよ。俺と同じく彼女を敬うことが出来ないなら、もうお前は必要ない。さっさと王国に帰り、二度と俺の前に現れるな!」

「そ、そんな……」

 

 ウィリバートは、アレクシスこそが次代のハイラーレーンに相応しいと思っており、彼に心ひそかに忠誠を誓っていただけに、そこまで言われてしまったことに、愕然とした。

 

 

 ウィリバートがショックを受けていると、アレクシスが口を開いた。

 

「……王国の『星の嵐』については、気をつけて観測するようにしておく」

 

 アレクシスの持つタルールから持ち帰った携帯型の「神の石」は、「星の嵐」の衛星画像を映し出す。

 今は「星の嵐」の影は見えないし、これからしばらくは大丈夫なはずだ。

 

「……まだ四パーセントだ。夏の間は充填し続けても満充填にはならないだろう。もし、態度を改める気になったら、作業を続けてくれ」

 

 アレクシスはそう言い残して、「星の塔」の魔電梯に乗り込み、「神の石」が安置されている最上階の部屋から出ていった。

 

 

 ***

 

 

 ウィリバートは感激していた。

 ウィリバートは、正しく魔力を充填出来ているか、不安になりながら毎日作業を続けていた。

 ずっとウィリバートが知りたいと思っていた作業進捗状況、つまり魔力充填率を、セイレーン・アレクシスは「神の石」できちんと視ることが出来るのだ。

 

 ウィリバートは、もうとっくに「帝国の星の塔」から離れ、翼竜でリゼット救出に向かったアレクシスを見送るため、深々と頭を下げた。

 

 

 ウィリバートの知っていた、かつてのアレクシスは、もうどこにもいなかった。

 

 あの孤高の少年は、今やその婚約者を溺愛して止まないのだと言う事実を、ウィリバートは受け入れざるを得なかった。

 

 思えばタルールから父親に寄せた、あの箇条書きの手紙ですら、リゼットに対する気の配りようは、明らかだった。

 

 ウィリバートは、馬車の中で見た彼女の美しい横顔に、自分もつい見惚(みと)れてしまったことを思い出し、首を振ってその記憶を追い払った。


 ──天才的な頭脳を持つセイレーン・アレクシス様だから、あの天然で、間抜けな少女に癒されるのかもしれない……。

 

 

 今の、大人になったアレクシスに忠誠を誓うならば、それをその婚約者にも向けなければ、この主君からの信頼を得ることは出来ない。

 あの娘を、セイレーン・アレクシス同様に、敬愛することはウィリバートには難しく、すぐには出来そうになかった。


 だが彼の側に付くために、主君の婚約者には、今後は礼を失しないように努めることにした。

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