第72話 社交界
体調が整ったリゼットは、伯母のアンナと共に王都の夜会に参加するようになった。
伯母のアンナは前子爵夫人の身分ではあったが、元来明るく、社交的な性格で、社交界に友人が多く、リゼットはアンナに黙ってついていて、時々会話に混じるだけでよかった。
そうしている間に、周囲が勝手にリゼットの身分や容姿、性格などを噂話として広めてくれるのだと言う。
王都エアデーリャの最近の流行のドレスの型は、胸元の大きな宝石類を際立たせるために、デコルテが大きく開いた袖無しのデザインのイブニングドレスだった。
リゼットは宝石類も体が小さいからと小振りな物を好んだし、寒がりなので、伯母のアンナに野暮ったいと言われても、ケープやショールを手放さなかった。
流行遅れの格好をして、同世代の女子たちからは陰で嘲笑されていたが、リゼットはその人目を引く可憐な容姿に加え、婿を取る立場にあるので、自分で頑張らなくても貴族の次男以下の男性のターゲットにされていた。
アンナが管理しているリゼットのダンスカードはすぐに埋まってしまう。
アンナはリゼットに体力がなく、また倒れてしまうことを心配して、人数を制限したので、リゼットと踊れる確率は低く、それがまたリゼットの人気に拍車をかけた。
リゼットはダンスのステップを間違わないようにすることに必死で、気の利いた会話などは全く出来なかったが、にこにこと微笑むことだけは心掛けた。
それがまた、男性の庇護欲を擽るらしく、伯母のアンナを通して、本気のアプローチをする男性も現れ始めた。
アンナは、この調子だと来年には良いご縁に恵まれそうだと喜んだ。
***
ウィリバートは、神官となってから神殿に住み込み、社交など一切行ってこなかったが、アレクシスの婚約者の「リゼット嬢」がどのような娘か探るため、久しぶりに実家に戻った。
どういう風の吹き回しか、「社交に出る」と言うリギース家の四男坊を、家族は怪しんだが、彼の様子から、結婚する気があっての社交ではないと早々に感付いた。
前国王の弟に連なる家系のリギース家には、それなりの夜会の招待状が届いていた。
ウィリバートはその中から、前子爵夫人が好みそうな家格の主催者の夜会に出席してみた。
夜会の女主人に「グレーンフィーン・リゼット嬢はどちらに」と尋ねると、来るのが遅いと言われた。
彼女は今年のデビュタント一番の人気者らしい。
「なんせ、彼女と結婚すれば三男坊でも四男坊でも伯爵になれるんですもの。ダンスカードなんてすぐ埋まってしまうし、お相手する人数も絞っておられるのよ」
……盛大に勘違いされているが、ここはそういう貴族子女の出会いの場なので、誤解させておいた。
「ほら、あの一人だけボレロを着た、小柄なお嬢さんよ」
と女主人は教えてくれた。
礼を言って、ウィリバートは数年ぶりにダンスホールに足を踏み入れた。
綺羅びやかなシャンデリアが、夜の社交場を明るく彩っている。
「リゼット嬢」は、その付添人らしき女性と何やら話していた。
するとダンスの順番が回ってきた男性客がやって来て、リゼットに熱心に語りかけた。
彼の話の相手をするのは、専ら付添人で、リゼットは二人の会話をにこにこと聞いているだけだった。
ホールに音楽が流れると男性客はリゼットの手を取り、ダンスへと誘った。
リゼットは、はにかみながらその手を取り、ホール中央へと進み、ダンスが始まった。
ウィリバートは、リゼットたちの組が、不思議な注目を集めているのに気がついた。
時々、何かを耳元で囁かれているのだろう。
その近い距離に赤く染まった頬、狼狽えている様子がまた初々しく……ウィリバートを苛々とした気分にさせた。
──貴女はアレクシス様の婚約者だろう!
ウィリバートはダンスホールの端からリゼットを睨んだ。
美しい姿勢ながら、俯き気味に踊っていたリゼットは、ハッと顔を上げ、ウィリバートを見た。
ウィリバートは初めてリゼットと目が合った。
ダンスは続いており、すぐにターンして男性の陰に隠れたので、ウィリバートと目が合ったのはほんの一瞬だった。
もう一度ウィリバートの視界に入ったリゼットは、明らかに動揺し、顔色が悪かった。
ダンスのステップを間違っては、謝りまくっている。
ウィリバートは、自分には使えないと思っていた思念通話を、リゼットに受信されたと感じた。
ウィリバートは怒っていた。
アレクシス様という婚約者がありながら、結婚相手を求める場に登場するリゼットが許せなかった。
──あの娘は、アレクシス様にふさわしくない!
そう憤りながら、足早に来たばかりの夜会から退出した。
***
リゼットは、焦っていた。
──アレクシスと自分とのことを知っている人がいる!
曲が終わり、リゼットはダンスを踊った男性に礼を言って別れると、先程の思念の発信者を探した。
だがあの思念を発した男性は、何処にも見当たらなかった。




