第77話 皇城へ
「それで貴女はアレクシス様に会わずにお帰りになるのですか?」
研究所からの帰り道、ポツリとウィリバートはリゼット聞いた。
「アレクシス様は行方不明になる予定だと仰っていたので……、もともと会えるなんて思っていませんでした。もちろん、会えてびっくりさせられたらいいなぁ、とは思っていましたけど……」
「……貴女が来ていると聞いたら、行方を眩ませているアレクシス様が現れるかもしれない……、そう思ってエドウィン様に無理にお願いしたのに、諦めの早い方ですね」
「……すみません」
リゼットは頭を下げた。何だかウィリバートには、頭を下げてばかりいる。
ウィリバートはそんなリゼットをチラリと見て、車窓の景色に目線を移した。
「ま、でも貴女のおかげで確証も得ましたし、お連れした甲斐はありました。私はセルゲイ殿下の元で、アレクシス様を待たせてもらうことにしますよ。ご友人にお会いになったら、お気を付けてお帰り下さい」
ウィリバートは、セルゲイ皇子が「星屑」を輸入している時点で、アレクシスとセルゲイとの繋がりを確信していた。
セルゲイの牧場に放たれていた巨大馬を、リゼットは「アレクシスのエリサ」と呼び、セルゲイは「アレクセイのエリサ」と呼んだ。
あのタルールから連れてきた愛馬を預けている限り、アレクシス王子は間違いなくセルゲイ皇子の元に再び現れるはずだ。
ウィリバートは、「アレクセイ・エイドヴィ・ルスラーン」ことアレクシスが、本気で行方不明になる気はなかったのだろうと思った。
「レナード家のエドウィンの息子のアレクシス」それをそのまま帝国語にしただけの、おちょくっているような偽名だからだ。
名前や髪の色、まして眼鏡など、どうとでもできる。それが異なるからと別人と思ってしまえるこの娘は、どうかしているのでは? と思った。
目の前で落ち込んでいる少女を浮上させてやる程の優しさは、ウィリバートは欠片も持ち合わせていなかった。
***
翌朝、リゼットとウィリバートは、ホテルをチェックアウトし、ウィリバートは単身、セルゲイの研究所へ向かった。
リゼットがそのままロビーで待っていると、間もなくしてセルゲイが巨大馬に乗って現れた。
セルゲイは今日は白衣は着ておらず、皇子らしくパリッとしたシャツに乗馬ズボンと、品の良い格好をしている。
リゼットの雇った馬車を皇城へ向かわせるように伝えると、自身の巨大馬を並走させた。
こうして見ると、セルゲイ殿下は体つきは違うけど、顔立ちはヴィクトル殿下に似ている、とリゼットは思った。
「その……リゼット嬢は、婚約者のアレクシス? には会って帰らないの?」
セルゲイは、皇城へ向かう道すがら、馬車の中のリゼットに控えめに尋ねた。
リゼットは、昨日もウィリバートに聞かれた質問だなと思いながら、事情を知らないセルゲイに全て話すのは変だと思ったので、
「ウィリバート様は、アレクシスがセルゲイ殿下のところに戻ってこられる、と仰ってましたけど、結局今、彼はどこにいるか分からないですし……」
と答えた。セルゲイは、少し考え込みながら質問を重ねた。
「君のアレクシスは、君を放って何してるの?」
「タルールを放棄させたからと、帝国で農作物の品種改良とか土壌改良とかするって言ってました」
「……品種改良」
セルゲイはそれを聞いて、ますます考え込み、黙ってしまった。リゼットは、自分はおかしなことを言ってしまったのかと気になった。
***
寒冷地で育つ農作物の品種改良……。
セルゲイは、リゼットの婚約者が帝国でする予定だと話していたことを聞き、考え込んだ。
それはまさに、一年半前にセルゲイの前に現れたアレクセイが、半年に渡り、自分とやっていたことだからだ。
──昨日リゼットが「アレクシスの巨大馬」と呼んだ「エリサ」は、「(アレクセイ以外の人間を乗せない巨大馬)エリサ」だ。
エリサは昨日、リゼットに額をなでられてうっとりとしていた。セルゲイには、初対面の少女に出来ることとは思えなかった。
昨日のウィリバートの態度と言い、リゼットの婚約者の「アレクシス」は「アレクセイ」で合ってるのでは? とセルゲイは思った。
だが目の前の少女は、「アレクセイ」は「アレクシス」と思ってはいなさそうだった。
──婚約者にこんな憂え気な表情をさせて、一年以上も放っておくなんて、「アレクシス」は何をやっているんだ!
セルゲイはだんだん腹立たしくなってきた。
「君のアレクシスは、もう一年以上たつのに何で恋人に連絡しないの? 僕だったら、君みたいな可愛い娘、放っておけないな。本当に婚約してるの?」
セルゲイが意地悪く聞くと、リゼットは憤慨して、馬車の中から勢いよく
「してます! 婚約指輪だってちゃんともらいました!」
と言って、服の下から、タルールの民芸品のような組紐を引っ張り出し、その先についていた指輪をセルゲイに見せた。
セルゲイが「綺麗な緑色だね」と素直に誉めると、
「……思い出のタルールの森の色、彼の瞳の色なんです」
と、うっとりとリゼットは答えた。
少し瞳を潤ませたかと思うと、「すみません」と言って、また服の下に指輪をしまった。
アレクセイも、あの指輪のように、吸い込まれるような美しい緑色の瞳をしていた。
セルゲイは、……ああ間違いない、アレクセイはアレクシスだ……、と思った。
タルールにいて、タルールの毒を見抜き、ヴィクトルと共にジーラント人の撤退を最後まで支援した王国人……、アレクシス・レーン・レナードなんだ、と。
***
皇城へ着き、リゼットを馬車から降ろし、自分の巨大馬を預けたセルゲイは、城内にある魔鉱省へリゼットを案内した。
オリガは、騎士を目指し、試験に合格してからは城内の女性用宿舎に住んでいた。
最近、プロのペール選手を引退したヴィクトルが魔鉱省の長官となってから、オリガは魔鉱省の長官付き秘書官として配置転換になったらしい。
帝国に行くことを手紙で伝えると、家にも寄り付いていないから、職場である魔鉱省を直接訪ねて欲しいとあった。
外国人の娘が直接、友人の仕事場に行くのは躊躇われたので、リゼットはセルゲイの同行の申し出が正直ありがたかった。
だが、背が高いジーラント人の中でも背が高く、皇子様なセルゲイはやはり目立つようだ。
そしてリゼットも、背が低い王国人がなぜここにいるのだろうと、やはり注目を集めているようで、居心地の悪さを感じ、俯きながら歩いた。
「普段、僕は滅多に皇城へ来ないからね。珍しいからって、あからさまに皆が見てるよね? ごめんね」
とセルゲイが謝ってくれた。
リゼットは、ヴィクトル殿下のお兄さんは良い人だなぁと思った。
***
この背の高い第一皇子セルゲイと、背の低い王国人らしき少女の組み合わせは、セルゲイが一番見られたくないと思っていた人物に見られていた。
第二皇子イーゴリと、その取り巻きだ。
『あれはセルゲイ兄上ではないか? いったいどういう風の吹き回しだ? あの王国人の少女は誰だ?』
イーゴリは父皇帝オレーグから執務室に呼び出されていたので、今は時間がなかった。イーゴリは部下に
『兄上の跡をつけろ。あの少女をどこに連れていくか、伯父上に報告しておけ』
と命じておいた。
イーゴリ皇子が伯父上と呼ぶ人物はこの場合、帝国宰相マクシム・グレゴヴィ・ナザロフである。
──セルゲイは既婚者だ。家には寄り付かないくせに、万が一、王国人と間違いがあれば、これはスクープだ!
イーゴリはニヤリと笑うと、すぐにその笑みを噛み殺し、皇帝執務室の扉をノックした。
許可を得て扉を開けると、皇帝オレーグが執務机の上で頭を抱えていた。
『ああ、イーゴリか』
皇帝が、疲れた顔をあげてイーゴリを見た。
その様子を見て、イーゴリはまだ続報が入っていないことを知った。
昨日昼過ぎに、魔鉱省長官室の魔電報受信機が、開設間もない新魔鉱脈ベースキャンプから、一本の魔電報を打ち出した。
そこには、
〔ヴィクトルホカ ナダレ ソウグウ〕
とあった。




