第79話 正体
ジーラント帝国第二皇子イーゴリの部下は、久しぶりに皇城に現れた第一皇子が、王国人らしき少女を伴って、魔鉱省の長官室へ入室するのを見届けると、帝国宰相マクシム・グレゴヴィ・ナザロフへ報告した。
宰相マクシムは、タルールで自害したとされるタルール総督だったミハイル・マクシモヴィ・ナザロフの父であり、イーゴリ皇子の伯父にあたる。
イーゴリ皇子は、「先祖返り」のセルゲイ皇子の誕生後、第二妃として送り込まれた妹リュドミラの産んだ皇子であり、皇帝補佐を務め、最も皇太子に近いとされている。
そのイーゴリが、兄皇子セルゲイの連れていた王国人の少女にスキャンダルの匂いを嗅ぎ付けたのだろう。
遠回しに、自分に調査を依頼しているのだと、とマクシムは察した。
セルゲイとその妃の不仲は有名な話だ。
宰相マクシムには、仮にその王国人の少女がセルゲイの愛人になったところで、あまりセルゲイのダメージとなるような気はしなかった。
それでもまぁ……、とマクシムはその白く細く蓄えた顎髭を一撫でし、セルゲイ皇子を訪ねてきた王国人について調査せよと、密偵を放った。
***
リゼットと別れ、魔鉱省を出たセルゲイは、父皇帝へ謁見を求めた。
皇帝は補佐の第二皇子イーゴリに席を外させると、執務室へセルゲイの入室を許可した。
セルゲイは、軽く無沙汰の挨拶をしてから、ヴィクトルが雪崩に巻き込まれた報の話題に触れた。まだ続報はない。
救援部隊は派遣済みらしいが、それも到着まで時間がかかる。その件で今出来ることは、祈ることだけ……。
そう言いきってから、セルゲイは早速、本題に入った。
『二年前の冬、ちょうどタルールからヴィクトルが帰って来た頃、私の元に「アレクセイ・エイドヴィ・ルスラーン」と名乗る黒髪の若者がやって来ました』
皇帝オレーグは、黙ってその先を促した。
『彼は非常に優秀で、私は彼の望む通りに王国風の部屋を与え、彼は私が知らなかった王国からの研究設備を、私の名で次々と輸入しました。彼のお陰で、私の研究は別次元に引き上げられるような成果を上げました。が、彼はその業績を全て私の名で発表することを望みました』
そうだ。アレクセイは、必要な出費に関する金遣いは荒いが、無欲だ。
一日一回の乗馬以外の時間を、ずっと研究に費やしていた。
……常人とは思えない、恐ろしいまでの集中力で。
『アレクセイは昨年夏、地質調査に出かけると言い、巨大馬だけ預け、パタリと研究を……、助手を辞めてしまった。しばらくは私の名で王国から何かを輸入して、届いた頃に取りに来ていましたが、それもこの一ヶ月は来ていない。そして先程、魔鉱省長官となったヴィクトルの副官の名前が、「アレクセイ・エイドヴィ・ルスラーン」だと聞きました』
皇帝の顔色は変わらない。
名前の一致だけでは弱い、と判断したセルゲイは言葉を続けた。
『昨日、私の元にタルールにいた王国人「アレクシス・レーン・レナード」を探して二人の王国人がやってきました。うち一人はアレクシスの婚約者で、魔鉱省にいるオリガ・ボルトゥノヴァ嬢とタルール時代の友人です。彼女は、アレクセイにしか懐かない巨大馬を、「アレクシスの巨大馬」だと、アレクセイが呼んでいた名前で呼びました。彼女が婚約者の瞳の色は、珍しい緑色だと言う。アレクセイは、タルールにいたという王国人「アレクシス」ではありませんか? 陛下はアレクセイが何者かについて、ご存知なのではないでしょうか?』
そこまで話して、皇帝はようやく口を開いた。
『セルゲイ、お前の言うとおり。「アレクセイ・エイドヴィ・ルスラーン」と現在名乗っておる者は、タルールでは「アレクシス・レーン・レナード」と名乗っておった。帝国の食料問題を解決するには、セルゲイ、お前がやっている研究が必要だが、時間がかかりすぎる、もっと根本的に解決すべきだと、余に申し出てきてな。つまり、魔鉱採掘量を増やして収入を上げよ、その為に、新しい魔鉱脈を発掘すべきだと……』
セルゲイは、アレクセイが皇帝に打ち明けた話に、少なからずショックを受けた。
自分のやり方は『必要だが、時間がかかりすぎる』。
セルゲイ自身も地道な研究だとはもちろん自覚している。
だが、あれほど熱心に関わってくれたアレクセイにそう言われ、見切りをつけられていたことが、……何というか、悲しかった。
だがそれ以上に、魔鉱脈開発を提案したのがアレクセイだというのにも驚いていた。
彼は、どこまで帝国のために動いてくれるのだろう……。
『魔鉱脈開発は、そのような簡単なものではない。それが簡単に出来ぬから、タルールへ入植したのだと余も言ったのだが、アレクセイは「神の石」なる古代エアデーン人の遺物に魔鉱脈に関する情報がある、と申したのだ』
『……「神の石」。ひょっとして、アレクセイがいつも持っていた、半透明の手のひらほどの、平たい石ですか?』
『そう、それだ。力の無いものにはただの石にしか見えぬらしいが、アレクセイ、いや、アレクシスはその石のお陰でタルールの毒の確証を得たらしい。王国人でも一握りの者しか扱えぬ、古代エアデーン人の叡知の結晶だと聞いたことがある……』
そこまで聞いて、セルゲイはとある可能性が頭をよぎった。
離婚し、今は帝国の離宮で暮らす叔母の息子の名……。
『ヴィクトルと同じくタルールにいたオリガ・ボルトゥノヴァに、アレクセイはアレクシスなのか尋ねました。彼女は、そう見える時もあったが、「アレクシスは行方不明になった」と思い込んでる。……そう、思い……込まされている?』
皇帝は溜め息をついた。
──情報を与えすぎたか……。許せ、アレクシス、どうやら、セルゲイもたどり着いてしまったようだ。
『アレクセイ、いや、アレクシスは、ミランダ叔母上の息子、アレクシス・セイレーン・セントレナード、ということですね?』
『……そういうことだ』
しばらく呆然としていたセルゲイが『……なるほど。……それで』と一人で合点してから、その様子を訝るオレーグに説明した。
『実は、彼の説明が高度な内容過ぎて、私の理解が追い付いて行かないことが何度かありました。そういう時、アレクセイは眼鏡を外して、私の目を見て説明してくれた。彼の目は、そう、ミランダ叔母上と同じ、緑色の瞳です。そうやって説明してくれると、今まで理解出来なかったものが、スッと理解出来るようになっていました。今思うと、彼は私を暗示支配して、強制的に知識を叩き込んでくれたわけですね……』
オレーグは、アレクシスが『セルゲイに強引な手段を用いた』と言っていたから、セイレーンの力で操ったのだと思っていた。だが、厳密には、セルゲイに知識を強引に植え付けた、ということのようだ。
『「星の制御者:セイレーン」の暗示支配は、そのような使い方も出来るのだな。ヴィクトルは彼の者から、暗示は効かぬ体質だと言われたことがあるそうだ。ヴィクトルがペールを辞めたのは暗示支配されたのではなく、強い信頼関係からだ。だから余はヴィクトルを魔鉱省長官に任じ、タルールで二人が見せた手腕を今一度、魔鉱脈開発で見せよ、と命じたのだ。なのに、そのヴィクトルが……』
──雪崩に巻き込まれてしまうとは……。
そこまで言うと、皇帝は執務机の上に組んだ手の上に、頭を伏せた。
セルゲイは、父オレーグの苦悩を知っている。
正妃との間に「先祖返り」として生まれてしまったセルゲイ。
苦悩の末に迎えた第二妃の子、イーゴリを皇帝補佐に留め置き、いつまでも皇太子として定めないのは、父は、今は亡き正妃との子、セルゲイの弟、ヴィクトルの成長を待っているのだろうと。
『……父上、私は父上よりはアレクセイ、いえ、アレクシスを存じております。彼の動機が何かは分かりませんが、常人には及ばない集中力と熱心さで、私の研究を高めてくれた。その彼がヴィクトルと強い信頼関係で結ばれているならば、必ず、ヴィクトルを雪崩から助け、帝国の為に新たな魔鉱脈を見つけてくれるでしょう』
そう力強く言って、セルゲイは皇帝の執務室を辞した。
──そう。アレクセイが「星の制御者:セイレーン」ならば、雪崩をも制御出来るはずだ!




