第58話 さようなら
エドウィンの乗って来た船は、最後の引き揚げ船となっていた。
リゼットの故郷ヴォリアーシャ地方グレーンフィーン領の港経由で、王国内の補給を繰り返しながら、国境のダリヤーム川を上り、ジーラント帝国の帝都に行く予定だった。
最後に残ったヴィクトルとオリガの一家、アレクシス、そしてリゼット他、数名の単身者の役人の荷物や巨大馬が積み込まれた。
港には、ロナルドの葬儀の時と同じく、大勢のタルール人が押し寄せた。
リゼットは、前日から泣きすぎて、目は腫れ上がり、美少女が台無しになっていた。
中でもリゼットの面倒をよく見てくれたスーとンケイラは、リゼットにお別れに不思議な色使いの組紐をくれた。
それはタルールのお守りを通しておく為の組紐で、二人でそれぞれ編んで繋ぎ合わせたのだそうだ。
スーは訳知り顔で、
〈おマモりはアレクシスさまにオネダリしてください!〉
と伝え、ンケイラは自分の胸の前で手を組んで、細かく動かすという謎のジェスチャーをしながら、
〈おじょうさま、アレクさまとおしあわせに! けっこんのおいわいにすてきないしをさがしておきますからね! ちゃんとうけとりにきてくださいよ!〉
と伝えてきた。
──また会える日が来るのかな?
リゼットは、そう考えただけでまた涙が出てきた。
スーとンケイラは、発声器官を低く鳴らしながら、お別れのダンスを踊った。
ヤオバも、アーインも、ワンチェシーも、その他、リゼットが通訳として関わったことのあるタルール人、全く知らないタルール人まで、それに続いてお別れのダンスを踊り始めた。
リゼットはアレクシスに手を引かれ、みんなに見送られながら船に乗り込んだ。
それと同時に汽笛が鳴り、船が出港する。
「さようなら~! さようなら~!」
リゼットは、甲板で精一杯叫んだ。
タルール人たちは、船の姿が遠く見えなくなるまで、お別れのダンスを躍り続けていた。
リゼットは陸が見えなくなっても、ずっと思い出の詰まったタルールの方角を眺めていた。
……アレクシスはそんな彼女を、数歩離れたところから、ずっと見つめていた。
***
アレクシスは前日に、再会の挨拶もそこそこにエドウィンに叱られた。
……自身がセイレーン、いや、ハイラーレーンであることもリゼットに伝えずに、彼女と婚約したのか! リゼットは、お前がこの後、帝国に単身渡ることも知らされていなかった。婚約の条件が「二人が王国で暮らすこと」ということも知らなかった。お前は何を考えているんだ! リゼットを騙し討ちしているようなものだ! ……と。
リゼットは、アレクシスに特殊な祝福があることはすでに知っている。ただ、リゼットはその祝福に特別な名前があることを知らないだけだ。
アレクシスは「星の制御者:セイレーン」だから、ジーラント人を暗示支配して、思い通りに動かしたりできる。
さらにそれに加えて、「星の支配者:ハイラーレーン」だから、タルール人と思念通話するだけでなく、遠くのタルール人とも思念通話が出来る。
それが、エアデーン王族でも、限られた者しか持たない祝福であることを知らず、リゼットはタルールで育ってしまったのだ。
……そして、それをアレクシスはリゼットに知られたくなかった。
リゼットは、アレクシスが王族であることも、分かっているようで、分かっていない感じだった。
だが、だからこそ、アレクシスはその関係を心地好く感じ、うやむやなままここまで来てしまった。出来ればこの先もずっと意識しないでいて欲しかった。
ただ、自分のそばに居て欲しいだけだから……。
***
亜熱帯とはいえ、冬の海上の甲板は冷えてくる。
アレクシスはリゼットの手を引いて船室に連れていった。
「不細工を直せ」と言って、冷たく絞ったタオルを渡すと、リゼットを寝台に寝かせ、そのそばの椅子に腰を下ろす。
どう説明したものか……。アレクシスはまだ悩んでいた。
「知ってるわよ! アレクは私をヴォリアーシャに置いて、帝国に行くんでしょ。行ってらっしゃい!」
リゼットはいきなりそう切り出してきた。
やはり黙っていたことを怒っている。だが、目にタオルを当てているので表情は見えない。
〈……すまない。出来るだけ早く食料問題にケリをつけて、王国に戻ってくるつもりだ……〉
「それっていつ?」
〈え?〉
「エドウィンおじ様が、私はグレーンフィーン家の後継ぎだって仰るの。普通は女子が継承した場合は婿取りをして、領地管理はお婿さんの仕事になるんですって」
アレクシスは、リゼットが最後のグレーンフィーンとして、彼女にも王国内で求められる立場があることを、初めて意識した。
「それで私はいつまでアレクを待てば良いの?」
〈それは……〉
返答に窮するアレクシスにリゼットは、
「三年!」
と言って、右手で目に当てたタオルを押さえたまま、左手で三の形をピシリと示した。
「三年後、私は十八よ。それまでグレーンフィーン伯爵領と爵位はおじ様が後見人で預かっておいて下さって、十八になって私が成人したら、領地と爵位を私に返して下さるんですって。そうしたら私は、結婚して、お婿さんをもらって、グレーンフィーン家を復興しないといけないの」
アレクシスは信じがたいようなものを見る目で、寝台のリゼットを見た。
──誰だこれは? リゼットはいつからこんな大人びた考えをするようになったんだ?
リゼットの方は相変わらず、タオルを目元に当てたままだ。
アレクシスが何も答えないでいると、リゼットは再び両手で目に当てたタオルを押さえた。
「……そう。だから、十八を過ぎたら、伯父様たちのところには、もういられなくなると思うの……」
リゼットの声が震えている。
目に押し当てたタオルから、涙が一筋、洩れて流れた。




