第69話 王国の星の塔
ウィリバート・レーン・リギースに、不思議な手紙が届いたのは、ハイラーレーン・エレオノーラが不在となって、四年経った八月のことだった。
何の変鉄もない封筒に
「ティタレーン神殿 ウィリバート・レーン・リギース殿」
とあまり美しくはない、殴り書きのような文字でそう書かれている。
その手紙を預かった者は、王国と帝国を行き来するジーラント人の商人で、直接の配達を言付かったらしいが、誰からの手紙か、名前や顔は良く覚えていないということだったらしい。
この悪質な悪戯のような手紙を、受け取り拒否しようとしたウィリバートは、それを聞いて受け取ることにした。
記憶をなくされている者が届けた手紙……。
セイレーンからの手紙だ! とピーンと来たからだ。
封を開ける。それは、予想通り、ウィリバートの頭の中に思い浮かんだ人物からだった。
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ウィリバート
帝国の星の塔を起動させよ
アレクシス
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たったそれだけの手紙。
現国王オリヴァールの即位前に行方不明になった、セイレーン・アレクシス。
その前後、父親のエドウィン王子がタルールに一週間ほど渡ったことから、連れていったのでは? と憶測を呼んだが、オリヴァールの御代となり、誰もそのことをあえて確認しようとはしなかった。
ジーラント人は、タルールで育てた農作物に毒が含まれていると分かり、タルールから撤退した。
神官たちの間では、その毒の存在を指摘した者こそ、セイレーン・アレクシス様ではないかと囁きあっていた。
ジーラント人たちのタルール撤退に合わせて、エドウィン王子が再びタルールへ渡ったので、セイレーン・アレクシスを連れて帰ってくるのかと神官たちは期待していたが、エドウィン王子は亡くなった大使の娘だけを連れて帰国した。
セイレーン・アレクシスの行方は、完全に分からなくなってしまっていた。
だが、この手紙で分かった。
セイレーン・アレクシス殿下は、今、ジーラント帝国にいる!
***
聖王ハイラーレーン・エレオノーラがエクレタ離宮で静養していて不在の間、ウィリバートたち神殿に残された神官は、「星の塔」を維持管理してきた。
「星の塔」と、そこに安置されている古代遺物「神の石」。それらが大量に消費するエネルギーである「魔力」を、魔鉱石から抽出し、安定的に流し込む作業だ。
エアデーン王国人は、この古代エアデーン人たちが遺した「星の塔」が発生させるバリア「環境保護システム:アーエリオス」の力により、この不安定な星にあって、安定的な気候を手に入れ、ひ弱な肉体でも暮らすことが出来る。
故に「星の塔」の管理は、残された神官たちにとって重要な任務だった。
だが、「神の祝福者:レーン」でしかない神官たちは、「神の石」を視ることが出来ない。
彼らに出来るのは、魔力の補充までで、現在の魔力充填率を見たり、星の気候に合わせた調整は出来なかった。
調整のされなくなった「アーエリオス」。聖王ハイラーレーン・エレオノーラが不在の今、何かあってからでは遅い。
神官長は「神の石」で「アーエリオス」の状態を調整して欲しいと、国王陛下に願い出た。
だが、現在王都にいる二人の「星の制御者:セイレーン」である国王オリヴァールと、その娘マグノリア王女は、「アーエリオス」の調整は出来ないと答えた。
二人は「神の石」を視ることは出来ても、操作が出来ない、のだそうだ。
「神の石」は力のある者には、古代の叡知を詳らかにしてくれるものだ。
セイレーン・アレクシスはかつて、ウィリバートの知りたいことを、記憶装置「星屑」に転記してくれていた。
ウィリバートは、セイレーンならば無条件で「神の石」を操作できるものだと思っていたが、違うらしい。
……今では「神の石」に触れに来るものは、誰もいなくなっていた。
***
ウィリバートは、「アーエリオス」の調整を依頼する為、エクレタ離宮に赴き、静養生活を送るハイラーレーン・エレオノーラに、王都への帰還を願い出た。
エレオノーラは、ベッドで寝そべりながら、ウィリバートの訪問を受けた。
ウィリバートが説得している最中も、エレオノーラの指先は絶え間なく動き、その脳内に「神の石」を写していることは明らかだった。
「エレオノーラ様は、このように離れた場所からでも『神の石』に触れることがお出来になるのですか?」
「ふふ。一部機能は使えないけど、触れられるわ。『星の塔』との中間地点に『中継の塔』が立ってるのよ。だから、私の楽しみはオリヴァール兄様にも奪うことはできないわ。むしろ他の雑事が減って、好きなことだけ出来るから、ここにいる方が快適に暮らせているわ」
と、エレオノーラはウィリバートの問いに、目を合わせることなく答えた。
ウィリバートの依頼する「アーエリオス」の調整だが、エレオノーラによると、それこそが使えない「一部機能」になるらしかった。
「私やアレクシスを粗末に扱った罰よ。むしろ、お兄様の御代に建国以来、前代未聞の神の怒りが示されるのが待ちきれないわ」
エレオノーラは不吉な予言をして、恍惚の表情を浮かべた。
「それで犠牲になるのは、罪の無い王国の民です!」
ウィリバートは訴えたが、エレオノーラは
「お兄様を選んだのは王国の民でしょ? 私は知らないわ」
と不機嫌に言った。
「それはエレオノーラ様が、議会に参加されず、統治に興味を持たれなかったから!」
「私は統治に興味がなかったわけじゃない。お兄様と同じ場所にいたくなかっただけよ。私が何やっても文句ばっかり……。もういいわ、ウィリバート。帰ってちょうだい。知りたいことは山ほどあるのに、生きてる時間は有限なの」
やはりエレオノーラは、社会性がなく、子どもじみた言い訳をする「狂ったハイラーレーン」のままだった。
……その後も、神官長であり、王配のフォーデンハイム公爵ジョゼフも、昇進して「星の塔」の副司令官となったウィリバートも、たびたびエレオノーラを説得しにエクレタ離宮を訪れたが、彼女を王都に連れ戻すことは出来なかった。
***
ハイラーレーン・エレオノーラがした唯一にして、最大のまともなことが、母ミランダに虐待されて瀕死状態だったアレクシスに気付き、夫のジョゼフに伝えたことだ。
ウィリバートは、心を閉ざし、棘のような鎧を纏っていたセイレーン・アレクシスに、かつてかなり近いところにいた。
……自分の知りたいことを「神の石」できちんと調べてきてくれる幼い少年。
……普段表情を崩さない彼の、お礼に渡した甘い物を見つけた時に見せる、小さな笑み……。
エレオノーラの説得に失敗し、一人、王都エアデーリャに戻って来る度に、ウィリバートは、アレクシスを思い出し、彼の不在を嘆いた。
そして、アレクシスの王都帰還を、この四年間、誰よりも渇望していたのだった。




