第80話 雪崩事故
四月。
寒冷なジーラント帝国の帝都でも、春の息吹を感じさせる季節。
魔鉱省長官のヴィクトルは、魔鉱脈反応があると古代エアデーン人の資料にあった山を「ヴィクトル一号」、略して「V1」と仮に名付け、魔鉱脈開発部隊の第一の開発目標地点に定めた。
魔鉱脈開発部隊が天測航法を繰り返し、やっとたどり着いた「V1」は、春になったのに、雪が全く溶ける気配の無い山だった。
『四月でこんな雪深い山は、初めてだ。この山はまず間違いなく調査してねぇ!』
翼竜で「V1」の周囲を探索し終えた隊長のイワン・マルコフはドヤ顔でそう言い切り、ガハガハ笑った。アレクシスとしては苦笑するしかない。
部隊は、その麓にベースキャンプを設置した。
ベースキャンプ本部テントのみ、アレクシスのたっての希望で魔鉱による発魔電設備も備わった特別仕様になっている。
帝都までの魔電報設備も今まではなかったものだ。
装備品も、ヴィクトルが入ったおかげで予算がついたのか、格段に上がっていた。
***
「V1」は雪山ではあるが、春の山で吹雪くことはもうなく、天候は良い日が続いていた。
『爆薬を仕掛けて、雪崩を人工誘発させようと思う』
午前中までに「V1」の観測を終えたアレクシスが、昼からの作業の説明を始めた。
爆薬を翼竜で雪崩発生ポイントまで運び、安全なところまで退避してから爆発させ、雪崩を誘発させる。
早く山から雪をどかせる一番手っ取り早い方法だ。
『翼竜が爆発音に驚き、暴走してしまうかもしれない。落ち着きの無い個体はここで見学しておいてくれて構わない。むしろ仲間の安全のためにそうしてくれ』
と言って、参加メンバーはヴィクトル、アレクシスほか、十名となった。
隊長のイワンは、先日夜中にアイスバーンとなっていたベースキャンプ付近で足を滑らせ捻挫してしまい、今日は留守番組に回った。
***
天候も良く、爆薬設置作業は順調だった。
だが、爆薬設置は数ヶ所に分けて行う、という説明を隊員の一人、アイザックは聞き漏らしていた。
爆薬の設置を終え、全員翼竜に乗って空に戻ると、ヴィクトルは満面の笑みで起爆スイッチを握りしめ、
『さぁ、今から起爆スイッチ押すぞ~! 翼竜の制御の準備もしろよ~! では、カウントダウン開始!』
『十・九・八・七・……』
アイザックは、皆と一緒にカウントダウンをしていたが、他の隊員の翼竜がまだ爆薬を持っていることに気付いた。
『あれ? なんで皆、爆薬まだ持ってるの?』
『お前こそ、何で持ってないんだよ? まさか全部置いてきたんじゃないだろうな?』
『え、全部置いてくるんじゃないの?』
そのようなヒソヒソとした隊員たちのやり取りが聞こえたので、アレクシスは
『待て!』
と叫んだが、その声はカウント『0!』と重なった。
「V1」に爆発音が轟いた。
全量置いてきたアイザックの爆薬の分が、アレクシスの計算以上の爆発を引き起こし、その爆発音は、制御可能なはずだった翼竜たちを怖がらせ、パニックに陥らせた。
暴れた翼竜は徐々に落ち着きを取り戻したが、二頭の翼竜は空を暴れ回るのをやめなかった。
先ほどヒソヒソやっていたアイザックともう一人の翼竜だ。
《落ち着け!》
アレクシスが翼竜に思念を送るも、パニックになっていて通じない。
その二頭が飛んで行く先は……
『危ない! そっちは雪崩が来る!』
先ほど仕掛けた爆薬は、見事大きな雪崩を誘発させ、大量の雪と氷の塊が雷のような轟音と共に、「V1」の斜面を滑り降りてきていた。
暴走した二人の隊員を追いかけて、アレクシスとヴィクトルは雪崩に向かって翼竜を駆けさせた。
雪崩がやって来る斜面に向かって、暴れる翼竜から二人が次々に放り出されたのが見えた。
その二人を追っていたヴィクトルも、雪面に近づきすぎてバランスを崩し、翼竜ヨックーから放り出された。
『アイツら、ベルトをしてなかったのか!』
アレクシスは、舌打ちして呟いた。
アレクシス自身は、まだ翼竜初心者である自覚があったので、鞍と自身を繋ぐベルトをきちんとしていた。
その為、同じ行動をしても翼竜から落とされず、またアレクシスの賢い角翼竜ヴェータは、斜面ギリギリのところを上手く回避して飛んだ。
《エアバッグを作動させろ!》
アレクシスは、迫る雪崩の通り道にいる三人に向けて、「星の制御者:セイレーン」の命令の思念を送った。
三人は、物凄い勢いで近付いてくる大量の雪と氷に呑み込まれ、流されて行った。
アレクシスは、少しヴェータの高度を上げ、三人を目で追った。
三人ともジーラント人への命令が効いたようで、肩に背負った登山用リュックに装着されたエアバッグを作動させていた。
一瞬で展開した視認性の高いオレンジ色のエアバッグは、雪に埋もれてしまうはずの人間の体を、雪上に浮かせた。
三人の体は、雪とともに、どんどん斜面の上を滑るように流されていく。
──そのまま、雪崩の表層に留まれれば生存の可能性は上がる! 死ぬな! 絶対に死ぬな!
《皆、三人から目を離すな! 一人はキャンプに戻り、増援を! 大至急!》
アレクシスは、思念命令を出し続けた。
ヴィクトルたちは落下地点から二キロほど斜面を流されたところで、雪崩は治まった。
ヴィクトルは、大きな雪の固まりに仰向けに埋もれていた。
何人かが救助に向かい、雪崩の表層部分になんとか留まっていたおかげで、すぐに掘り起こされ、ヴィクトルは立ち上がった。
翼竜から落ちたときの打ち身と擦り傷程度で軽傷だった。
『すげぇな~! エアバッグって! こいつのおかげで助かったぜ!』
と、空で見ていたアレクシスに無事を伝えるために、ガッツポーズをした。
もう一人も、ヴィクトルよりは怪我が深かったが、それでもあれだけの雪崩に巻き込まれながら無事だったようで、掘り出されて見つかった姿勢のまま、弱々しく、片手を上げた。
アレクシスが目で追っていた最後の一人、アイザックのエアバッグは雪崩に流されている最中に傷がつき、空気が抜けて、雪に埋もれてしまい、居場所を見失っていた。
アレクシスは胸ポケットのチャックを開け手を突っ込んで、ポケットの中で「神の石」を起動させて、またチャックを閉めた。
アレクシスが隊員たちに装備品として用意したエアバッグには、「星屑」を装着しておいた。
指先を動かして、起動中の「神の石」の画面を自身の脳内に展開し、埋もれたアイザックの「星屑」が発生させる位置情報を確認する。
アレクシスは割り出した反応があるあたりに降り立つと、「星屑」があるか直接「神の指先」で探って確認し、隊員たちに雪を掘る場所を命じた。
そうしているうちに、ベースキャンプから増援が駆けつけてきた。
皆で一斉に雪を掘り出した。十五分以内に助け出さなければ生存率が急激に下がる。
大量の雪をかき分け、全員で一丸となって掘り進めた。
スコップの先が彼の装備品に当たると、スパートがかかり、そこを掴んで引っ張り出して、無事にアイザックを助け出すことが出来た。
一部が破れているとは言え、自動ファン付きのエアバッグにより、確保されていた空気の層でアイザックは守られており、まだ意識もはっきりしていた。
ペールの勝った試合終了後に似た、いや、それ以上の喜びと興奮がそこにはあった。
皆、断熱ウェアの下に汗をかき、肩で息をしながらアイザックの無事を喜び、お互いの健闘を讃えて手袋越しに手を合わせ、肩を抱き合った。
だが、副官アレクセイはその興奮に冷水をぶっかけた。
『取り敢えず無事で良かった。だが、三人とも翼竜と自身を繋ぐベルトを正しく装着していれば、この事故は防げた。もとを正せば、アイザックが説明をきちんと聞き、正しい量の爆薬をセットしていれば、翼竜も暴走しなかった。三人は始末書を提出するように!』
反省する二人に対して、ヴィクトルがふて腐れる。
『え~! 俺も?』
『お前もだ! ベルトをするのは基本だろ!』
副官は上官に対して容赦がなかった。
アレクシス自身も「爆薬設置時に確認不足があった」と始末書を書いた。
今回助かったからよかった、ではない。
作業手順を見直し、このような事故が二度と起こらないように、積み重ねていくことが、この部隊の今後に繋がっていくのだから……。
***
だが、この雪崩事件には、後日もう一人、始末書を書く人間が追加された。
ベースキャンプからも見えていた大きな雪崩の後、
『ヴィクトル殿下たちが巻き込まれた! 応援に来てくれ!』
と増援を頼みにベースキャンプに戻った隊員の報を受けて、パニックになった隊員が、帝都に
〔ヴィクトルホカ ナダレ ソウグウ〕
と魔電報を打ったものの、続報を入れ忘れ、丸一日たった翌日午後にハッ! と思い出し、
〔ナダレ ゼンインブジ〕
と、こっそり遅すぎる魔電報を打ったことが、後にバレたからだ。
この隊員がもたらした魔電報が、オリガを眠れないほど心配させたのだが、その隊員は、後にオリガに殴られ、ヴィクトルには……こっそり感謝されることになる。
遅ればせながら誤字訂正&表現変更しました。ご指摘感謝です。




