第63話 原点回帰
アレクシスは研究所に戻り、ウィリバートへ連絡を取る為、手紙を書いた。
封筒の宛先には、王国の塔に付随する神殿の名、「ティタレーン神殿」とだけ書いた。住所など分からない。
アレクシスは出入りの王国を行き来しているジーラント人の商人を呼び出した。
万が一、オリヴァールにアレクシスの居所を探られるのを防ぐため、依頼人である「アレクセイ・エイドヴィ・ルスラーン」のことを忘れさせた上で、手紙の配達を依頼した。
……帝国の「星の塔」にアレクシスが求めるような情報を持つ「神の石」があるのかどうか分からない。
「星の塔」の起動はウィリバートに任せるとして、アレクシスには、やることがあった。
そもそも、エアデーン王国が「タルールでの食料生産」をジーラント帝国に持ちかけたのは、「魔鉱石の供給量の減少問題」の解決のためだった。
魔鉱石の発掘量が年々減少しているのは、生産人口が減少しているせいであり、若い夫婦が子どもを持ちづらくなっているのは、家計を圧迫する食費に原因があると分析された。
だから亜熱帯の肥沃なタルールでの食料大量生産により、食料問題の解決を図ろうとしたのだ。
アレクシスはその分析を疑ってみた。
確かに帝国の食料費は高い。
一年の半分は氷に閉ざされるダリヤーム川。船が航行できるうちに、温暖な王国から食料を仕入れ、保管しておかなければならない。そのコストが上乗せされている。
だが、帝国が寒冷で食料費が高いのは、建国当初からあったはずの問題だ。
魔鉱石の発掘量が年々減少し、その高い食料を買えるだけの収入がなくなった、ということではないだろうか?
王国も温暖な地域とはいえ、魔鉱石を用いた発魔電設備による人工栽培農業が主流である。
その魔鉱石の価格が下がれば、もっと安価に食料を生産できる。
問題解決の鍵は「魔鉱石の増産」だ。
王国側が持ちかけた問題そのものを、シンプルに解決する、ということだ。
現在、発掘されている魔鉱脈の埋蔵量はあとどれぐらいなのか。新たな魔鉱脈の発掘はどうなっているのか。
それを知るためには、魔鉱石の発掘現場に行き、確かめる必要がある。
アレクシスは第一皇子セルゲイという、皇族の特権を利用して農作物の研究をしてきた。
だが、セルゲイは「先祖返り」。強靭な肉体を持たない皇子だ。
魔鉱石発掘現場に行くならば、第三皇子ヴィクトルを動かさなければならない。
アレクシスは、グレーのレンズの眼鏡から、濃い黒のサングラスにかけかえた。研究所の白衣を脱ぎ、ペール競技場へ向かった。
***
ペール専門の競技場として、古い歴史を持つ帝都ドラゴグラードの競技場は、短い夏を楽しむジーラント人たちで溢れかえっていた。
帝国内でも人気を二分するペールの人気プロチームの試合が行われており、どちらのチームが勝つかまだ全然分からない、一進一退の攻防に観客は大いに盛り上がったり、肩を落としたり……。
アレクシスも当初の予定を忘れ、一観客として楽しんだ。
隣にいた親父たちの集団が、一人でいるアレクシスに、エールを奢ってくれた。黙っていないでもっと盛り上がれ、ということらしい。
『あれだな、あの七番。アイツがさっきから良いパスを出すよな』
『バカ! あの七番は、ヴィクトル殿下だ! お前知らなかったのか! 先月の得点王だぜ?』
酔った親父も感心するほど、ヴィクトルはプロのペール選手として活躍出来ているらしい。
フィールドで、点数を重ねる度に、仲間に揉みくちゃにされながら祝福を受け、屈託のない笑顔を見せている。
『キャァ~! ヴィクトル殿下~!』
ヴィクトルの笑顔に悩殺され、垂れ幕を持った女子たちの黄色い声援が飛ぶ。彼の人気はジンシャーン時代から変わらない。
フィールドで笑うヴィクトルに、今から彼に持ちかける話を思うと、アレクシスは複雑な気分になった。
──だがヴィクトル、お前も帝国第三皇子。モラトリアムはそろそろ終わりだ。
アレクシスは奢って貰ったエールを飲み干し、紙コップを握り潰すと、ヴィクトルのチームの逆転勝利で試合の終わった競技場の観客席から立ち上がった。
興奮冷めやらぬ観客を後に、客席の階段を降りていった。裏口に回り、控え室を探す。
スタッフの腕章を付けた者たちが、アレクシスの行く手を阻もうと近づいてくるが、サングラスをずらして目を合わせ、道を開けさせる。
選手たちの警備にあたるスタッフは、もう誰もアレクシスに注意を払わなかった。
そして、廊下に凭れて腕と足を組み、打ち合わせと着替えを終えたヴィクトルが現れるのを、静かに待った。
***
ヴィクトルは白熱した試合を、チームの勝利で終わらせた喜びと興奮の直中にありながら、小さくない罪悪感を感じていた。
兄二人はそれぞれの得意分野で、帝国皇子として、臣民の為になるような働きをしている。
オリガも帝国に帰ってきてから、騎士として訓練を受けているようだし、ジンシャーンでの仲間たちも、それぞれの仕事を見つけ頑張っているらしい。
「アレクセイ・エイドヴィ・ルスラーン」と名乗ると宣言し、急に態度を改めたアレクシスも、連絡は一切ないが、おそらく帝国の食料問題の解決のために、動いているはずだ。
──それに引き換え自分は、ただ自分の好きなペールをしているだけだ。
浮かない顔をしているとチームの仲間が肩を叩く。
『今日の主役がシケたツラしてんじゃねぇよ!』
ヴィクトルは、励ましに苦笑いで応じた。
着替えを終えたチームメイトは、次々と控え室を出て行った。
自分もここを出たら、何時ものようにファンの女の子たちに囲まれながら、宿舎までの馬車に乗り込み、明日の試合に備えるだけだ。
ヴィクトルは帽子を目深に被り控え室を出たところで、『よぉ』という懐かしい声に顔を上げた。
そこには髪を黒く染め、サングラスを少しずらして、長い前髪の間から、翡翠の瞳を覗かせるアレクシスがいた。




