第84話 死の真相
……お人好しで、騙されやすい、少々見た目が良いだけの取り柄の無い娘。せいぜい、アレクシス様が現れるまで役に立って下さいね……
リゼットは、ウィリバートに言われなくたって、自分に取り柄がないことぐらい分かっている、と思った。
田舎育ち、タルール育ちで、常識がなく、流行にも鈍感。
体力、運動神経もなく、ダンスも下手、気の利いた会話も出来ない。人の名前や、顔を覚えるのも苦手。
帝国語は特殊な環境で、必死に勉強したから出来るようになったけど、それ以外の勉強は得意ではなかった。
「星の理解者:グレーンフィーン」の祝福は、王国で普通に暮らしている時は何の役にも立たない。
リゼットの場合、……思念受信感度が強いだけ。むしろ強すぎて困っている……程度のものだ。
リゼットは自分のことよりも、ウィリバートが、「アレクシスの婚約者」である自分を利用したことに憤っていた。
アレクシスは、セイレーンに警戒感の強い帝国で自由に活動するために、名を変え、髪を染めて、タルールを撤退した帝国人のために活動している。
そんなアレクシスを誘き寄せるために、ウィリバートは帝国語が出来ないとエドウィンを騙した。
ウィリバートはリゼットを帝国に同行させるため、アレクシスに会わせてやりたいエドウィンと、会いたいリゼットの気持ちを利用したのだ。
「アレクシスの婚約者」という自分の立場は、こんな形で利用されてしまうものだということに、リゼットはショックを受けていた。
アレクシスは今、ヴィクトルの副官になり、新しい魔鉱脈を見つけるために、雪崩に巻き込まれながら、必死に雪山と格闘している。
ウィリバートは、そのことを知らない。
恐らくマクシムも、セルゲイのところにいたアレクセイが、ヴィクトルの副官のアレクセイと同一人物だとはまだ気付いていない。
──私が人質となったことを、アレクシスには知られたくない! 自由に活動したいアレクシスの邪魔になりたくない!
リゼットは、ぎゅっと目を閉じて、今から自分がどう振る舞うべきか、考えていた。
***
『さてリゼット・グレーンフィーン嬢、貴女にはお尋ねしたいことがある』
マクシムは、いつの間にか人払いを済ませていた。
自分の考えに浸っていたせいか、リゼットが気がついた時には、応接室にはマクシムとリゼットの二人だけになっていた。
『タルールでのことだ』
やはり、そうだろうとリゼットは思った。
『エアデーン王国大使ロナルド・グレーンフィーンはミハイルによる冤罪で衰弱死。ジーラント帝国総督ミハイル・マクシモヴィ・ナザロフは自害した』
マクシムは、二人の死について、タルールでなされた公式発表を諳じてみせた。
ソファーに座ったままリゼットを睨む。
『ミハイルがお前の父を殺したのは当然だ。甚大な損害を帝国に与えた責任者のうちの一人だ。それを殺したのが冤罪で、なぜミハイルが自害するのだ?』
マクシムは息子を失ってから、この発表にずっと疑問を抱いてきた。
リゼットはキッとマクシムを見据えて反論した。
『父は、ジーラント人のタルール入植にずっと反対してました。でも、暴力的な手段で土地を手に入れて、タルール人に被害が出るよりはましだからと、彼らを守るために、ジーラント人に協力することにしたんです』
マクシムは、先ほどから怯えて大人しかった小娘が、急に口答えをしたのが気にくわなかった。
ソファーから立ち上がり、小さな少女の前髪を掴んで、目線を合わせる。
『この件、ジーラント人は同じことしか言わない。ミハイルの死が自害というならば、何故自害したのか。何処で、どのように自害したのか。誰も何も言わず、ただ「自害した」としか言わない』
リゼットは『それは……』と、目の前に迫るマクシムから、目線をそらした。
すると、マクシムは、リゼットの胸ぐらを掴んで持ち上げた。リゼットの足が地面から簡単に浮く。
『セイレーン・アレクシスがタルールにいたと知り、謎が解けた。「自害した」としか「言わない」のではなく、「言えない」のだ。ジーラント人は、セイレーンに暗示支配されて、同じことしか言えなくさせられたのだ、というのが分かった』
マクシムはギリギリとリゼットを締め上げながら、至近距離でリゼットに怒りをぶつけた。
リゼットは嫌な予感がしていたが、その予感が的中した。
……グレーンフィーンの共感能力が発動しはじめる。
──セイレーンの暗示支配に対する怒り──負の感情が、リゼットの体力をじわりじわりと犯し始めた。
マクシムの言葉は続く。
『私はミハイルの最期が知りたいのだ。ミハイルは、ロナルドを殺したところで自害するようなヤワな者ではない。どのようにしてミハイルが死んだのか、私はミハイルの死の真実が知りたいのだ』
マクシムの心が慟哭している。
それは、子を殺された親の怒り。子に先立たれた親の悲しみ。
リゼットはロナルドを亡くした。
マクシムもまたミハイルを亡くして、やり場のない怒りと悲しみで傷付いている。
……そう感じ取ったリゼットは、苦しい息の中から
『分かりました。私もミハイル様の死の現場にいました。真実をお話し致します』
と告げた。リゼットの胸ぐらを掴む手が緩められ、足が床についた。
リゼットは、静かに語り出した。
『……ミハイル様は父を殺しただけではないのです。タルール人の王に刃を向け、ヴィクトル殿下を殺せと命じました。タルールの毒を利用したら、ヴィクトル殿下も殺せると……。そして、父は死の間際に、ミハイル様がタルールの毒でエアデーン王国を手に入れようとしていると、アレクシスに伝えたそうです』
リゼットは、肩で息をし、まっすぐマクシムを見た。
『アレクシスは、ミハイル様が私の首を絞めて……、私まで殺そうとしているのを見て……、ミハイル様を……。そう、閣下のご想像通り、セイレーン・アレクシスは、ミハイル様に「死ね」と命じました』
……リゼットは、マクシムが息を呑むのを感じた。
マクシムは、掴んでいたリゼットの服を放した。リゼットは立っていられずに、ペタリと床に座り込んだ。
『今なら分かる。ミハイル様は、タルール撤退に追い込まれて、誰かのせいにしなければ、生きていけなかった。だからって、してはいけないことをしてしまった。ミハイル様は、「星の制御者:セイレーン」の怒りに触れた。星のために神々が与えた力……。ミハイル様は、「星の制御者:セイレーン」に、裁かれ……た……』
そう言い終わると、リゼットは気を失い、床に横向けに倒れた。
マクシムは床に倒れたリゼットを見下ろした。
──やはりミハイルはセイレーンによる制裁死だった。知りたかった真実……息子の死の真実がやっと知れた。
気がつくとマクシムの目から涙がひとすじ流れていた。それを袖で拭き取り、応接室を出た。
……何故か気を失い、倒れてしまった少女は、使用人に気付かれるまでしばらく放置されていた。
使用人からその報告を受けたマクシムは、リゼットを最初に待機させていた独房のような部屋ではなく、屋敷で一番豪華な客用寝室に運んで手当てし、丁重に扱うよう部下に指示をした。




