第70話 アレクシスの行方
セイレーン・アレクシスは帝国にいる。
ウィリバートは、暗示支配されたジーラント人から受け取ったアレクシスからの手紙を持って、彼の父、エドウィン王子の元を訪れた。
エドウィンは、その「手紙」を見ると、アレクシスからのもので間違いない、と言って笑った。
そして、アレクシスが帝国に行くつもりだと言っていたことをあっさり認めた。
ウィリバートの予想通り、タルール産の農産物に含まれる毒を指摘したのは、セイレーン・アレクシスだった。
ジーラント人がタルール・シェグファ藩国を開国させ、バオアン平原を開拓したのは、当時のエアデーン国王アンドリューによる提案を受けたからだった。
彼らをタルールから撤退させた今、アレクシスは、代わりの食料問題解決策を見つけるため、帝国へ渡ると言っていたらしい。
「アレクシスからの手紙を読むかい? 酷いもんだよ!」
と言いながら、エドウィンはウィリバートに箇条書きのアレクシスからの「手紙」を見せてくれた。
その美しいとは言えない、殴り書きのような筆跡は、自分が受け取った手紙と同じものだった。
箇条書きの九つある項目のうち、五つが「リゼット」に関するものだった。
父親を亡くし、放心状態の彼女の心のケアが出来ていない状況を伝え、婚約者である彼女は亡き父親との約束で帝国に連れていけないので、その迎えと、王国での保護を求めている。
あの感情のかけらもなかったアレクシスが、「リゼット」に対しては随分な心の配り様だ。
「このリゼット様とは……?」
「ああ、亡くなった王国大使のロナルド・グレーンフィーン伯爵の一人娘、リゼット嬢のことだよ。ここにあるように、婚約者としてロナルドも認めていた。アレクシスは彼女にベタ惚れだったよ」
リゼット嬢は現在十六才、年が明けたら社交界デビューの為に、王都エアデーリャに出てくるらしい。
そう言うと、エドウィンもまた彼女のことを気に入っているらしく、整った顔を緩ませたが、またすぐに引き締めた。
「ウィリバート、君はオリヴァール兄上の御代になった今の王国で、アレクシスの味方になってくれる存在だと思っている。陛下は君も承知のように、ジーラント人の血が混じりながらセイレーンとなったアレクシスのことを、疎ましく思っている。リゼット嬢が婚約者であることは、彼女を守るためにもどうか内密に頼むよ」
ウィリバートの知らないところで恋をし、婚約者までいたアレクシス……。
ウィリバートの胸の奥で、何故かモヤっとした感情が沸き上がったが、それをグッと押し殺して、礼を言う。
「もちろんです。アレクシス様の弱味ともなるような情報を、自分のような者に話して下さって、感謝申し上げます。もちろん秘匿致します。『神の石』を王国のために、正しく使って下さるのは、アレクシス様をおいて他にはおられません。微力ながら、アレクシス様のご期待に応えられるよう、全力を尽くしたいと思います」
それを聞いたエドウィンも
「アレクシスもこんな短い手紙だけど、『星の塔』に詳しい君のことを信頼している。アレクシスは『帝国の星の塔』が動けば、何かが変わると思ったんだろうね。難しい作業なんだろうけど、私からもよろしく頼むよ」
とウィリバートに頭を下げた。
***
その後、ウィリバートは再びエレオノーラに会いに、エクレタ離宮を訪ねた。
エレオノーラは、ウィリバートの顔を見るなり、「戻らないわよ!」と威嚇した。
だが、ウィリバートが今回の用事は「ご帰還お願い」ではないと言って、アレクシスからの手紙を見せると、エレオノーラは飛びついた。
どうやら彼女の興味を、十分に刺激する内容だったらしい。
目をキラキラとさせ、早速「神の石」で、ウィリバートが現在持っている知識では足りないと思われる部分を、調べてくれた。
直接「神の石」に触れているわけではないので、記憶装置「星屑」に転記させることは出来ない。
エレオノーラの口頭による説明を聞いてウィリバートが理解する、という根気のいる作業が必要だったが、二人にとっては、アレクシスの依頼に答えるという目的があり、全く苦ではなく、むしろ楽しいと思う作業だった。
一通りの確認作業が終わると、エレオノーラは、ウィリバートが帝国に渡ってからの、全面的な後方支援を約束してくれた。
そして彼女は早速、必要な物資の製作・発注に取りかかったのだった。
***
その後、ウィリバートは一度王都エアデーリャに戻った。
帝国にいるアレクシスが、引き続き帝国の食糧問題を解決しようとしているなら、王国にある古代エアデーン人の技術を使った機器類を必要とするはずだ。
帝国との貿易を管理しているのは、エドウィン王子が長官を務める貿易省だ。
ウィリバートは、アレクシスの現在の居場所を知る手がかりとして、輸出記録を調べたいとエドウィンに申し出た。
そしてエドウィンが発行してくれた調査許可証を手に、ダリヤーム川河口の王国最大の貿易港、ポートダリヤームに向かった。
ウィリバートが知りたかった輸入者の名は、いくらも調べないうちに分かってしまった。
セルゲイ・オレーゴヴィ・ジーラント
ジーラント帝国第一皇子、ジーラント帝国の「先祖返りの皇子」として有名な人物だ。
ジーラント人でありながら、翼竜に乗れないが、知識探求欲が強く、王国への留学経験もあり、王国語を操る。
王国好きで知られる彼の個人輸入は、毎年かなりの量あったのだが、特に昨年の暮れ辺りから、その量が顕著になり、項目も多岐に渡るようになっていた。
発魔電設備や、王国人の生活様式の住宅設備類に始まり、顕微鏡や実験用の消耗品が大量に、荷受人セルゲイの名で輸出されていた。
ここ数ヵ月はさらに品目が増え、疲労回復薬や、断熱素材、決定的だったのは発信機能付きの「星屑」が数十個単位で輸出されていたことだ。
──ジーラント人に「星屑」が使いこなせる訳がない。
ウィリバートは、アレクシスはセルゲイの側にいると確信し、王都エアデーリャに戻った。
社交シーズンに入った王都には、セイレーン・アレクシスの婚約者、リゼット嬢が来ているはずだった。
若い娘の相手など、ウィリバートの人生で一度もしたことがない「作業」だが、彼女の存在は目的達成の為の最後のピースだと、ウィリバートは思っていた。




